11-2



あの旅行から帰って一週間。
今日はピット達にお土産を渡しに行く事にする。
ピカチュウとルカリオを連れて家を出ると、見慣れた47階の景色。
空が綺麗だけどやっぱり地球とは違うなー、異世界だからかな?


「……ん?」

「どうしたのコノハ」

「いや、あのさ。グランドホープの空ってこんなんだっけ?」

「え、何の話? 何かいつもと違う所ある?」

「いつもと違うっていうか……」


いつものグランドホープの空だ。とても青くて綺麗で……。
なのにどうしてだろう。“違う”という感想が出て来る。
いつもと違うというよりは、地球と違う、だけど。

今日の夢で見た、ベンチに座って眺める9月の夏空。
あの透き通った青を感じない。突き抜けるような高さを感じない。
確かに何も変わらない いつも通りの空なのに、どうしてだろう。
地球の空と違う、という感覚が私の中を駆け巡る。
だけど私の言葉を聞いて空を眺めていたルカリオまでも。


「……確かに。私も復活してから薄々 思っておりました。この空は、私が封じられる前とは変わってしまっています」

「ルカリオもそう思う? やっぱり違うよね、地球の空と……。………あ、あれ?」


いやいや、ちょっと待って。
地球に来た事が無いルカリオまで、『地球と違う』だなんて言う筈が無い。
ルカリオは『封じられる前と違う』って……それは私の感覚とは違う。
彼が封じられる前の この世界の空なんて、私は見た事も無いんだから。

私とルカリオの言っている事は同じようで、実際は全く違う。
それに気付いたらしいピカチュウは訝しむような顔をしながら、私達と空を交互に見比べる。
2、3回繰り返してから空に視線を固定し、そのままこちらを見ずに。


「うーん……言われてみれば何というか、妙な気はする」

「分かってくれた? 何なんだろ、凶兆じゃなきゃいいけど。あ、だめだ。自分で言って怖くなって来た」

「コノハ様、ご心配なく。あなたは私がお守り致します」

「ル、ルカリオ……! ありがとうルカリオ、かっこいいねルカリオ!」

「しーかーしーコノハは何かあったらルカリオを見捨てるつもりであーる」

「ちょ、ピカチュウゥゥゥゥゥゥ!!」


や、やめて下さいルカリオの忠誠台詞の後にそんなこと言うの!
うわあぁぁルカリオが悪戯した小さな子供を見るような、生暖かい優しい目で私を見ている!
すみません生きててすみません任天堂キャラと関わってすみません!

畜生、なんで私みたいなのが異世界トリップなんてしたんだ。
私なんかよりもっと相応しい、優しくて可愛くて美人で天使のような女の子でも選べば良かっただろうに。

勝手に自分で自分を下げて、勝手に気落ちしてしまった。
ホントに疑問だよ。私が選ばれた理由って何だ。ルーレットか何かか。

……いや、待てよ。
もし“選ばれた”なんて考え自体が自惚れだったら?

異世界トリップなんて夢小説みたいな経験、意味無くするだろうか。
私がこの世界に来たのは、相応のやるべき事があるから、のような気がするけれど、これまで特に私が必要な場面なんて無かった。
むしろ私よりピカチュウの方が必要な気がする。
ピカチュウの存在によってピーチ姫と出会い、昔の女王様と関わりがあるなんて勘違いされ、ポケモントレーナーのレッドとの接点も出来て、ルカリオが封じられていた扉まで開いた。

……必要なのは私じゃなくて、ピカチュウ?


