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「お言葉だけどお兄さん、誰もがあなたみたいに勇気がある訳じゃないんだよ。寧ろボクは大事な人には危険を回避して欲しいと思うね」

「僕は大事な人には真っ当に生きて欲しい派だよ。もしさっきの子が暴行されて殺されでもしたら、後悔するんじゃ? あの時通報すれば良かったとか、自分が見捨てたせいだとか」


マルスは本当に優しくて正義感が強いんだろう。
もしそんな事になったら私はきっと、自分は悪くないと言い聞かせて必死に自己弁護するに違いない。
誰だって簡単に勇気は出ないとか、見捨てたのは仕方無い事だったんだとか。

目の前にお手本のような存在が居るせいか、自分が必要以上に醜く思える。
立ち向かえないにしても通報ぐらいした方が良かっただろうし、自分が被害者だったら助けて貰えない事を恨んでいたと思う。
……なにこれ、じゃあ私は自分を棚に上げてる?
そりゃマルスみたいに通報出来たらって思うよ、出来るなら助けたかったよ。
でも出来ない……いや、本当はしたくない?

私は、

私は……。


「……押し付けないでよ」

「えっ?」

「自分が出来るからって人に押し付けないでよ、黙って通報してれば良かったのにわざわざ居合わせた私を捕まえて説教なんて、自分を持ち上げたいだけなんじゃないの、この偽善者!」


何だか自分が惨めになってしまう気がした私は、つい八つ当たりのようにマルスを怒鳴り付けてしまった……最悪だ。
八つ当たりなんてする方が惨めなのに、出した言葉を引っ込める訳にもいかなくて次々と暴言が出る。
マルスは怒鳴り始めた私に面食らったようだけど、さすがに偽善者と言われては黙っていられなくなったか語気を強めて反論する。


「偽善者? 僕が何もせずキミを責めたなら偽善者と言われても仕方無いけど、僕はちゃんと行動した! まさか人助けそのものを偽善だと言ってる訳じゃないよね!?」

「わざわざ私に説教する事無いでしょって言ってんの、冷たい人が居るもんだって思うだけにして無視して立ち去れば良いのに、何で説教するわけ!?」

「叱られて機嫌を損ねたか、図星を刺されたから逆ギレしてるようにしか見えないよ!」


……その通り。完全に逆ギレだ。
助けて貰えないと相手を恨むと思うのに、自分が助ける立場だと動かない。
それを指摘され、恥ずかしさと遣る瀬なさで逆ギレしてしまったに過ぎない。

何でこう、任天堂キャラと上手くいかないんだろう。
ピカチュウやロイやリンク、ルイージとは良い感じだけど、それでもたった四人だしまだ少数だ。


「これから先、キミが今みたいな行動を取って助けなかった相手にもしもの事があったら、一生後悔するかもしれない。そんな目に遭わないようにって……」

「大きなお世話! 何で知らない人にそんな心配されなきゃいけないの! 言っておくけど私、あなたみたいな善人じゃないから。そんな目に遭ったら自己弁護してさっさと忘れようとするに決まってる!」

「コノハ、もう行こう」


本当に惨めに自分のマイナス面を暴露してしまい、見ていられなくなったらしいピカチュウが私を促した。
まだ何か言いたげなマルスが行動に移す前に、その横をすり抜けて走り去る。

マルスから完全に離れてしまい、とぼとぼ歩きながら早速後悔していた。
……ああ、もう、何か、今更恥ずかしくなった。
見知ったキャラクターとは言え初対面の人とあんなに口喧嘩するなんて。
それだけならまだしも、暴言を吐いた上に自分のマイナス面暴露って何の罰ゲームなのさ、これ……。
しかしこんな目に遭っても改善する気の無い後悔を続けていると、ピカチュウが話し掛けて来る。


