11-3



どんどん人気の無い場所へ入り、完全に人気の無くなった廃墟のビル群をすり抜ける。
密集する建物によって影になった、じめじめする狭い路地。
しばらく進んでいると見覚えのある脇道を見付け、そこから奥へ進み四方をビルの壁に挟まれた行き止まりへ辿り着く。

この脇道、確か帰る時に通り抜けてから振り返ったら消えてたんだよね。
今は出現してる……訪問しても良いって事なのかな。
左側の壁、立てかけてある板を上げて狭い隠し通路を進み、目的地へ辿り着く。
そうしたらピカチュウもルカリオも、唖然として辺りを見回し始めた。


「土の地面に植物に……話には聞いてたけどすごい! こんな場所がグランドホープにあるなんて!」

「これは……何という」

「へっへっへ、凄いでしょ!」


別に私の手柄じゃないんだけど一応ちょっと自慢しとこ。
朽ちた廃ビルに四方を囲まれた広場、土の地面と一面の草花がお出迎え。
樹木まで生えている辺り、グランドホープにとっての異世界といった趣だね。

ちょっと調子に乗って先に見える入り口までピカチュウ達を先導して歩くと、にわかにビル内が騒がしくなったような気がした。
やがてうんざりした顔をしたピット・ネスと薄く微笑んだリュカが出て来る……のだけど、盛大に溜息を吐いた後に私達の方を見たピットが目を見開いた。
ピットだけじゃない、ネスとリュカも唖然とした表情で私を見て……。


「や、やあピット君達。旅行に行ったからお土産持って来たよ」

「……」

「もしもーし」

「…………なんで?」

「え?」

「なんでお姉さんが、ピカチュウとルカリオなんか連れてるわけ?」

「……」


はい?
え、ちょっと待って。待って待って。何でピカチュウとルカリオを知ってるの。
ルカリオは分からないけれど、ピカチュウって確か、昔に滅んだっていう王国の象徴だったよね。
……嘘、でしょ。まさかピーチ姫達の関係者……!?

一気に血の気が引いて、呼吸が苦しくなったような気がする。
それを何とか悟られないよう努め、極めて平静を装いながら何でもない風に質問を返した。


「ん、ん? それってどういう意味? ピット君達、この子らを知ってるの?」

「…………」


うわァめっちゃ不審そうな目でこっち見てる!
これはピカチュウとルカリオを疑った罰か何かですか。
私はそんな不審そうな態度は表には出してない……と思うんだけど。
誰もが黙ったまま。
それに耐えかねた私が、お土産にお菓子買って来たから皆で食べようと促す。
帰れと悪態をつかれるかと思ったけれど、意外にもすんなり通してくれた。

以前とは態度が違う。あの見下すような、憎むような表情が無い。
この反応からしてきっとピカチュウに関する事なんだろう。

……やっぱり必要なのは私じゃなくてピカチュウなんだ。
だよね。普通に生きて来て、特別な力なんて無い上に美少女でもない私が、夢小説みたいな体験するなんておかしいと思ってたんだ。
私は“ついで”か、でなければ“手違い”だった訳か。

そんな暗い考えが浮かんで来るのを、後回し後回しと必死で押し込める。
中に入ると小学生ぐらいの年少組達が目をきらきらさせて待っていた。


「コノハねえちゃんだ!」

「いらっしゃーい!」


おおう……癒やされる、この純真無垢なちびっこ達の笑顔!
旅行のお土産にお菓子買って来たよーと箱を開ければ、一斉に駆け寄って来る。
ありがとうコノハねえちゃん! なんて満面の笑みで言われれば、ピット達に邪険に扱われる可能性も厭わずお土産を持って来た甲斐があるってもんだよ。

思い思いお菓子を手に取って食べるちびっこ達を見ながら、私も一つ個包装を開ける。
すると一人の女の子が近寄って来た……確かこの子はエイネちゃんだったかな。
この子の為にピットは私から市民証を盗ったんだっけ。


「コノハねえちゃん、また遊びに来てくれてうれしい」

「ほんと? くー、こっちこそ喜んでくれて嬉しいよ」

「わたしコノハねえちゃん大好き。すごく優しいもん」

「へ? いやいや、それは誤解カナー。優しくないよ」

「ううん、優しいよ。ピットにいちゃんを助けてくれたし、わたし達を許してくれたから」


私は服を盗んだピットの為にお金を出し、それなのに市民証を盗んだ彼を許した。
……言えない。任天堂キャラとその身内だったから助けて許したんだよとか言えない。
だけど、ここは勘違いを存分に利用させて貰うとしよう。

かつて何かのオフィスだった事を思わせるフロア。ボロい事務椅子に座ってエイネちゃんを膝に乗せる。
お菓子を食べながら嬉しそうに微笑んでいる彼女を見ると心が洗われるよう。

それにしても、ピット達は政府が嫌いそうだとは思ってたけど、だからってまさかピーチ姫達に関係してるとは思わなかった。
まだ決まった訳じゃないにしても可能性は高い。
私が“脇役”なのであれば、もう巻き込まないで欲しい。切実に。
傍観者でいいよ。危ないのなんて嫌だ、痛いのも苦しいのも嫌だ。
そんな辛い目に遭う役は他の人にさせて、私にさせないで欲しい。

ところで、さっきから離れた場所でピット達がピカチュウ達と話してるのが気になる。
やっぱり必要なのはピカチュウであって、私なんかいらないんだよね。

……ええいもう卑屈で暗い考えはやめろやめろ!
私が特別じゃないなんて、謂わば脇役だなんて最初っから分かり切ってた事じゃないの!
任天堂キャラ達と知り合えただけで上等! よし! 終わり!


「コノハねえちゃん、どうしたの?」

「ん、何エイネちゃん。私どうかしてた?」

「なんかちょっと、悲しそうな顔してたから」

「えっ……あ、いや、何でもないから大丈夫だよ」

「そう? もし何かあったら、わたしに何でも言ってね! お手伝いするよ!」

「ふふ、ありがとう」


悲しそうな顔、か。
自身の安全を最優先……っていうか殆どそれしか考えてない私が、任天堂キャラ達と関わる中心人物になれない事に対する悲しみなんて抱いちゃ駄目だ。
責任を負わないなら権利も得られない、それが自然な事なんだし。
また暗い考えに沈みそうになった所で、エイネちゃんがぎゅっと抱き付いて来た。
まだまだ幼い女の子は、温かくて柔らかくて、羽のようにふわふわ。
愛しくなって、壊れもののような少女が苦しくならないよう控え目に抱き締める。

……と、その瞬間。
ズシンと一つ、やや大きめの衝撃が廃ビルを揺らした。
爆発音のような物も聞こえたように思え、何事かとだれもが辺りを見回す中、今度ははっきりと近くで大きな爆発音と揺れが体まで届く。
ルカリオが弾かれたように外へ飛び出し、子供達がピットに呼ばれて一所に集合。
私はどうしようかと思ったけど椅子から立ち上がり、エイネちゃんを口実に同じ所へ駆け寄ると、ピットに訊ねる。


「ちょ、ちょっとピット君これなに、よくある事なの!?」

「僕に訊かれても知らないよ、ルカリオが見に行ってくれたんだから少し待っ……」

「お前達、どこか逃げ道はあるか!?」


意外にすぐルカリオが戻って来た。
その焦りよう、言っている内容、つい今さっきの爆発音。
総合すると嫌な予感しかしない。きっとそれは私だけでなく他の皆も思っている事。
だけど、ルカリオがすぐに戻って来たという事は猶予が無いという事、まで考えが至らなかった。


  


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