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「おねえちゃん、だれ?」


声を掛けられてそちらを見ると、朽ちたビルの入り口に小さな女の子が居た。
任天堂キャラじゃないっぽい。
かなり多いFEキャラとかも思い浮かべたけど違う。
側に居た同い年くらいの男の子が、やべぇピットにいちゃん達に報告だと言い女の子を連れてビルの奥へ。
ピットにいちゃん、か。やっぱりあの恩仇男子はピット君だった訳だ。

ここまで来たら引き返す訳にはいかない。
私はビルの入り口から堂々と入り、中を見回す。
中は朽ちて、あちこちに蔦や雑草、花々がヒビの間から力強く生えている。
何かのオフィスだったんだろうか、あちこちに残った机やカウンターが、往事の姿を思い起こさせる。
草花や蔦が生えてるけど生活に困る程じゃない。
フロアの端にはエレベーターの入り口だったらしい扉があり、完全に開いて中から大樹が生えていた。
大樹は階上の床まで突き破り、さらに上まで生えていそう。
根の周りは他より濃い緑の絨毯が敷き詰められていて、可愛らしい花が咲いていた。


「何でここが分かったの」


その言葉に振り返ると、フロアの反対側にある階段からピット君が降りて来た。
睨み付けるように私を見ながら、警戒を全身に出す。
後ろからは先程の女の子達より幾らか年上、しかしピット君より年下っぽい少年達が、木の棒や手作りっぽいパチンコを構えて私に敵対感情を向けて来る。


「……ここ、孤児院か何かだったりする?」

「そんなご大層なものじゃないよ、身寄りの無い子が勝手に住んでるだけ。しかもお姉さんに関係ないじゃん、出て行ってよ」

「市民証を盗まれたから、関係なくないんだなあ」

「あんなの再発行して貰えばいいでしょ、さっさと出て行けって言ってるの」


……ん? って事は市民証を盗んだのは不正使用が目的じゃないの?
市民情報監理局に申請したら古い市民証は全く使えなくなるからね。
何だか気になったけど、何を言っても聞き入れてくれなさそうなので、急に話題を変えてみた。


「ここ、緑がいっぱいで綺麗だね。木とか花とか、このポリスに来てから初めて見たよ」

「おねえさん、よそのポリスから来たの!?」


反応したのはピット君ではなく、後ろの少年達。
最年長らしいピット君は責任感からかあくまで冷静さを失わず、身を乗り出した少年達を片手を伸ばして制した。


「……そうやって興味を引くような事を言って何? 市民証は返さないからね、さっさと帰れよ!」

「ピットにいちゃん、市民証を返してあげよう!」


また新たな声が聞こえ、上の階から小さな女の子が駆け降りて来た。
ピット君は焦って、エイネは気にしなくて良いとか、返す必要は無いとか言う。
でも女の子……エイネちゃん? は泣きそうな声で、粗末なスカートのポケットから、私の物らしい市民証を取り出した。


「わたしが、市民証かっこいいな、ほしいなって言ったから、ピットにいちゃんは盗んだんでしょ? わたしたちは物を盗まないと生きていけないけど、やっぱりこういう、一人の人の持ち物はだめだよ!」

「エイネ、ダメだ! あの人きっと僕達をシェリフに突き出すよ、そうしたらみんな逮捕される!」


ピット君の制止も聞かず、エイネちゃんは私に駆け寄り市民証を渡してくれた。
涙目になりながら何度も謝ってくれたから、怒りが消えちゃったよ。


「ありがとう、エイネちゃん。お兄ちゃん達が心配してるから、行きなさい」


エイネちゃんがピット君達の元に帰ったのを確認してから市民証を仕舞い、出来る限り軽めに、何でも無いような声で告げる。


「て言うか、私はキミ達をシェリフに突き出す気なんか無いよ。グランドホープに来た時酷い目に遭ったから、寧ろシェリフ嫌いだし」

「……じゃあ何で追って来たんだよ、市民証なら再発行して貰えば良いのに」


確かにそれが簡単だよね。
シェリフは嫌いだから出来れば頼りたくないし、追うのも本来の私なら絶対にしなかったと思う。
じゃあ今回は何で追ったのかって、そりゃ当然ピット君が気になったからだ。
でも今ここに存在してるピット君はゲームのキャラじゃないし、もしそうだとしてもそれは言えない。
だから。


「えっと、ピット君かな。キミが衣類を盗んだのはその子達にあげるため?」

「そうだよ。寒くなったり暑くなったりした時に服が少ないと不便だし、不潔だし、それに動けば破れる事だってあるから」

「……そうか、キミはその子達の面倒を見てるんだ。優しいんだね」

「黙ってよ、同情なんてやめてくれない!? そうやって僕達を見下して悦に浸ってる偽善者とか大っ嫌いだから!」


……以前マルスに会った時、私は彼の事を偽善者だと罵ってしまった。
でもマルスは本人が言っていた通り行動しているから、偽善者なんかじゃない。
本当の偽善者は、今の私。
ああ、偽善者と言われるのはこんなに腹が立つのか。
偽善者である私が言われても腹が立つんだから、本当は偽善者じゃないのに言われたマルスはハラワタが煮えくり返っただろう。
次マルスに会って会話する機会があったら絶対に謝ろう、うん、そうしよう。

そうやって一人で考えに浸っていると、ピット君の慌てる声。
見れば少年少女達が私の方に駆け寄って来る。


「おねえさん、よそのポリスから来たんでしょ、お話聞かせてよ!」

「木やお花見てもびっくりしなかったよね、すごい! もしかしておねえちゃんのいたポリスには植物や土の地面が普通にあったの?」


ピット君より年下な彼らが楽しげにすがり付いて来て気分が良くなった。
うひょー、私は別にショタロリコンじゃないけど、小さな少年少女達に慕われるのって嬉しいじゃないかー!
皆の事は内緒にするから私の事も内緒だよと言って、自分の事を話し始める。
何か彼らには言っても良いんじゃないかと思えて、私は自分が異世界から来た事を喋ってしまう事にした。

……いいよね、うん。
こんな風に隠れて暮らしているなら、味方する人は裏切らないでくれそうだ。


「私はね、この世界とは違う異世界から来たんだ」


多分、小学生くらいか。
小さな子達は目を輝かせて感嘆の息を漏らすけど、ピット君ともう二人、同じく年長らしい一人の男の子は呆れた様子でハァ? と言いたそうな顔をして、残りの一人は戸惑ったような顔をしていた。
あれ、ピット君以外に他の子より年長っぽいのが二人居るけど、あれってまさか、ネスとリュカじゃ……?


「ちょっとみんな、そんな子供だましのホラ話を信じるの? 無理あるじゃん」

「だって異世界だよ、異界人だよ、ネスにいちゃんは凄いって思わないの!?」

「べっつにー。騙されるワケないじゃん、そんなの」

「リュカにいちゃんは凄いって思ってくれるよね!」

「え? う、うん、すごいよね……」


やっぱり!
ネスとリュカにまで会えるなんてヒャッホー!
ピット君とネス君からの印象は悪いみたいだけど!


  


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