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イーストエリアの海沿い地区は機械的な面の多いグランドホープにもかかわらず、地球で見るような異国情緒溢れる素敵な町だ。
例えるなら地中海とかその辺。植物無いけどね。
ランドマークタワーでマルスと仲直りしてから、気分が良くて仕方ない。
リンクとロイも私とマルスの間に流れていた不穏な空気が消え去った事に気付いて、ホッとした様子。
余計な心配かけちゃったね、真面目にすまん。

町をブラブラして見物したり買い物したり食事したり、楽しい一日を過ごして今はコロナホテルに帰還。
また明日、と別れ部屋に戻ると時刻は午後10時半。
明日は遊園地だし、早めにお風呂入って寝よう。


「ピカチュウ、今からお風呂入るけど」

「んー、ボクもざっと体洗おうかな。すぐ行く」


人間サイズのお風呂はピカチュウにとって、無理ではないけど勝手が悪い。
なので彼とはいつも一緒に入浴してるんだけど、これって変かな?
ピカチュウも一応は男……って言うかオス? だし、私も一応は女だし。

けどポケモンなら人間には興味ないかもしれない。
現にピカチュウは平然としていて、特に意識してそうな様子は見られない。
……私に魅力が無いから、とは思いたくないです。
例え魅力が無くても異性の体って気まずい筈なのに、それさえ感じさせないくらい魅力が無いとは思いたくない。

窓から夜の海と夜空が見える浴室、ピカチュウを曲げた膝に乗せながら、綺麗で大きめな浴槽に浸かる。
ホッと息を吐くと、ピカチュウが嬉しそうに話し掛けて来た。


「コノハ、マルスと仲直り出来て良かったね」

「ホントだよ。こんな大都市で再会できるなんて、世間って狭いね」

「そうだね、人口が800万人も居るグランドホープだけど、知り合いが知ってる人ばっかりだもんね」

「……それは、未だ任天堂キャラ以外に友達らしい友達が居ない私へのイヤミかな?」

「いやいや、滅相もございません旦那様」


別に本当にイヤミだと思っている訳じゃないから笑いながら軽めに言って、それを分かっているからピカチュウも笑って軽く返す。
うーん、でもやっぱり生活し始めてもう何ヵ月も経つのに、未だ任天堂キャラ以外の友達が居ないって、結構ヤバイよなぁ……。
ステップストアの店長は優しいけど友達とは違うし、他のバイトの人達とも最低限の交流しかしてないし。
いや、こないだのピット君達と一緒に居た子供達は任天堂キャラじゃなかった。
友達って言っていいのかは分かんないけど、次の休みに会いに行こうかな。


「ピカチュウに言ったよね、ピット達に会ったって」

「聞いた聞いた。こんな都市で市民証を持ってない上に、植物に囲まれて生活してるなんて凄いよね」

「次の休みにでも会いに行こうかと思うんだけど、ピカチュウも一緒に来る?」

「行くー! ボクもピットやネスやリュカに会いたい」


笑顔を浮かべるピカチュウに私も嬉しくなって笑顔を返す。
ピットとネスには嫌われてるっぽいから覚悟してねー、と緊迫感の欠片も感じさせず言うと、ピカチュウはけらけら笑った。
あ、冗談だと思われちゃったかな。ガチなのに。

孤児みたいだし苦労してきたらしい彼らにとって、私みたいにぬくぬく暮らして来た甘ちゃんは見ていて苛々するんだろうけど。
……だからって同情しても偽善者扱いだし、一体どうしろっつーの?
私の生まれや今までの人生がぬるま湯の中にあったのって、私のせいじゃないし。

ピカチュウの体をボディソープでわしゃわしゃ洗ってあげながら、家にあるお気に入りのボディソープが恋しくなってしまった。
あああ、生活用品はやっぱ使い慣れたやつが良いよ。


