5-4



「どうだコノハ、美味いだろ。この味を知ったらまた来たくなるよ」

「はい、美味し過ぎます! リンクさん達はどうやって知ったんですか、このお店」

「前にロイとこっちの方へ遊びに来て道に迷っちゃったんだよ。市民証は落とすし腹は減るしで散々でさ、ついにはお互いが悪いのにお互いに責任を擦り付け合って喧嘩になって」

「オレもリンクも腹減ってたから余計に気が立ってたんだろーな。で、そこに通り掛かったのがルイージ」


ルイージは二人の話を聞き、店に連れて来てタダでご飯を食べさせたらしい。
更に市民情報監理局への連絡や、落とした市民証の機能停止、再発行の申請の手伝いをしてくれたとか。


「市民証を落としたって一大事じゃないですか! ……でもそう言えば、生体情報を登録した本人しか使えないんでしたっけ」

「ああ。まあ万一を考えて機能は止めた方が良いし、こんなに人が山ほど居る所で落としたなら、もう戻らないと考えて行動した方が良いってルイージが判断して連絡してくれたんだ。その通り市民証は戻らなかったから、素早く連絡して貰えて助かったよ」

「オレとリンクだけだったら言い合うだけでもっと遅れてただろうな。失くす事なんて今まで無かったからかなり焦ってさあ。あの時オレはまだ12歳でリンクも15歳だったからか、テンパっちまって大変だったよ」

「コノハちゃんも気を付けなよ、落下防止のストラップとか売ってるから持っといた方が良いかも」


だよねー、お金は全部市民証の引き落としで支払うから、失くしたら家にすら帰れない事態になるかも。
一応、そんな人の為にどのエリアにも、市民情報監理局の支部や派出所みたいなものがあって、万一の時はそこを頼れば良いみたい。

にしてもルイージ良い人すぎてこっちまで嬉しい!
反政府活動をしているマリオ繋がりで、ルイージとまで疎遠になる事態が起きなきゃいいけど……。
こればっかりは、脇役の私は主役格たるマリオ達の行動に委ねるしかない。
こういう世界はいつだって主役格を中心に回っていて、私のような脇役は振り回されるしかないからね。

……卑屈になるのはやめよう、折角こんな世界に居るんだから嫌な事なんか考えずに楽しく生きたい。
まずは目の前の楽しさ、この美味しいランチを堪能し尽くしましょうかね!

料理を平らげ、洋梨シャーベットが添えられたガナッシュケーキとコーヒーを頂く。
幸せだなー、元の世界を忘れないように、たまに来たいなこのお店。
普段は自然食物を食べる機会なんて無いから。


「ごちそうさまー、すっごく美味しかったです!」

「お粗末様でした。コノハちゃんもセントラルエリアに住んでるの?」

「はい。離れたサウスエリアでもこんな美味しいお店を見付けたからには是非、また来たいです」

「じゃあ住所を教えておこうか。市民証に入力すればナビゲートしてくれるし」

「あ、お願いしまーす!」


ルイージから店名と住所の書かれたカードを受け取り、店を後にする。
……また奢ってもらっちゃった、1000だったけど前にも奢って貰ったし、
いつかお返ししなきゃいけないね。


++++++


路地を通り、再びアーケード街へと戻って来た。
折角だからこの辺りでも買い物しようという事になり、今度は全員別行動。
こういう所には掘り出し物があったりするんだよね!


「じゃあ、これだけ人が多いとは言え気を付けてな。暫くしたら市民証に連絡入れるよ」

「万一迷っても、この一番でかい通りを端っこまで行けば地下鉄の駅がある大通りに着くから」

「はーい、じゃあまた後で!」


リンク&ロイと分かれ、一人でアーケード街をうろつき目ぼしい店を探す。
やっぱり女として男と一緒じゃあちょーっと買い難い物とかあるしね、ここで存分に買わせて貰おっと。
かなり大きなアーケード街、本通りだけじゃなく、脇道に逸れる曲がり角を曲がったりして散策を楽しむ。

