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旅行最終日、目覚めた私が開口一番に出したのは溜め息。
だって帰りたくないんだもんよ。まだ遊んでいたいんだもんよ。
まあバイトの身分で嫌がってたら、本格的に社会に出て働いている人達から相当な顰蹙を買いそうではあるけれど、嫌なものは嫌で。


「コノハおはよー」

「お早うございます、コノハ様」

「お早うピカチュウ、ルカリオ」


ふと。ふと目覚めた先に居たふたりに、沈んでいたテンションが急浮上した。
ピカチュウとはもう数ヶ月一緒に居たから今更なんだけど、ポケモンが居る生活って、かなり幸せな状況だよね。
少なくともポケモン好きなら誰でも夢見る状況だけど、ただ見るだけで、夢のまま、一生叶いっこない事だよね?
それが今、私は叶っている訳だ。
たかだか旅行から帰らなくちゃいけないだけで落ち込んでいたのが申し訳なくなる。

……でもそれは優越感から来る、自分を慰めたいだけの感情かもしれない。
異世界トリップには憧れていたものの、こんなに帰りたくなるとは思わなかった。
そりゃピカチュウはじめ任天堂キャラ達は大好きで一緒に居たいけれど、故郷の夢を見たり思い出したりすると辛さが一番に来てしまう。

お母さんに会いたい、お父さんに会いたい、マナに会いたい、ケンジに会いたい。
万一、私を異世界人だと知るピカチュウとルカリオが居なくなってしまえば、私はこの世界では一人ぼっちになってしまう。
特にピカチュウが居なくなれば、私と同じ感覚を持つ人など唯の一人も居なくなる。
あんな小さな彼に頼って縋ってしがみ付かなければ、私は耐えられない訳だ。

だから、任天堂キャラと一緒に居られる自分は幸せなのだと、言い聞かせて自分を慰めないとやっていられない。
夢小説のヒロインみたいに、異世界トリップした事を簡単にあっさり受け入れるなんて無理。
必死になって、少しでも楽しい事を探して見つけて、そうしないと辛くて仕方がないから。


「コノハ、大丈夫?」

「え?」

「顔色悪いよ、昨日遊び過ぎて疲れちゃったんじゃない?」

「あー……そうかも」

「亜空軍の襲撃もありましたし、緊張したのでしょう。如何致します、朝食はルームサービスでも取って、部屋でお召し上がりになりますか?」

「ん、いいよ、レストランまで行く。せっかくの旅行だしね、帰ったら明後日のバイトまで存分に休むから心配しないで」


浮かべた笑顔は作った物ではないから、ふたりとも納得してくれる。
よしよし、ポケモン達と過ごせて心配とかして貰えて、幸せ者だわー私。
いや棒読みとかじゃなくて、本当に幸せは感じてるんだけどね。

レストランでロイ達と会って、いつも通り和やかに挨拶。
色々と考え込み過ぎていた故の顔色の悪さも一時のものだったようで、私を見た彼ら(ロイはともかく、リンクやマルス)からの言及は特に無かった。


「おはよー3人とも、帰りたくないねー」

「開口一番それかよコノハ」

「笑わないで下さいよリンクさん、本当に嫌なんですから!」

「あー分かる分かる。旅行最終日のテンションだだ下がりはキツイよなー」


けらけら笑うロイに、私も苦笑しながら頷く。
最終日の今日は海上に浮かぶショッピングモールへ行く事にしている。
皆はお土産も買うみたいだけど、私、お土産渡す人なんて殆ど居ない。
取り敢えずバイト先のステップストアには纏めて買うのは決定済み、でもそれ以外にお土産を渡すほど仲の良い人なんて今ここに居る全員で終わりだよ。

……いや、ピット達に会いに行こうかと考えていた所だし、彼らに買って行ったら喜んでくれるかもしれない。
ピットとネスは鼻で笑うかもしれないけど、他の子達なら喜んでくれる筈だ!