「……ねえコノハ」

「……なに?」

「キミはさ、普通の人間で悪党と戦う力も世界を救う力も無い訳だけど。危ない目に遭ってるのが親友でも助けられない? 例えばキミが話してた、マナとかケンジとか」

「どうだろう。実際にその場面になってみないと何とも言えないよ。逃げるかもしれない」

「助けたい、とすら思えないの?」

「それは無い。助けたい気持ちだけはある」


さっきみたいに見知らぬ人ならともかく、よく知る家族やマナやケンジだったらきっと、
行動するかは別問題として助けたいと間違いなく思う。
それは断言できる。


「さっきの人……任天堂キャラのマルスだけどコノハなら知ってるか。彼の言い方はちょっとキツかったけど、実は分からなくもないと思う」

「それは……私も本当はそう思ったよ。けどいきなり指摘されて、つい逆ギレしちゃって」

「違う、助ける助けないじゃなくて、助けなかった時にキミが後悔するって話。キミは助けられなかった人が居てもそれで心を痛めるような善人じゃないって自分で言ったけど、もし家族や親友を助けられなかったらきっと、後悔して自分を責めちゃうと思うんだ」


……そう言えば。
“危険な目に遭っている人”を、知らない人にしか当てはめていなかった。
もしさっきの少年が自分の家族やマナやケンジで、私が勇気を出せなかったばかりに命を落としてしまったら。
自分を責めて、いつまでもくよくよ後悔してそうだ。


「身近な人と知らない人を同列に考えられないのは仕方無いよ。マルスがちょっと優しすぎるだけ。そして身近な人が危険に陥る事だって、有り得ない事じゃないんだから。マルスの言い方はキツめだったけど、キミを思って言ったのは間違いないと思う」

「……でもマルスは私の事なんて知らないよね。そんな知らない人の為に説教なんて普通するかな」

「だからマルスはちょっと優しすぎるんだって。見知らぬキミを思って説教しちゃうくらいね」


ピカチュウの言葉に、私は心が軽くなるのを覚える。
さっきまで、憧れのキャラに説教されたショックからか気が重かった。
同時に、マルスに何て事を言ってしまったんだろうと今更ながらに謝りたくなってしまい……。
心が軽くなったんだかさっきより重くなったんだか分かんなくなっちゃった。
取り敢えず、庇ってくれたピカチュウにまだお礼を言ってない事に思い至る。


「ピカチュウ、さっきは庇ってくれて有難うね」

「コノハに危険な目に遭って欲しく無いのは確かだからね。ただ後悔して欲しくもないんだけど。まあマルスの親切だとしても言い方がちょいとキツかったから、コノハが卑屈にならないよう少々過剰に庇ってみましたー。効果なかったかもね!」

「ほんとピカチュウ君は一体私の何を知ってんの! 卑屈になりかけてたよ!」


まだたった1ヶ月ぐらいしか一緒に過ごしてないのに、この電気ネズミ君は私の事をよくご存知だ。
なんか昔から知り合いだったような気がする……ってそんな訳ないけど。
そこでふと期待してしまったのが、大昔にあった国の王室の象徴だったらしいピカチュウと、どこかで知り合ってたんじゃないかって事。
ピーチ姫曰く私は女王様の面影があるらしいから、ひょっとするとひょっとして……。


…………。


それは無い。
有り得ない。

いくら夢小説みたいに異世界トリップして任天堂キャラと知り合ったからって、さすがにその妄想は調子に乗り過ぎてるわー。
もし私がその女王様と繋がりがあるなら、トリップ特典で何かしら特殊能力を貰ってるだろうしね。
何か女王様との繋がりを示唆するような能力を。
あと別に自分が女王様じゃないのは良く分かってる。
もし私が記憶喪失でも患ってたなら怪しいけど、しっかりバッチリ幼い頃からの記憶がある訳だし。
平凡な家庭に生まれて平凡に生きて来ましたよん。


「……あれ、コノハ、市民証鳴ってない?」

「あ、ホントだ」


ディスプレイを見るとリンクからみたい。
出てみればそろそろ大通りに戻らないかというお誘いで、ロクに買い物していないけど色々あって疲れたから了承しておこう。
私は市民証をポケットに仕舞い、一瞬だけマルスを思い出して躊躇したものの、それを振り切るように待ち合わせ場所へ駆け出した。




−続く−


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