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ポケモンを実際に捕まえたり戦わせたりできる夢のようなアトラクション・ポケモンラビリンスにて、隠しイベントと思しき地下でルカリオに遭遇してしまった私達。
遭遇“してしまった”とは酷い言いぐさだと思うけれど、花に囲まれた棺から飛び出るなんて荒業を見せてくれた彼は、かなりの面倒を運んで来そうだ。
騎士が女主人にするように私の片手を取り、跪いて。
主様、なんて私に言って。


「待って待って! あるじさまとか言われても何の事だかサッパリだよ!」

「で、ですがあなたは主様でしょう。纏っている波動は確かに主様のもの!」

「んな波動とかじゃなくて目を開けて、私を見て!」


ルカリオは棺から飛び出た時からずっと目を瞑って波動で辺りを確認してる。
確か映画でルカリオがサトシをかつての主人アーロンと間違えてた事があった。
あの時もルカリオは目を開けられずに波動のみで判断したから勘違いしていた。
目が痛むのか、ぎゅっと瞑るようにしてなかなか開ける事が出来ないルカリオ。

だけどゆっくり目を開け、私の姿を瞳に映した瞬間悲しいようなガッカリしたような表情になったのが印象的だ。
悪い意味で。
ルカリオは私の手を放して数歩後退った。


「そんな……。確かに波動は主様なのに、お前は一体何者なんだ……!」

「待ってルカリオッ!」


ピカチュウがすぐ私とルカリオの間に割って入る。
お前はピカチュウ、とピカチュウを知っているような言葉を放つルカリオに移動を促し、私をちらりと見てから離れてしまった。
ルカリオと何か話してるけど聞くな、って事だよね。
大丈夫だよ、特別耳が良い訳じゃないし全然聞こえないから。

暫くは地下室の隅で私には聞こえない会話をしていた二人は、やがて私の所へ歩み寄って来た。
ピカチュウはいつも通りの態度で私の頭に飛び乗ったけれど、ルカリオは再び私の前に跪く。
今度は頭を垂れていて、手を取ったりはしない。


「先程は失礼を致しました。これからはあなたを新しい主様と定め、ついて参ります」

「ちょ、ちょい待ち! 確実に人違いだから!」

「ええ、人違いでした。なのであなたを“新しい”主様と定めたのです」


ルカリオの言葉に、私の頭が急激に冷えて行く。
面倒が起きない訳がない。
その“主様”とやらが誰かは分からないけれど、人違いだと理解しているルカリオの言葉からして、
彼は私を“主様”の身代わりにしているのだから。


「……えっと、ピカチュウ彼、知り合い?」

「うん、昔馴染み。折角だから受け入れてあげて」


キミ、ゲーセンのUFOキャッチャーの中に居た癖して昔馴染みも何もあるの?
あのUFOキャッチャー、ルカリオ居なかったよ?
そんな疑問は浮かんでも一切言葉にならない。
ピカチュウはともかく、ルカリオはこの世界の存在。
あんまりぬいぐるみだの何だの言わない方が良い。

けど受け入れろと言われてアッサリ受け入れるには、ルカリオは危険すぎる。
こんな植物の無い世界で花に囲まれた棺。
彫られた絵の女性は沢山の植物に守られている。
平和な日本で過ごしていた為に全く働きそうになかった私の危機管理警報が、けたたましく鳴り響いた。


「……さよならァァ!!」

「うぇっ、コノハ!?」

「主様ッ!」


私は瞬時に踵を返すと、一目散に走り去った。
逃げないと彼はヤバイ。絶対にヤバイ。
姉のように思っていたピーチ姫を傷付け切り捨ててまで得た平穏が消える!

……けど一般人の私と、格闘ポケモンらしい反射神経や身体能力を兼ね備えたルカリオでは、勝負になる筈もない。
私は元の部屋に戻るどころか、地下室の扉から出る前にアッサリ捕まった。
ルカリオは私の手首を握り、必死に引き止める。
振りほどこうとしたって力の差は歴然だ。


「離してっ!」

「お待ち下さい主様、どうか私を共に……!」

「私は主様じゃない、コノハって名前がある!」

「コノハ様、先程の不敬な態度なら如何様にも謝罪致しますので、どうか私をお連れ下さい!」

「いらないいらない謝罪なんていらない、人違いならガッカリして当然だし気にしなくていいよっ!」

「寛大なお心に感謝致します、やはり私はコノハ様に付いて行くべきです!」

「ああああ余計な事言ったァァァァ!!」


ぎゃんぎゃんと地下室に響く声が耳障りだ。
耐えかねたピカチュウが私の頭から飛び降り、私達を落ち着かせてくれた。
ありがとうピカチュウ、やっぱりキミ頼りになるね。
ルカリオと向かい合って何故か床に正座する。脛めっちゃ冷たい。


「コノハ様、私を信用して頂けませんか? それとも私が目障りですか?」

「うーん、信用する・しないとか目障りとか言える程、キミの事知らないし……」

「ではこれからの働きで私を見極めて下さい。それでも役立たずと仰るのなら、この身を業火に投じてでもあなたの世界から消えましょう」

「いやいや死なないでよ、そこまで望むとか私は鬼や悪魔か!」


鋼タイプに炎は効果抜群なんだからやめてお願い。
実直で真面目なキャラは扱い易いかと思ってたけど、それは傍に置く場合だ。
今の私みたいに実直真面目くんから離れたい場合は上手い言葉が見付からない。

ってか、私が改めて本気で拒否したら去ってくれそうだけど、その場合、ルカリオは焼身自殺しかねない訳で……。
何だこれ脅しか。忠実な騎士だと思ってたら、やたら物腰丁寧なゴロツキだったよ。詐欺か。
私が考えあぐね、足が痺れそうだなと思った辺りでピカチュウが口を挟む。


「ルカリオ、コノハは英雄でも戦士でもない。この世界に来る前は常に守られて、友達と学校に行って家に帰れば家族が居て、敵と戦う事なんか一生無いのが当たり前、そんな普通の生活をしてたんだ」

「え、あの、ピカチュウ、私の出自……」

「ルカリオには話した。……でねルカリオ、コノハは戦うのが怖いんだ。巻き込まれたくないんだ。ただただ平穏に暮らしたくて、その為なら優しくしてくれた友人さえ見捨てかねない、そんな子だよ」

「うわ公開処刑」


でも事実だから反論しない。
仲間のため世界のため犠牲になるとか御免被る。
そんな良い子ちゃんになんてなりたくない。
もし“そんな良い子ちゃん”が現れ私の身代わりになってくれるなら、喜んで差し出してしまうかも。

あ、私やっぱり鬼だ。悪魔だ。
ルカリオは正座したまま俯いて何かを考えているようだけれど、やがてゆっくり顔を上げ、私の目を見る。
私のような卑怯者にとって、気まずくて居心地が悪くなるような目。真摯で綺麗で相手を射抜くような目。
私のような人でなしとは違う、信じる人の為なら命まで投げ出しかねない、“そんな良い子ちゃん”の目をルカリオはしていた。

……瞬間、悪魔が囁く。
“そんな良い子ちゃん”なら万一の時、盾になってくれるだろうと。
鬼も囁く。
いざという時は“そんな良い子ちゃん”を身代わりにすれば良いと。

私の幻聴に過ぎない悪魔や鬼の囁きなど聞こえる筈の無いルカリオは、決して目を逸らさず焼き殺されそうな温度を放ち、
鬼や悪魔に負けかけた私にとって実に都合の良い言葉を放ってくれた。


×  


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