「おーいコノハ、いつ出発するのー?」

「っへ、え」

「早くしないと時間なくなっちゃうよ、行こ行こ!」


私の考えなんて知る由も無いピカチュウは、私の頭上で楽しげに笑っている。
慌てて今の考えを引っ込め、エレベーターの方へ向かう。
地下鉄はまだちょっと怖いから列車で行く事になったけれど、移動しながらも私の頭を埋めるのは、ピカチュウへの不審感。

そもそもこのピカチュウ、何者なの?
ケンジがゲームセンターで取ってくれたぬいぐるみ……なんだけど、
どのピカチュウを取るかなんて分かりっこないし、もし私達がゲームセーンターに行かず、ぬいぐるみを取らなかったらどうなっていたんだろう。
前にも一度考えた事がある気がするけど、本物のピカチュウではなく、“ピカチュウのぬいぐるみに何者かが憑依している”と考えた方がしっくり来る。

じゃあ、何者? という疑問に行き着く訳で。
……どうしよう、急にピカチュウが怖くなってしまった。
“ピカチュウの見た目をした何か”だったらどうしよう。一体何なんだ。
そしてピカチュウがピカチュウじゃないなら、ルカリオは?

この世界で誰よりも信頼できる筈だったピカチュウとルカリオが、遠くなる。
急激に私を襲う孤独感、じわじわと広がる恐怖感。
もしピカチュウとルカリオに悪意があるとしたら、私は独りになってしまう。
独りになるどころか、命さえ危ないかもしれない。
小心者な自分が心底恨めしい。こういう時こそ脳天気に構えて、ピカチュウとルカリオを信じる事が出来たら良いのに。

……もっと心が綺麗だったら、きっとふたりを信じる事が出来たんだろうな。
これまで散々世話になっておきながら、こうして疑い、勝手に怖がるなんて。
自身の安全しか考えてないから、友達をこんなにすぐ疑ってしまうんだ。

やっぱり喚ばれたのは私じゃなく、ピカチュウの方なのかもしれない。
彼の明るさと脳天気さ、毒は吐くけれどそれでも守り引っ張ってくれる強さと優しさ。
私には無いものを彼は持っているんだから。

私は弱い、壊滅的なまでに。
戦えるとか戦えないとかそんな事じゃなく、心が圧倒的に弱い。
ピカチュウとルカリオに対する不審を振り払う事が出来ないまま、列車は西へ走った。


+++++++


ウエストエリア、以前ピットと出会った地点に一番近い駅で列車を降りる。
確かバスを待っていた時だったからバス停に近く、場所は覚えていた。
到着したらあの時の出来事が鮮明に思い出され、こっちだ、と大通りを外れて路地の方へ入る。
……と、その時、ルカリオが小声で話し掛けて来た。


「コノハ様、これから向かう場所は政府にバレてはいけない場所だそうですね。後を尾ける者や不審な者が居ないか、少し見回りをして来ましょうか」

「え、見回り……?」

「はい。コノハ様達はどうぞ先へお進み下さい。痕跡を辿れば追い付くのは容易ですから、ご心配には及びません」


今朝までの私なら、素直にお願いしていただろう。
けれど今、私はピカチュウとルカリオに不審感を持ってしまっている。
追い付くのは容易らしいルカリオが誰かを連れて来たら? それが善からぬ人だったら?
そんな事を言うなら今の私も危ない状況に居るんだろうけれど、目の届く範囲に居れば少しは安心できる。安心して不審感から目を逸らせるという意味で。


「っあー……いいよいいよ、大丈夫。そもそも私に尾行される理由が無いから」

「そうですか? まあ確かに、特に政府から目を付けられるような事はしていませんからね」

「ここに来たばっかりの時、市民証未所持で射殺されかけた事ならあるけど」

「そんなこと言ってたね。あのシェリフ達はクビにすべき」


いつも通りのピカチュウ、いつも通りのルカリオ。
うん、まあ……彼らが私を裏切るなんて絶対に有り得ないよね。
よしこういう時こそいつもの後回し精神を発揮する時だ。
どうせ私は目先の事しか見えないタイプなんだし!
今はピット達にお土産を持って行く事だけを考えるんだ。
きっと喜んでくれるだろうなぁーピットとネス以外!


  


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