7-3



金曜日、朝8時過ぎにピカチュウを頭に乗せ駅へ。
ロイとリンクが入り口前で待っていて、挨拶を交わそうとして思い止まった。
待てよ、せっかくイケメン達と待ち合わせして出掛けるんだから、お約束のアレをやっておきたいな。
前に買い物行った時も似たようなやり取りしたけど、内容が違ったしね。

私はやや離れた場所からお早う、と声を張り上げようとしていた所をもう少し近付いて、あまり声を張り上げないように話しかけた。
さあ、果たして彼らはお約束を返してくれるのか!


「リンクさん、ロイ、ごめーん待ったぁ?」

「いいや、ついさっき来たところだよ」

「オレもさっき来た」


いよっしゃ来たあぁぁ!!
使い古されてもはや古典だけど、ラブラブカップルデートのお約束

『ごめん、待った?』
『ううん今来たとこ』

のやり取り頂きましたぁ!
思わず顔や態度に出てしまったらしく、楽しみなのは分かるけど落ち着けよ、とリンクに笑われる。
いいよ、イケメン君が笑ってくれるなら私、道化にだってなってみせるよ!

……いや、正直な話をするとあんまり無用な恥はかきたくないんだけどね。
でもピカチュウだけは私が何をしたかったか分かったらしく、頭の上から小さく「何やっとんじゃい」という声が降って来る。
さっそく恥かいたけどピカチュウならまあいいか。

エレベーターで駅の8階へ上がり、改札を通ってエスカレーターを昇る。
高架線路からの眺めは相変わらず上々で、眩しい青空に映える大都会の街並みが素晴らしい。
住居や学校がメインのセントラルエリアでさえこうなんだから、摩天楼だらけのノースエリアとか凄い圧巻なんだろうなあ。
ノースエリアは最初に行ったっきりだから、眺める余裕も無かったしあんまり覚えてないんだよね。

列車の窓から外を眺める。
あまり高い建物の無いセントラルエリアは、広さ以外は日本でも見られそうな光景を作り出していた。
ただ、遥か彼方にうっすらと見える、各エリアを分けている巨大な壁だけは間違っても日本、そして地球では有り得ない光景。
ゲームの世界にでも来たみたいで不思議な気分だよ。
自分のアパートから見えるから最近慣れて来たけど。

前にピカチュウが言った通り、地球では有り得ないグランドホープの非日常が私の日常になっている。
それでも先週見た夢のように故郷の事を見せ付けられると、やっぱり非日常だなと思ってしまう訳で。

自分がとんでもなく中途半端な存在であることが、何か良くない事を呼ぶんじゃないかと不安になる事もあるけど……無視無視。
嫌な事は後回しにして考えないって決めたのに、どうしても気になる。小心者すぎるだろ自分。
でも今はリゾートとも言えるイーストエリアへ遊びに行く最中だし、本当に忘れなきゃ駄目だ。
私はすぐ顔に出るから、皆を心配させてしまう。
それを振り払うように、ロイとリンクに話し掛けた。


「ねぇ、ホテルに着いた後は何するの? イーストエリアで遊んだ事ないから何があるか分かんないや」

「そうだな、明日はテーマパークで遊ぶとして、今日はホテル付近の街をブラブラするつもりだよ」

「絶対に押さえたいのはランドマークタワーとメモリアルミュージアムだな。後は歩き回りながら気になった所に寄ればいいだろ」

「うひょー楽しみ!」


テーマパークとか、目的を持って1ヶ所でガッツリ遊ぶのも良いけど、街中をブラブラ散策して、気になる店や施設があったら入る、みたいなのも面白いんだよね。
さっきまでの不安を現金に押しやって、私の頭は再び楽しさで埋まった。
……単純だな、ほんと。

円形の広大な土地を×に仕切ったグランドホープの、イーストエリア東端。
位置的にやや南寄りにコロナホテルはあった。
コロナって聞くとマリオサンシャインのドルピック島にある、コロナマウンテンを思い浮かべるんだけど、関係は無いみたい。
本当にこの世界“任天堂”って言うよりは“スマブラ”なんだろうな。

目の前の高級ホテルは、私みたいな庶民を拒絶するかのように佇んでいる。
これが趣味の悪い成金のようなホテルだったら逆に気が楽だったろうに、コロナホテルは落ち着いた上品な雰囲気で、とても自分に合うとは思えない。


「……あのさロイ、ここ本当に庶民が来ていいの?」

「そりゃ当然。何か勘違いされてそうだから言っとくけど、オレの実家は金持ちなだけで、決して政府関係者じゃないからな?」

「ドレスコードとかありそうなんだけど」

「まあ一応あるけど、常識的な服装だったらラフな格好でもOKだよ。短パンは好ましくないだろうな」

「……スカート系は」

「駄目な訳ないじゃん」


ひぃぃ何か怖じ気づいた!
すっごく楽しみだったのに入るのが怖い!
確かにロイもリンクも服装はラフだけどさ!

彼らの後ろに隠れるようにしてホテルのエントランスへ向かうと、センスよく配置された像や彫刻、小さな滝や泉が目に眩しい。
……けど植物は無いんだな、やっぱり。
普通なら色とりどりの花壇や植木、噴水や泉に花が浮かんでたりとかありそうなのに。

ピーチ姫達が話していた、この世界から植物を消した男の話を思い出す。
なぜそんな事をした。全く意味が分からんぞ!
それで何か良い事があったのかお前はァァ!

……あったんだろうな、その人にとって良い事が。
ピーチ姫達は何千年も前に、その男やその仲間達と戦ってたんだろうか。
これがゲームとかなら、その男が復活して戦いに……とかなっちゃいそうだ。
うわー巻き込まれたくない、どうかそんな事になりませんように……!
まあこの世界はゲームじゃなくて現実だから、そんなラスボス降臨イベントみたいなのは起きないだろうけど。

エントランスホールに入ると、ロイが前方に誰かを発見したらしく、手を上げて声を掛けた。
私はロイとリンクの後ろに居たから見えないけど、すぐにロイが口に出す。


「よーマルス半年振り、元気してたか。宿泊券ありがとうな」

「どういたしまして。とは言え両親のお金だから僕は大きな顔できないんだけどね」


……はい? 今、なんと?
聞き間違いでなければ、マルスとか聞こえたような。
しかも思いっ切り聞き覚えある声の気が……。

ちょっとロイ達の後ろから出て前方を見ると、青い髪をした上品そうな少年。
わー、こんな子こそ、この上品なホテルに似合うんだよね、うん!


「……あ」

「……ど、どうも」


目が合った、そしてお互いに気まずい表情。
ロイとリンクが、知り合いだったのかお前らと意外そうにしてるけど、そんなに穏やかなものじゃない。
初対面でマイナス面暴露した挙げ句、罵倒合戦しちゃった間柄ですよ……。


  


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