「何で、何でこの世界の雑貨は地球と同じじゃないんだ……お気に入りの品が恋しくてたまんない……!」

「仕方ないよ、環境が全く違うみたいだし。天然素材の〜…みたいな商品だと間違い無く望み0だろうね。食べ物さえ珍しいのに、自然品を雑貨に使うなんて考えつかないんじゃない?」

「やっぱり? こっちの女性陣に天然素材系統の商品を味わって欲しいな。病み付きになっちゃうんだから」

「天然商品信者は、それはそれでヤバイ」

「デスヨネ」


いつだっけ、ルイージのお店に行った時だっけ?
あの時も妙な宗教じみた感覚に陥り掛けたんだよね危ない危ない。
何事も程々に。熱中するなら決して周りの人を巻き込まない。これは大事だ。

お風呂から上がり、ピカチュウをドライヤーで乾かして私も髪を乾かし、体が冷えないうちにふかふかのベッドへ潜り込んだ。
いつもピカチュウが寝る時に入る籠は持って来ていないので、何か代わりになる物が無いか探したけど、ピカチュウはいらないよと言ってベッドに入る。


「……私は?」

「せっかく遊びに来たんだし一緒に寝ようよ。ボク壁際ねー」

「いやいや待って潰しちゃうかもしれないから!」

「んー大丈夫じゃない? ボク、枕を下敷きにしてコノハの頭の方に寝るからさ。んじゃ、おやすみー」


ピカチュウは本当に真っ白いふかふかの枕を下敷きにして、ベッドの上方で布団を被ってしまった。
確かにあの位置なら私の頭が来るし潰される可能性はかなり減るだろうけど、ペットと一緒に寝て潰して、死なせてしまった人も居るから気を付けないと。
私も同じベッド、ピカチュウの隣に入る。
ピカチュウも一応男の子なのに一緒に寝るのは……なんて思ったのは数秒で、お風呂も一緒なのに何を今更、と自己ツッコミを入れ深呼吸して目を閉じた。

そろそろ寝る時に「目が覚めたら家に居ますように」なんて願う事が少なくなったなあ。
正直、異世界だと理解してからは毎日のように、目が覚めたら家のベッドで全部夢オチでしたー、なんてなるように祈ってた。
夢オチは極一部を除いてあらゆる媒体で駄目オチ扱いだけど、もし私が何かの物語の登場人物だったなら、完全な夢オチを期待する。
だけど今はもう、諦めと変わり無い感情が私の心を支配しようとしていた。
なんとか生活できてるし友達もできたし、もう帰れなくても良いんじゃないの?

……そう思わないと辛い。
いくら大好きな任天堂キャラに会えたって、私が本当に欲してるのは違うものだから。埋まらないから。
勿論、この世界で出会えた皆はかけがえ無いし、大好きな友達ではあるけど。


「お母さん、お父さん……。マナ、ケンジ……」


大事な家族と一番の友達の名前を呟いてみる。
そうすると失った事への実感が急激に沸き上がり、私は言わなきゃ良かったと思いながら布団を被った。


+++++++


翌日、朝。
ホテルのレストランで待ち合わせして、朝食バイキングでお腹を満たす。
良いよねぇバイキング。朝から食べ過ぎちゃいそうだけど、旅行中だから気にしない!
原材料を気にしないように努めつつお皿にクロワッサンとフォカッチャを乗せ、スクランブルエッグを仕切りの小さなスペースに入れていると、背後からマルスに声を掛けられる。


「コノハ、サラダ取って来るけどいる?」

「あ、いるいる、ありがと!」

「苦手な野菜とかは?」

「無いよ、大丈夫」


分かった、と小さなボウル状の容器にサラダをよそってくれるマルス。
くぅぅ、気が利くねぇマルス。先に席で朝食タイムおっ始めてるフェレ家の小僧とは大違いだよ!
いや、小僧って言っても私と1歳違いなんだけどさ。
他にも何種類かのおかずを取り、これまた原材料が何か考えたくない、何がミックスされているか分からないミックスジュースを注いでマルスと共に席へ戻る。
ロイがハッシュドポテトを頬張りつつ、ニコニコしながら無神経発言。


×  


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