7-2



恐怖に駆られ、息が切れる程の全力疾走で家へ。
幸いにもあの時の亜空軍や亜空間は出現せず、明かりの灯る我が家の玄関に飛び込む事が出来た。
安堵して息を吐き、ただいまー、と言った所でお母さんと誰かの話し声が聞こえて来る。
リビングから……誰だろ、女の人と話してる? 割と年配っぽいな。
割り込んで良いか分からないから、2階の自分の部屋へ直行する事にしよう。

リビングには入らず奥の階段へ行こうとリビングに近付いた時、話し声がよく聞こえるようになる。
その瞬間、お母さんと話している声の主が分かり、私はリビングに飛び込んだ。


「あ、お帰りコノハ」


ソファーに座りいつもの調子でそう言うお母さんの、向かいのソファーに座っているあの人は。


「お……婆、ちゃん?」


お婆ちゃんだ。
私の大好きなお婆ちゃん。
死んだはずのお婆ちゃん。

どういう事?
ひょっとしてグランドホープへ行く前の、お婆ちゃんが死んだ所から夢だった?
お婆ちゃんが死んだのは夢で、本当はすっかり元気になって退院して、こうして家で穏やかに暮らしてる?

……ああ、そうだよね。
お婆ちゃんが死んだのは夢だったんだよね。
こうしてまた、一緒に暮らしてくれるんだよね。

またお話聞かせてよ。
ファンタジー色たっぷりなのに、話し方が上手いから情景が目に浮かぶようで、お婆ちゃんのお話が大好きなんだ。
あと料理も教えて欲しい。お婆ちゃんが作るとご飯もお菓子も最高なんだ。
お母さんもお婆ちゃんに習ってるから上手いんだけど、お婆ちゃんが上だよ。
あ、明日マナが遊びに来るから、前に作ったリンツァートルテをまた作って欲しいな。
マナがめちゃくちゃ美味いって言って、すっごく気に入ってたでしょ。

どうせならお婆ちゃんも一緒にゲームやる?
最近はお年寄りゲーマーも増えてるらしいけど、お婆ちゃんはずっと前からゲーム大好きだったもんね。
友達に、お婆ちゃんがゲーム大好きだって言ったら羨ましがられたんだよ。

死んだと思っていた大切な人が生きている。
だから話したい事なんて山程あるのに、喉につっかえて出て来ない。

お婆ちゃんは私の大好きな優しい笑顔をこちらへ向け、口を開く。
その口からお帰り、という言葉は出て来ない。
代わりに紡がれた言葉は。


「ごめんね、コノハ」


飛び起きた。
優しい穏やかな笑顔とは裏腹に、その声音が悲哀に満ちていた事に驚いて。

そう、飛び起きた。
そこはグランドホープでピーチ姫が手配してくれた高層アパートの部屋。
カーテンの隙間からは光が漏れているけど、時計を見るとまだ午前5時40分。
カーテンを少しだけ開いたら、明るいものの太陽はまだ顔を出していない。
サイドテーブルに乗せた籠の中でピカチュウがぐっすり寝ているのを確認し、私はベッドに戻った。
そして彼を起こさないよう布団に潜り込み、声を殺して泣く。

帰りたい故郷は、変わらずそこにあるんだろう。
ただ、私という存在を消し去ったまま時間を進めて。
今見た夢は、ただの私の願望に過ぎない。
何の問題も無く帰る事が出来て、私が居なくなった事が無かった事になっているなんて、都合が良すぎる。
今日はバイトも休みだと思い出した私は、泣き疲れて二度寝するまで、声を殺したまま泣き続けた。


++++++


「なあなあコノハ、来週の連休ヒマ?」


故郷の夢を見た数日後、ステップストアのバイト後にロイが話し掛けて来た。
来週の連休は金曜〜月曜までの4日間で、私はバイトの休みも重なり何をしようか浮わついている所だった。
特に予定も無いし暇だよ、と言うと、彼は数枚のチケットをひらつかせる。


「じゃーん! イーストエリアのリゾートにある、高級ホテル2泊3日〜!」

「ちょ、これコロナホテルじゃんか!」


同じくバイトが終わったリンクが割り込んで来た。
高級ホテルかあ……リンクの食い付き具合からしてかなり良いんだろうな。
ロイは得意気な顔をして、チケットを一枚ずつ私とリンクに手渡して来た。


「連休に予定無いんだったら行こうぜ、親戚から宿泊券貰ったんだ」

「え、私も良いの? 家族とか高校の友達は……」

「家族では何回も行ったし高校の友達とも行った事あるから、今回はコノハやリンクと行きたくてさ。宿泊券をくれた親戚の子供が一人一緒になるけど、同い年くらいだし良い奴だからすぐ打ち解けるよ」

「何回もって、やっぱお前は金持ちだな……」


何とも言えない表情で言うリンクに、ロイが原作で貴族だった事を思い出す。
この世界では貴族とか無さそうだけど、リンクの言う通り金持ちなんだろうな。
高校は寮に入ってそこから通っているそうで、ロイの実家は知らないけど。

……イーストエリアか。ピーチ姫の家があるけど近くじゃなきゃいいな。
もしばったり出くわしたりしたら気まず過ぎるよ。
ロイの親戚が誰かは分からないけど、大丈夫だと言うから遊びを了承した。
ひょっとしたらまた任天堂キャラかもしれない。

しかし今まで出会った見覚えのある人々を鑑みると、全員が任天堂キャラではあるけど、もっと言えばスマブラ出演者達だよなあ。
これが夢小説なら、スマブラ夢って所かな。
間違っても自分が夢ヒロインだとか、そんな立場じゃないのは分かってるけど。

金曜日、朝一番の列車で向かう事になり、私のアパートから最寄りの駅で集合する事になった。
ピカチュウも連れて来て良いと言ってくれたので、先に更衣室で待っていた彼に話す。
毎回バイトについて来るピカチュウは、暇だからとフロアをうろうろしていたらすっかりマスコット的存在になっちゃっていた。
さすがポケモン界のアイドルは伊達じゃないな……!


「聞いて聞いて、ロイが高級ホテルの宿泊券くれてさ、2泊3日で遊びに行く事になったー! ピカチュウも一緒に行こう!」

「ほんと!? ……うわ、コロナホテルってかなり良いホテルじゃん!」

「知ってんの?」

「うん。休みの日にネットして、イーストエリアの高級ホテルサイト見てたんだ。まさか行けるなんて!」

「……前々から思ってたけど、ピカチュウって器用にも程があるよね」

「ボクをゲームやアニメのピカチュウと同じだと思ったら大間違いだよ」


うん、まあ元はぬいぐるみだし普通のピカチュウじゃないのは分かってるよ。
他のスマブラキャラとは違って、私の故郷である地球の話も通じるからね。
っていうか彼は任天堂ゲームの事も知ってるみたいだけど、自分が出てるゲームをどう思ってるんだろう。
アイドルだから気にしないのかな、私だったら恥ずかしすぎるわ……。


  


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