朝食後にチェックアウトを済ませ、荷物を持ってバスに乗る。
コロナホテルから10分程の所に橋があり、その先、海上に大きな建物があった。
地球でも見るような大型ショッピングモール。更に向こう側には観覧車もある。
おおお乗りたい! 後で提案しようかな。

ロッカーにキャリー等の大きな荷物を預けて身軽になってから、めぼしい店を探して歩き回る。
そう言えばロイって買い物かなーり長かったよね。
また付き合わされちゃ敵わないけど、折角だし皆で行動したいような気も。


「あ、ちょい服見たい! あそこ入っていいか?」


ロイが指さしたのはメンズ服の専門店。
私は用は無いなー、一人だけ別行動かなー。
服ならピット達に買ってあげるつもりは無い。
この前かなり奢ったし、そもそもサイズとか好みとか知らないしね。


「じゃあ私は別の店に行くから、終わったら連絡して……」

「待ったコノハ。折角だし二手に分かれないか?」


リンクの提案に私は一も二もなく頷いた。
そうしたらリンクが続けて、ロイの買い物が無駄に長引かないよう付き添うと申し出て、結果的に私はマルスと一緒に行動する事になる。
ピカチュウとルカリオも一緒だから二人っきりではないけど、ちょっとドキッとしてしまった。
リンクと二人でジェットコースター乗ったりもしたのに、イケメンと二人きりに近い状況で行動する事に免疫できないなぁ。


「コノハはどこに行きたい? キミの行きたいお店でいいよ」

「え、なんか悪いね。かなり勝手気ままに行動しそうだけど良いの?」

「うん。僕はこのイーストエリアに住んでるから、キミ達よりは気軽に来られるし」

「へえ、マルスってイーストエリア在住なんだ! いいなあ、遊ぶ所いっぱいあって」

「観光地だから騒がしいけどね。でも僕の住んでいる辺りなら割と静かなんだよ」


そう言えばピーチ姫の豪邸があった場所も観光地にしては閑静だった。
……まさか、ご近所さんとかじゃないよね?
まして知り合いじゃないよね、だったら泣くぞ私!

うわあ嫌な予感。絶対 会いたくないのに。
決してピーチ姫達の事が嫌いな訳じゃない、寧ろ好きなんだけど、あまりにも気まずいし、レジスタンスの事を知っている私は彼女らにとって危険分子だからね。
グランドホープは1つのエリアだけでもかなり広いから、離れている事を願う……!

悶々とマルスには決して言えない事で悩んでいると、ふとルカリオが足を止めた。
私とマルスも足を止めて振り返ると、彼はとあるお店を見つめている。
視線の先にあるそのお店に気付いた時、物凄く嬉しくなってしまった。


「ルカリオ、気になるの?」

「! 申し訳ありませんコノハ様、気を抜いておりました」

「いいのいいの、私も気になるから行ってみよ」

「え、あの!」


うきうきとルカリオの手を引く私に、マルスとピカチュウがクスリと微笑む。
ピカチュウは頭の上だから顔は見えないけど、楽しげな雰囲気だけは伝わった。
そして、ピカチュウとマルスの笑っている理由は違うものだと、私は分かっている。

ルカリオの視線の先にあったのはチョコレートの専門店。
甘い香りが辺りに漂っていて、嫌でも気を引かれてしまう。
ルカリオってチョコ好きだもんね、あれは映画の話だったけど。
それでも元の世界で知っている情報に沿うような出来事は嬉しい。

ピカチュウは元の世界から来ているから、ポケモン事情を知っているのだと思う。
マルスは、厳格な騎士のような雰囲気のあるルカリオが、甘いお菓子に興味があると知ってギャップを楽しんでいるんだろう。

買ってあげるよ、と言うと最初はおろおろと遠慮していたルカリオだけど、私達がチョコレート菓子を物色して買おうとしているのを見ると、やがて私からは離れないまま店の中を見回り、欲しいものを怖ず怖ず差し出して来る。
主様なんて思っている私に物を買って貰うのは気が引けるのかもしれないけど、私お給料なんて払えないし、その代わりだと思ってくれればいい。
どんな騎士様だってお給料くらいは貰ってるでしょう。


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