7-1



「コノハ」

「う……」

「コノハってば!!」

「へっ!?」


突然の呼び声に体がびくりと跳ね、私は突っ伏していた机から頭を上げた。
……ん? この机……。
辺りを見回すといつもの教室で、椅子に座って机に突っ伏し寝ていた私を、横に立つマナが見下ろしている状態。
窓の外を見ると夕方で、もう授業は終わったらしい。


「あんたどんだけ寝てんの、図書委員会の当番だって結局ケンジが一人でやってくれたんだから、お礼言っときなさいよね」

「……」

「ちょっとコノハ?」


教室、だよね。私が通ってる高校の。
更に私は制服で、隣にはマナが居て、つまり、ここは地球で日本で……。
帰って、来れた?

余りに実感が湧かなくて、でもその感覚は以前にピカチュウが言っていた通り、すぐ実感となって日常に戻ってしまうんだろう。
マナは私の様子がおかしいのを察して、からかって来る時の調子を引っ込め背中をさすってくれる。
えっと、何がキッカケか分からないけど私、またトリップし直して日本に帰って来たんだよね。


「具合悪いんじゃないの、こんな所で爆睡するから風邪引いたとかさ」

「うえ、爆睡してたのか。まさかと思うけど私イビキかいてなかった?」

「かいてた」

「嘘ぉ!?」

「ウ・ソ」


イタズラっぽく笑うマナにこちらも笑い返しながら軽く頭を叩いてやる。
ああ、帰って来たんだ。
大好きなマナが居る、そしてここは通い馴れた高校の教室で、何の問題も無く家に帰る事が出来る。
私は早めに帰り支度を済ませ、マナと下校。
生徒玄関で、ケンジと出くわしたから駆け寄って委員会をサボった謝罪。


「ケンジごめん、うっかり爆睡してた!」

「馬鹿かお前。許してやるから何か奢れよ、次に発売するポケモンとか」

「高っ! 高いよケンジくん、出来れば千円以内にして欲しいな!」

「じゃあモス」

「けってーい」


帰りに三人でモスへ。
マナがあたしにも奢れーい、とか言ってたけど関係ないので無視。
三人で、次のテストがどうだとか教師の誰それの悪口だとか、他愛ない話をしながら、私は平凡な日常の幸せに泣きそうだった。
だけど泣かない、大好きな二人を心配させてしまう。

ピカチュウ、やっぱ私にはこれが平凡な日常だよ。
グランドホープでの日々は私にとって非日常だったよ。
……でも多分、それも離れたから言える事で、確かにグランドホープで過ごした3ヶ月間は日常だった。

しかし調子の良いもので、あんなに帰りたかったのにいざ離れると、グランドホープの事が気になる。
ピーチ姫達は政府に対して革命を起こしたのかな?
リンクやロイは巻き込まれずに生きてるかな?
ルイージは結局マリオと繋がってたんだろうか。
正義感の強いマルスはどんな行動を取るんだろう。
お偉いさんっぽかったアイクはピーチ姫達と敵対しちゃってるのかな……。
政府を憎んで生きてるピットやネス、リュカは?

そして、ピカチュウ。
あんなに私の傍に居て、親切に助けてくれた彼は?
思えば彼がただのぬいぐるみだった時から、私は助けられてばかりだったなあ。
一人異世界に送られ、鞄や携帯など元の世界との繋がりの殆どを失ってしまった私にとって、唯一元の世界との繋がりを意識させてくれた存在だった。
そして動き出してからの2ヶ月もずっと一緒に過ごしてくれて、私は彼のお陰で本当の孤独に陥らなかった。

……あ、やばい。なんか泣きそう。
どうしよう、完全に目が潤んでる。気付かれたら余計な心配かけるのに。
私はマナとケンジの様子を窺いながら、意識がこちらから逸れた瞬間に素早く目元を拭った。
幸いにも気付かれなかったようで、何事も無かったかのように会話に参加する。
話題が一旦切れて、次にマナがゲームの話題を持ち出して来た。


「あー、FEのGBA三部作リメイクか移植はよ」

「封印と烈火はともかく、聖魔は無理だろ。3DSのアンバサダーで出たし」

「それはあくまで移植の範囲だからリメイクならアリかもよ。私はポケモンのルビサファをリメイク希望。小一で買ったけど、消したりして何年も繰り返し遊んだから思い入れ半端ないし」

「あたしもー。どうせならエメラルドが良いけどね。大誤算なダイゴさんと組んでのダブルバトルは小学生ながらグッと来た」

「あれはルビサファ先にやってると感動するよね」

「……お前らがアドバンスの話出すからやりたくなっただろうが。黄金の太陽とかバーチャルコンソールでさっさと出してくれれば良いのに」


グランドホープではピカチュウ以外の人が居る前で出さないように気を付けていたゲームの話題を、何の配慮も無く出す事が出来る。
ああ、もう幸せ。無用な頑張りをしなくて良いなんて幸せ過ぎる。

幸せ、なのに。私の頭を過るのは、グランドホープで過ごした日々。
グランドホープで出会った人々。
今となっては夢だったんじゃないかと思えるあの世界の全てが、気にかかる。
やっぱりその中でも、特にピカチュウは忘れ難い。
同じバイトでよく遊んでくれたリンクやロイも。
シェリフに逮捕されたらしい私を助けてくれたピーチ姫や、特に深い付き合いは無かったけど、出会った他の任天堂キャラ達も。

マナやケンジの態度を見るに、私が3ヶ月も異世界に居たのは無かった事になっているみたい。
じゃあ向こうでは、一体どうなってるんだろう。
私が最初から居なかった事になってるのかな。
……そうなら、私が金額を立て替えた為に万引きの追求を逃れたピット君は逮捕されちゃったんだろうか。
いや、ピット以前に私がこの世界から持って行ったピカチュウのぬいぐるみは?


「……あのさケンジ、あんたがゲーセンで取ったピカチュウのぬいぐるみ、覚えてる?」

「覚えてるも何も今、お前の鞄に入ってるだろ」

「えっ」


言われて鞄を探ると、ピカチュウのぬいぐるみ。
あれ、入れたっけ。入れたんだろうな、あるんだし。
変なこと言ったねゴメン、と謝って話を終わらせた。

日が暮れて来たのでモスを出て帰路につく。
ケンジと別れ、それからしばらく後別れる時にマナが、私にとって泣きたくなる懐かしさを持つ事を言って来た。


「あ、明日の休み、あんたん家行くからスマブラしよっ! 二人プレイで亜空の使者ぶっ通しな!」

「おっけー。じゃ、また明日ね」


それはグランドホープに行く前、最後にマナと別れた時にした約束。
ごく簡単な内容なのに、下手をしたらもう二度と叶えられない可能性があった。

だけどもう叶えられる。
私は帰って来たんだから。

一人になり、歩き出しながら今何時かなー、と何の気なしに携帯を取り出す。
……あれ? 私の携帯こんなんだっけ。
ガラケー派だから普通に折り畳み式なのは良いとして……え?

これ、市民証? グランドホープの。


「……!」


急激に襲って来る寒気。
確か以前グランドホープに行ったのも、暗がりの中で一人帰路についている時だった。
まさか、また……!


×  


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