慣れてない場所だけど、アーケード街はアーケードのある場所から離れなかったら迷い難いし、こういう場所は有り難いね。
しばらく辺りをウロウロしていたら、細めの通りの奥、数人の人だかりを見付けた。
何か行列の出来るお店でもあるのかなと近付いてみたら、頭に乗せたピカチュウが私の髪を引っ張る。


「いたたた、痛い痛い」

「コノハ、近付いちゃ駄目だよ。離れて」


えっ、と思いつつ引き止められる言葉が終わる前に数歩踏み出してしまう。
そこでようやく人だかりの声が聞こえ、サッと体が冷えるような感覚に襲われた。
まあ、何と言いますか。
こんな未来都市にも居るんだねと寧ろ感心したくなる程のベタなカツアゲだ。

しかしこの世界、紙幣や硬貨が無くてデータ上の数字の取り引きのみなのに、カツアゲして意味あんの?
脅した後に市民証を操作させて赤外線通信したり振り込ませたりするの?
……何かすっごく迫力に欠けるカツアゲですな。

とは言えカツアゲはカツアゲ、割と屈強なお兄ちゃん達だし敵いっこないから早々に逃げさせて貰おう。
ちらりと人だかりの向こうに気の弱そうな少年が見えたけど、ごめん、私じゃ助けられそうもない。
“気の弱そうな少年”でリュカを思い出したものの、改めて確認してみてもリュカではなかった。

さあ逃げようと踵を返すと、正面に見慣れた顔があって思い切り吹き出した。
その顔は私を睨み付けていたけれど、すぐに市民証を取り出してどこかに連絡。
少年が絡まれています、と言っている辺り、警察……シェリフにでも通報したんだと思う。
さっさと立ち去れば良いのに私は、足が動かなくなって律儀にシェリフの到着を待ってしまった。
ピカチュウに散々、何やってんの早く行こうよと言われたけれど、無理だ。

近くに派出所でもあるのか、ものの5分と経たないうちにシェリフが現れる。
グランドホープに来た初日の事を思い出して足が竦んだけれど、彼らは不良を補導しに来たんだから私には目もくれない。
やがて背後から喧騒が聞こえ、その辺りでようやく私の足が回復してくれる。
不良達は補導され脅されていた子も保護されたようで、通り過ぎざま通報した人物にお礼を言ってシェリフに連れられて行った。
私も立ち去ろうと進み出した所で、正面の見知った顔に声を掛けられる。

……関わりたく、ないんですけど。この人に。
出演ゲームシリーズの主人公らしい正義感に溢れる言葉で、その見知った顔……マルスは私を責め始めた。


「キミ、今、あそこで少年が絡まれて脅されていたのを見てたよね」

「……見てましたね」

「どうして何もせず立ち去ろうとしたんだ、余りにも薄情すぎるんじゃないか」

「私に、あの屈強なお兄さん達と喧嘩しろと?」

「女の子にそんな事は言わないよ。でもシェリフに通報するとか、出来る事ならあった筈だろ。それとも通報する為にこの場を立ち去ろうとしてたの?」

「……いえ、さっさと逃げようと思って」


そう言った瞬間、私の耳に届く溜め息。
目の前のマルスじゃない、私の頭上のピカチュウが盛大に溜め息を吐いた。
うん、多分、私の事を馬鹿だと思ったんだよね。
“はい、通報する為に立ち去ろうとしていました”と嘘でも言えば良かったのに、馬鹿正直に言っちゃったせいで余計な波風がビシバシと。

あたしって、ほんと馬鹿。
世渡り下手すぎる。

マルスは馬鹿正直な私の言葉を聞いて、一瞬だけ呆気に取られた表情を見せた。
けれどすぐ、睨み付けるような表情に戻ってしまう。


「……正直なのは良いけど。キミみたいな子ほど、いざ自分が危機に陥った時に、助けてくれない人達を恨むんだろうね」


カチンと来てしまった。
マルスの言う事は正論だし私が悪いんだろうけど、初対面にそこまで言うか。
第一、何の力も無い一般人が自ら危険に飛び込むなんて滅多に出来る事じゃない。
でも私が反論する前にピカチュウが口を開いた。
今までの彼からはあまり想像できない刺々しい口調。


  


RETURN


- ナノ -