9-2



「私はコノハ様がどのような人物でも構いません。捨て駒、生贄、大いに結構です。どうか私を傍に置いて下さい」


馬鹿だ。

誰がって?

私がだ。

ルカリオは鬼にも悪魔にも負けやしないだろう。
私が鬼や悪魔の誘惑に負けそうになったら引き戻してくれる、そう思える程の綺麗で真っ直ぐな目と意志の強い声。
紙や画面越しに見るなら大好きな、現実として見るなら苦手な、真摯な、目。


「変わってるねルカリオ」

「そうですか?」

「こんな遠回りな自殺志願者初めて見た」

「…………」


あれ、怒った?
怒ったように一瞬だけ顔を顰めたルカリオは、けれどすぐ表情を戻し、私の言葉には何も返さない。
私は少し息を吐き、立ち上がってルカリオに手を差し出した。
ちょっぴり足が痺れたけど、カッコ悪いので我慢。
ルカリオは少しだけ呆然としていたけれど、状況を理解して私の手を取る。


「じゃあ不束者だけど宜しくね、ルカリオ」

「コノハそれ嫁入りする時のセリフ」

「ごめん言い直す。ヘタレな外道だけど宜しくね」

「コノハそれ凄く嫌」


私の適当極まりない言葉のチョイスにピカチュウがすかさずツッコミを入れ、それを見たルカリオが小さく笑っている。
うん、まあ少しは和やかな雰囲気になったかな。


「こちらこそ宜しくお願いしますコノハ様、誠心誠意お仕え致します」

「そんな堅苦しくならないで、リラックスリラックス」

「はい」


ルカリオの手を握り半ば無理矢理な形で握手する。
今度は嫌な顔をされなかったのでまあ、良いか。

私はルカリオを引き連れ、地下室を後にした。
元の部屋に戻り、本来通る筈だった扉をくぐる。
細い通路を抜けた先、出口が先に見える広い部屋に着いた。どうやら終わりだ。


「着いたー! 皆はまだなんだろうか」

「あ、あそこ」


部屋が暗めで人がそれなりに居るから分かり辛かったけど、部屋の中程の端、大きな柱に見知った姿。
おーい、と手を振って駆け寄るとリンク達も笑顔で手を振ってくれたけど、すぐルカリオに視線を移して呆けたような顔になる。


「コノハ、そいつは?」

「……えっと、ルカリオって言って新しい仲間だよ」

「新しい仲間? でもポケモンは返却しなきゃいけないんじゃないか?」

「話がよく見えない。私はそのポケモンとやらを知らないんだが」


私達の会話に疑問符を浮かべたルカリオが正直に話したので、何かややこしい。
まあ雰囲気からして軽い説明で納得して貰えるような感じじゃないけど。
どう説明すべきか悩んでいると、あまり時間を掛けないうちに頼りになるピカチュウが助け船を出した。


「このルカリオね、厳密に言うとボクの仲間」

「え、ピカチュウの?」

「そうそう。で、このテーマパークのポケモン達とは違う存在でぇー……。これ以上の質問は一切合切認めませんッ!」

「何だそれぇぇ!!」


ロイが呆れたような顔で声を上げるけれど、何かを察したらしいリンクお兄さんがロイを押し止め、それ以上の追及は為されなかった。
マルスも何か言いたげにしつつ堪えてくれたしね、ホント気の利く友達を持てて助かります、赤い彼除く。
捕まえたポケモンを返却してアトラクションを出、次の行き先をわいわい話し合う。
ルカリオは周りの景色を呆然と見ていて、これは長い時を眠り過ぎて環境の変化に愕然としたような感じ。

……ピカチュウはルカリオに関して何も話さないけれど、やっぱり彼も古の王国に関係するのかな。
この植物が一般的には無いグランドホープで、あんな植物に囲まれた棺で眠っていた時点で意味深だし。
そうやって私が不安げにしていたのが伝わったか、ルカリオが私の手を握って小声で話し掛けて来た。


「コノハ様、あなたは戦わずとも良いのです」

「えっ……」

「あなたの代わりに私が戦います。あなたの代わりに私が傷付きます。何も心配は要りません」


いくら私が人でなしだからって、罪悪感が無い訳じゃない……
っていうか小心者だから、卑怯者の癖に罪悪感は割と湧き易い。
そんな風に言われて何も気にせず犠牲にするなんて、さすがに出来ないな……。
かと言って戦う力も勇気も知恵も無いんだから、自分で自分が始末に負えない。


「……ありがとうね、ルカリオ。けど無茶しないで」

「はい、承知しています。コノハ様を置いて、そう易々と死にはしません」


……あれ、なんかルカリオかっこいいぞ。
ちょっと胸がきゅんとしてしまったじゃないか。
思わずときめいてしまった気持ちを抑え、リンク達に付いて行く。
次の行き先は、と……。

確認しようとした瞬間、パーク内にサイレンが鳴り響いた。
私の危機管理警報なんかじゃない、正真正銘のけたたましいサイレンの音。


「えっ、なに、なに!」

「おいおい、こんな時に亜空軍とか勘弁してくれよ!」


リンクが言った言葉に、私は自分の耳を疑った。
亜空軍って、あの、まさか、あの亜空軍ですか?
不安に震えそうになるのを必死で耐え、隣に居るマルスに訊ねてみる。


「ねぇマルス、亜空、軍? って一体なんなの?」

「あれ、コノハは知らなかった? キミがグランドホープに来てからはまだ襲撃は無かったのかな」


早く避難するぞ、とロイに促され、係員の指示に従い移動しながら引き続きマルスに話を聞く。
亜空軍とは、どこからともなくこのグランドホープにやって来るという、機械仕掛けの兵士達らしい。
うん、まあ本当は亜空軍は知ってるんだけど、一応初耳的な感じで聞いとこう。
奴らはグランドホープの人々を捕まえ、どこかへ連れ去ってしまうらしい。
一度の襲撃で連れ去る人数は決して多くないし連れ去られた人は必ず帰って来るらしいけど、
解決には至っておらず政府もほとほと手を焼いているそうで。


「って、連れ去られた人は必ず帰って来るのに事件が解決しないって何で?」

「戻った被害者は、連れ去られていた間の記憶を失っているらしくてね。犯人も目的も一切不明なんだ」


マルスは眉を顰め、居るかどうかも分からない卑劣な犯人へ怒りを滲ませてる。
で、私は当然、この世界に来る事になったあの時の事を思い出す訳で。
亜空軍に追っ掛けられて、最終的に亜空間に飛び込んでこの世界に来たんだよね。
……絶対に関係あるよなぁこれ、むしろ関係無かったらキレるレベルで。


「コノハあぶない!!」


考え事の最中響いたロイの声で意識を引き戻され、ピカチュウが頭上で電撃を放ったかと思うと私の目の前に何かが落下して来た。
それは電撃によって焼け焦げた亜空軍・プリム。
次の瞬間にはルカリオが私の背後の空間へ飛び蹴りをかまし、振り返るとソードプリムが倒れている。


「コノハ様、危険です! 気を抜きませんよう!」

「は、はい」


鋭く注意して来るルカリオに思わず敬語で返した。
私が呆けている間にも、更にピカチュウとルカリオが亜空軍を倒して行く。
ふと横を見るとリンクが懐から手で握れる筒状の何かを取り出していて、彼がそれを振ると光る刀身が出て来て……あれは間違いない、ビームソード。


  


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