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人口800万人を数えるこの未来都市も、住居や学校がメインのセントラルエリアは穏やかで閑静な場所も決して少なくない。
それでも道には街路樹どころか雑草の一本すら無く、店に入っても観葉植物の一つすら見当たらなかった。
私が住んでいるアパート近辺はかなり閑静な方で、その割にすぐ目の前にはバス停、50mも歩かないうちに地下鉄の入り口、そこから更に300mほど先には列車の駅とかなり利便が良い。

この世界に来て3ヶ月、バイトを始めて2ヶ月。
たまにはロイやリンクに連れ出されてばかりじゃなく、自分で出掛けてみようと遠出してみる事に。


「じゃあウエストエリアまで行って来るけど、ピカチュウほんとに来ないの?」

「うーん……どうしようかなあとは思ってるけど、ウエストエリアに何しに行くの? そりゃ店とか遊ぶ場所もあるけど、工場地帯や空港がメインの場所だよ」

「買い物ならサウスエリアが良いのは知ってるよ。でもウエストエリアにしか無い場所もあるはず! それに空港巡りしたい」

「ああ、巡り、ってほど数はないけど、確かにお店とか色々あるから楽しいかもね。広いみたいだし」

「そうそう、2つだったっけ空港。楽しみなんだよ」


ピカチュウは具合が悪い訳ではなさそう、どうやら面倒なだけみたい。
一応念の為にと合鍵を残して部屋を出た。
ドアを開けると47階という高さに相応しい開けた景色が広がっていて、遥か彼方には各エリアを分けている巨大な壁がうっすら見える。

セントラルエリアは他のエリアほど高層ビルが無いから、高い場所からの眺めは半端無く良いんだよね。
この50階建てアパートはセントラルエリアでもかなり高い建物らしくて、障害物なんて皆無だった。
エレベーターで降り、最寄りの地下鉄へ……向かおうとしたら、シャッターが。


「え、あれ、地下鉄使えないの、何で?」


近寄ってみるとパネルに、緊急点検作業のためセントラルエリアにある地下鉄入り口を全て閉鎖する旨。
信じられない、なんというバッドタイミング。
確か今朝は開いていたし、昼になるまでに何かがあったんだろう。


「うわー……どうしよ、バスは安いけど時間かかるし、駅まで歩くか……」

「あなた、地下鉄に乗りたいんですの?」


聞き慣れない声に振り返ると、……全く知らない長い緑髪のお姉さんが居た。
とっさに任天堂キャラを思い浮かべるけど、当てはまるキャラは居なさそう。
パルテナ様じゃないもんなあ……エリンシア? いや、違う。
他に長い緑髪の女の人は……。うーん、多分違うだろうなあ。
本当に知らない人か。
私が返答も出来ずに頭を悩ませていると、お姉さんの方から言葉を続けた。


「地下鉄、乗りたいんですのよね。あなた」

「あ、はい。でも今は閉鎖してるみたいで……」

「実は入り口を閉鎖しているだけで、地下鉄はちゃんと動いてますわ。地下の駅にもまだ利用客が残っているはずです。こっそり降りても構いませんよ」

「えっ」


いきなりの言葉に、また返答が出来なくなった。
いや、このお姉さんにそんな権限ってあるの?
逮捕されたら大変な事になりそう。シェリフとは関わりたくないんだけど……。
私がそうして不安がっている事に気付いたのか、お姉さんは安心させるように優しい笑みを見せた。


「わたくしこの地下鉄を経営する会社の、社長の娘ですの。一人通すくらいなら怒られません」


お姉さんが出した地下鉄会社の名刺に私が呆然としているとどこかへ電話を掛けて、終わってから1分もしないうちに地下駅へのシャッターが開かれる。
制服を着た駅員さんが階段を駆け上がって来て、お姉さんに礼をした。


「お嬢様、こちらの方を地下駅へお連れすれば宜しいのですか?」

「そう。こんな所で会ったのも何かのご縁ですわ。特別に一人だけ、ね」

「あ、有難うございます」


こんな親切な人を、本当に社長令嬢なのだろうかと疑った自分が恥ずかしい。
周りに人も居ないし、すぐさま階段を降りて地下駅へ入れてもらう。
降りながら駅員さんが、特に点検なんて無いのに昼近くになって急に、セントラルエリアにある地下駅への入り口を封鎖するよう指令が来たと教えてくれて、意味が分からなくなる。
点検も無いのに点検で封鎖って何なんだ……。嫌な予感しかしない。

市民証で改札を通り、そのままホームへ。
確かに多くはないものの利用客が中に残っていて、私はそこへ混ざった。
駅員さんが言うには、セントラルエリア内での移動しかしない人は地下駅から退出してもらい、私のような別エリア行きの人だけ残ってるとか。
肝心の電車が遅れていたらしいけど、10分くらい待っていたらようやく来た。
乗ろうとしたら、ホームに放送の声が響く。


『お客様へご連絡申し上げます。現在ホームに到着しております列車は、後部の二車両にご乗車頂けません。大変ご迷惑をお掛け致しますが、ご理解の程をお願い申し上げます』

「? 点検ってひょっとして、車両だったのかな。そんなん走らすなよ……」


ますます意味が分からん、何なんだこの地下鉄。
さっき地下鉄を所有する社長令嬢に世話になっておいて言うのも何だけど。
不具合があると嫌なので出来るだけ後部車両から離れ、結果として一番前の車両に乗り込んだ。
ゆっくりと走り出した列車はすぐスピードに乗り、味気無いコンクリートの広がる世界を貫いて行く。
窓のすぐ外は壁。
地下鉄は殆ど地球・日本のものと同じで、私は退屈な気持ちで乗っていた。

セントラルエリアの駅を次々と通過して行く箱。
たまに他の線路が見える広い場所に出るけど当然そこも地下で、一面灰色の世界は冥府の入り口みたいだ。
やがてセントラルエリアを出たのか、次の駅に止まるとアナウンスが流れた。
まだ目的地じゃないから気にする事も無く、無機質な電灯が光る窓の外をぼんやり眺め続ける。

……一瞬。
眼前に迫っていた壁が無くなり、他の線路が見える広い空間に来た時。
点検用か、線路の無いスペースが広く取られている場所に、人が立っていた。
こんな所に人が居るのを見た事が無いので、すわ幽霊かと心臓が跳ねたけど、次の瞬間には別の二つの意味で心臓が跳ねてしまった。

突然轟く爆発音。
揺れ、急激に速度を落としつつ線路から外れ、横転は免れたものの車体は完全に脱線し止まってしまう。
何が起きたか分からない。
ざわつく声に後方を見れば、乗車禁止になっていた二車両が見るも無惨に破壊されている。
悲鳴が辺りに響き渡り、すぐ運転士さんの手によって開かれた扉から脱出した。
……あの爆発音。後方の二車両が爆発してしまったんだろうか。


「うそ……。やだ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……」


小声だけど、恐怖を吐き出さなければ苦しい。
鼓動が分かるほど心臓が高鳴って、私の頭を過るのは日本ではニュースでしか見ない爆破テロの映像。


×  


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