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……それともう一つ、私の心臓が跳ねた理由。
さっき地下の薄明かりに見かけた人を私は知ってる。
それなりのスピードが出ていたからすぐ通り過ぎてしまい、確信は無いけど。

あれ、アイクじゃなかった?

列車から全員が脱出し、運転士さんの引率に従い付いて行く。
……その瞬間、またも派手な爆音を轟かせ、列車が爆発してしまった。
落ち着きかけていた人達からまた悲鳴が上がる。
もう運転士さんの言葉なんて誰も聞かない、我先にと走り出して辺りは大混乱。


「ちょ、待っ、押さないで下さいっ!!」


全力で声を張り上げても、周りの人には微塵も聞こえてないみたいだ。
体が傾いでバランスを失い、潰されると思った瞬間。

ふっと、浮く感覚。
息苦しくなるのと同時に足が勝手に上がって、頭の位置が低くなって。
体が横向きに浮いてる、つまり、いわゆるお姫様抱っこってやつをされてて……。

そのまま私を抱えた人は人混みを脱出し、線路のカーブを曲がり見えない所まで走り抜けてしまう。
そして緊急脱出用か点検用か扉があり、そこに入る。
私は抱き抱えられたままだから、一連の動作について決定権は微塵も無い。
と言うか、私を抱き抱えてるのって、まさか。


「……何で、お前がここに居るんだ」

「……」


ア イ ク だ。

え、私まさか今アイクにお姫様抱っこされてる!?
イヤー! ガラじゃねー! 恥ずかし過ぎるー!
生きててお姫様抱っこされる事なんか一生無いと思ってたのにナニコレー!
顔が熱い。多分かなり赤くなってると思う。
ヒィィお姫様抱っこされて赤面とか益々ガラじゃない自分が気持ち悪いぃぃ!!


「お前、セントラルエリアに住んでたよな? 入り口は全部封鎖させたのに、なんで地下鉄に乗ってた」

「え……。あの、地下鉄を経営してる会社の社長令嬢と偶然会って、何かの縁だからって特別に入れて貰って……」

「……あの女ッ!!」


恐ァァ! アイクさん鬼の形相でガチギレしちゃってる!
って言うか痛い痛い掴まれてる部分に力が入ってる皮破れる肉千切れる骨折れる!

我慢できなくて、痛い、と声を上げるとハッとして力を緩めてくれた。
うわ、痕になってなきゃいいなあ、別に気にするほど立派な体じゃないけど。
って言うか、私はいつまで抱えられたままなのでございましょうか。


「すまん、つい力を入れてしまった。……お前はウエストエリアに行きたかったんだよな、送ろう」

「へぁ!? 結構です遠慮しますお気遣いなく!」

「俺が心配なんだ。またこんな事があったら次は怪我するかもしれんぞ」

「いや、でも」

「それに体が震えてる。無理して強がるな」


……ときめくわ。ときめくだろ、コレ!
お姫様抱っこしたまま優しげな顔で心配とかついつい乙女な気分になる!

夢小説のヒロインはしょっちゅうこんな思いをしてるのに、よく心臓が駄目にならないね。
私だったら無理、ドキドキして頭真っ白になる。
今、辛うじて耐えていられるのは何でだろう、奇跡としか言いようが無い!

降ろして下さいとは言ったけど、震えてるのに無理するなとまた言われて、アイクは私を抱えたまま奥にあった階段を昇る。
揺れるから掴まれと言われたため、私はアイクの首に腕を回してるんだけど。
ヒィィ美少女じゃなくてごめんなさいごめんなさい気持ち悪いよね、不細工じゃないとは思うけど美少女でもないからね私!

あ、ちなみに夢小説のヒロインがよく言う、
本当は可愛いのに周りからモテて「私可愛くないよ!」って言うのとは全然違うよ!
ああいうのって特に美少女や美女じゃない人から見ると割とイヤミだよね!

……可愛い夢小説のヒロインが羨ましいんだよ畜生。
ほんと、異世界トリップさせるなら美少女に変えてくれりゃ良かったのに……!

スタッフ専用の場所なのか、上がった地下駅には一般客の姿が無い。
……なんか電光掲示板が赤いランプを付けて、事故が発生した旨を伝えてる。
ああそうか、事故の事が伝わって避難勧告が出されたから、何にしても一般の人が居ないのか。
でもアイクは何も気にする事なく、確実にスタッフ専用と思われる場所を歩く。
いいのかなと思っていたら丁度駅員さんが現れて、ヤバイと思ったらそれ以上に駅員さんが顔を青ざめた。


「あ、あ、あなた様は!」

「通るが、良いよな。俺やこの女を見た事は誰にも言うな、分かったか」

「承知しました……!」


……へ? アイクって、なんか偉い人なの?
似合わない、言っちゃ悪いけど似合わな……。


「いま似合わないとか思っただろお前」

「ヒィすみません!」


びびって謝るけど、恐る恐るアイクを見上げたらさっきみたいな優しげな笑顔。
……だから反則だってもう天然乙女キラーか! 私は乙女じゃないけど!
焦る私がおかしいのか、くつくつ笑うアイクにまた顔が熱くなってしまった。
スタッフ専用出入り口から地上に出て、さすがに恥ずかしいので降ろして貰う。
もう体も震えてないし、地上の人心地ある空間に出たら恐怖も落ち着いた。


「有難うございます、ここからは大丈夫ですから」

「目的地まで送るぞ?」

「いえ、今日はブラブラしに来ただけなので。あんまりお世話になっても悪いですから」

「気にする必要は無いんだが……まあいい、駅がここから近いしバス停はすぐそこだ。じゃあなコノハ、気を付けろよ」

「はい、本当に有難うございました!」


手を振ってアイクから離れ、バス停へ向かう。
空港行きのバスは……路線図を確認したら大抵のバスが空港を通るみたいだね。

いやしかしびっくりした。
まさかあんな所でアイクに会うなんて……って言うかあの人あんな所で何やってたんだろう?
それに、別れ際アイクに名前呼ばれたけど、私べつに名乗ってない気がする。

……さっきの駅員さんの態度からして、この世界のアイクはお偉いさんらしい。
人の名前とか住所とか調べ放題だったりして。
市民証登録とかしたしね、政府側には個人情報筒抜けなのかも……。
アイクが政府の人かは分からないけど、駅員さんの態度からして、それっぽかったし。

……あれ、アイクが政府に属する人だったら……。
反政府のマリオ達とは、敵対関係にあるんじゃ。
こんなに人の多い街で、スマブラキャラ同士が敵対しちゃうなんて……!
いや、まだ決まった訳じゃないし悪い想像はしないようにしとこう。
嫌な事には触れない、または後回しにするって心に決めたし……うん、そうしよう。

バスに乗って近い方の空港に行き、買い物したりご飯を食べたりして、ぶらぶらと気楽に過ごす。
異世界に来て3ヶ月も経つとは言え、やっぱり家が恋しくなる事がある。
こうしてブラブラしていると、ただ旅行に来ているだけに思えて何だか気が楽になった。


  


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