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空港のレストランでご飯を食べている間、セントラルエリア発の地下鉄で事故があったと報道されていた。
あれ私が乗ってたやつだよなあと他人事のように思っていると、市民証に非通知で着信が。
……出た方がいいのかな。ヤバイ怖い、けど……誰かから大事な用だったら。
恐る恐る出ると、なんと相手はピカチュウ。


『コノハ、生きてるよね、地下鉄で事故があったって聞いたけど!』

「あ、うん、セントラルエリアの地下駅が全部封鎖されててさ、地上の列車で来たから無関係だよ」

『ウソ! 地下鉄経営会社の社長令嬢に会って特別に入れて貰ったんでしょ! で、アイクに会って助けて貰ったんだよね!』

「なんで知ってんの!」


そんなに詳しく知ってるなら、しらを切っても無駄だと思ったから正直に話す。
どうしてピカチュウがそれを知ってるのか、っていうかピカチュウは人工ペット扱いだから市民証は持ってないのにどうやって連絡してるんだろう。
まさか市民情報監理局から……?


『もう、こんな事なら付いて行くんだったよ……。いい、次からは知らない人の相手をしちゃダメだよ、別に例の社長令嬢はスマブラキャラでも任天堂キャラでもなかったでしょ』

「はぁい……ってか小学生扱いの注意された……。まあ事実、知らない人にホイホイ従って事故に遭ったから仕方ないけどさあ……」

『何も言わなかった僕も悪かったよ。あ、その社長令嬢にも会っちゃダメだよ。それに心配だしあんまり遅くならないでね』

「うん、お土産買って帰るから待ってて」


微妙に噛み合わない会話をしてから市民証を切る。
しかし本当にピカチュウは誰から聞いたんだろう。
……社長令嬢に特別扱いされた事はともかく、アイクに助けられた事まで知ってるのは私以外には……アイク本人しか居ない!

まさかピカチュウって、アイクと既に知り合い?
いつ知り合ったんだろ、元の世界からぬいぐるみを持って来て動くようになって以降、彼が一人きりで居た事なんて……あるじゃん。今、一人じゃん!
名乗ってない私の名前を知っていたアイクだから、住所だっていくらでも調べられるのかもしれない。
あの地下鉄事故の後アイクはピカチュウに事の次第を話しに行ったんだろう。
……なんでピカチュウの事を知ってるのかも分からない。これも調べたのかな。

考えるのが面倒になって、デザートのクリームブリュレを素早く食べてからレストランを出た。
面倒な事はあとあと、今は遊びに来てるんだから思う存分楽しまないと!

空港前のバス停に行くと、もう一つの空港行きのバス到着はまだ15分以上ある。
近くに店がちらほら並んでいたので何気なく見ていると、遠く前方で何やら騒ぎが起きていた。
男の人が少年を捕まえていて、何となく気になり小走りで近寄ると……。


「え、うそ……!」


捕まっている少年を確認した瞬間、走り出した。
あれは、あの少し癖のある茶髪と青い瞳は……!
人混みを掻き分け、少年を捕まえている男の人に話し掛けてみる。
放っておけば良かったかも、と思ったけど、もう引っ込みがつかない。


「すみません、この子がどうしたんですか!?」

「あなたこの子のご家族ですか? うちの商品を万引きしたんですよ!」

「ま、万引き!?」


少年……羽は無いし服装は薄着ながら現代風だけど、顔を見る限りピット君だ。
どうやらリーズナブルでカジュアルな服屋さんから様々な衣料品を盗んだみたい。
よくこんなに袋に詰めたよ、しかしなんで万引きなんか……。

と考えている間に、野次馬の目が集中している事に気が付いた。
うわああいきなり後悔した、やっぱり話し掛けなきゃよかったよ畜生!
でも自分でも意外だけど、こうなると却って腹を括れるようになるみたい。
えぇいピット君の為だ、勇気出せ自分! フロル様お願いします!


「わ、私この子の従姉なんです! 本当にごめんなさい! 支払いなら私がしますし、もうしないように言い聞かせますから……!」


頭を下げて懇願すると、まあ子供だしと料金の支払いだけで許してもらえた。
代金は2万8000……。
おい、こんな庶民の味方しま〇ら的なお店でどんだけスッたんだピット君よぉ……!
苦い顔をしているピット君を立たせ、無理矢理頭を下げさせてから手を引いて人目から離れた路地に入る。
振り返ってピット君を見ると、先程と同じような苦い顔のまま……。


「……お姉さんさあ」

「はい」

「バッカじゃないの」


顔は真顔だったけど、声は心から嘲るような、憎しみを絞り出すような声。
ピット君は、さっき支払いをした為に手に持っていた私の市民証を奪い取った。
えっ、と短く声を上げた瞬間に私の手を振り払い、路地の奥へと逃げて行く。
……え、あの、今、市民証を盗まれた……?


「……うそおぉ!?」


思わず絶叫してしまい、追い掛けるのが遅れる。
冗談じゃない、あれが無いとこの街じゃまともに生活出来ないんだよ……!


「恩仇ァァァァ!!」


もうヤケになって叫びながら追い掛ける、けど、速い速いちょっと速い、特別に運動してない身じゃあ、とても追い付けないよ!
すっかり見失うものの、恩仇状態のピット君が許せなくて諦めきれない。
市民情報監理局に行けば良いんだけど、無理!
君子危うきに近寄らずの誓いはどうした自分、なんで首を突っ込む自分!
疑問は尽きないけれど足も止まらないよ畜生!

古いビルやその他建物に囲まれた狭い路地を、転びそうになりながら進む。
日が当たらなくて影になっているから薄暗くじめじめしてるけど気にするな!
もう見失って十分は経つけれどまだ諦めきれない。

……ふと、人一人通るのがやっとの脇道が目に入る。
何となく方向転換してそちらに入り、さすがに狭い上パイプとかが出ているので走りを歩みに変えて進む。
先は四方を朽ちたビルに囲まれた行き止まりだったけど、左側のビル下の方に、何かを隠すように立て掛けられた板を見付けた。


「……何かあるな」


板を上げると、しゃがんで通れるくらいの通路が出現。
内側に取っ手が付いていて、中に入って板を閉めるとかなり暗く、通路の奥から入る光だけが頼りだ。
そのまま奥に行くと……。あまりの光景に息を飲む。

今まで無機質なコンクリートだった地面は土に変わったらしく、しかも溢れんばかりの色とりどりな花が咲き乱れていた。
良い香りが鼻をくすぐり、思いっ切り吸い込みたくなる。
脇を見ると朽ちたビルの壁際に木が何本か生えていて、青々とした葉を、唯一開いた空から入る風に揺らして佇んでいる。
なにこれ、何で雑草の一本すら見当たらないこの街で、こんなに緑が沢山……。


  


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