5-3



取り敢えず先立つ物の心配は無用らしいので安心して彼らに付いて行く。
デパートを後にし、賑やかしい大通りから道を外れて奥に行くと、そこはアーケード街っぽい場所。
こんな未来都市にあるからさすがに昔ながらとは行かないけれど、まだ他の場所より馴染みがある。
日本によくある、ちょっと本通りを外れたアーケード街って感じで良い雰囲気。

……いや、正直な話、デパートの中とかも日本にあるような内装とそこまで変わりなかったけどね。
でもやっぱり少々機械的で、このアーケード街よりはまだ現実離れしてた。
“現実”……いや、この世界も私にとっては現実だけど、上手い言い方が見付からないから元の世界を現実って事にしておこう。
あくまで頭の中だけで。

アーケード街に建ち並ぶ店々の間を縫い、ひっそりした路地を進んで行く。
やがて、建物に挟まれた狭めの路地に建つ小洒落た一軒家へと辿り着いた。
まさに隠れ家と言った様相で、こんな路地の奥まった場所にある家なんて知らなきゃ絶対に辿り着けない。
普通の家でとてもお店には見えないけど、よく見ると玄関に小さな“OPEN”のメッセージボード。
躊躇い無く入るリンク達の後ろから控えめにお邪魔すると、奥から声が。


「いらっしゃい。来るの久し振りじゃない?」

「ああ。今日は新しい友達を連れて来たよ」

「おおっ、そりゃいつもより張り切らないとね。僕の料理、口に合うと良いな」


そこは一軒家の一階の壁を取り払い、レストランにしたかのようなお店。
並ぶテーブルは外食を彷彿とさせるけれど、周囲の雰囲気が民家のリビング風なので友達の家のご飯に呼ばれたような気軽さがある。
対面式のキッチンも少々立派な民家ならば普通にあるようなもので、気軽さに拍車を掛けていた。
でも、そこに居たのは。
その対面式キッチンで料理を作っているのは。


「やあ、君がリンク達の新しいお友達? まさか女の子だったなんて」

「は、初めまして、コノハと言います……」

「そんな緊張しないで。見ての通り一軒家の一階を改造したレストラン……、って言うかカフェかな。だから寛いでくれて構わないよ。あ、僕はオーナーで料理長のルイージだよ。まあほぼ一人でのんびり経営だし、大したものじゃないから」


ルイージだ。
あのマリオの弟。
緑のヒゲ。
緑の貴公子。
永遠の二番手。
任天堂公認弄られキャラ。

……なんて本人を前にして言える訳ないでしょう。
格好はパッと見ギャルソンを彷彿とさせるすっきりしたエプロン姿だし、お馴染みの帽子も被ってないけど、確かにルイージだ。

いや、そんな事より遥かに重大な事がある。
ルイージはマリオの弟。
この世界でマリオは革命軍の一員で、しかも革命軍はピカチュウを目印に私を仲間にしようとしていた。
確かピカチュウは滅んだ国の象徴で、澄んだ森にしか居ない妖精みたいなものだとか言っていた筈。

まずい、ピカチュウは思いっ切り私の頭の上で、ルイージの登場が突然すぎて隠す暇が無かった。
こちらを見るルイージの視界には確実にピカチュウも入っている。

……けれどルイージは動揺した様子すら無く、お好きな席にどうぞー、と気楽に笑っている。
リンク達に付いて対面式キッチンの向かい側、カウンター席に座って怖々とルイージを見ても、笑顔で水を渡して来るだけで何を言う訳でも無かった。


「日替りランチ3つな」

「りょーかい、ちょっとお時間貰うね。……そのコノハちゃんの頭に乗ってる子は何を食べるの?」

「へっ? あ、えと、どうするピカチュウ、人用ランチなんて量が多くて食べきれないでしょ」

「オムライス食べたい」

「……だ、そうですけど良いですか?」

「全然構わないよ、メニューにもあるし。じゃあ体に合わせて小さく作るね」


……どうやらピカチュウについては何とも思ってないみたい。
これが演技だったら話は別だけど、そこまで疑えばキリが無いか。
ルイージが何とも思ってないのならわざわざ話題を出したりせず、知らぬ存ぜぬを通した方が良いよね。
料理を作りながら、ここの食材はいわゆる自然品である事、以前に偶然知り合った人から(自然品にしては)安めに仕入れさせて貰っている事を話すルイージ。

……また嫌な予感。
マリオは自然食物生産工場の工場長だったし、それ経由で仕入れているとしか思えない。
でも兄のマリオを他人行儀に“偶然知り合った人”だなんて普通言うかな?
マリオ以外の人から仕入れているにしても、兄が自然食物生産工場の長だから兄繋がりだろうし、“偶然”なんておかしいような。
ひょっとしたら、マリオから私の事を聞いて、気を使ってくれているのかもしれない……そうプラスに考えるしかないよ、怖い。
私がそうして勝手に怯えているとは知らず、ロイがルイージへ自慢気に話す。


「ルイージ、コノハって他所のポリスから来たらしいぜ。しかも自然食物なんて普通にあったって」

「え、ホント!? じゃあ僕が作る料理なんて食べ慣れて普通に感じるかもね」

「いやあ、自然食物があるのと料理が出来るのは結び付きませんから……」

「いいなー、グランドホープから出た事なんて無いからね。資格を取る試験も難関で面倒だし」


気軽に話すルイージだけど私は、他にもちらほらお客さんが居るから、ロイの言葉を聞かれていないかハラハラしてしまっていた。
幸いちらりと視線を向けると、主婦と思わしきお姉さんの一行はお喋りに興じていて、どうやらこっちの話は聞いてないみたいだった。

今日の日替りランチはキッシュらしい。プレートの上には数種類の味が並ぶ。
ほうれん草とベーコン、じゃがいもとキノコ、ハムとアスパラ、サーモンと玉葱……。
うわああ美味しそう! 急激にお腹空いた! チーズの香りが……!
斜めに切られた二切れのバゲットとフレッシュサラダ、あとスープ付き。
食後にはコーヒーか紅茶、もしくはソフトドリンクと、日替りのデザートが付いてるらしくて楽しみ!


「バゲットはお代わり自由だよ。欲しくなったら切るから言ってね」

「はーい、いっただっきまーす」


必死に隠してたけど、実はさっきから密かにお腹が鳴ってたんだよねー。
隣のリンクかロイなら気付いたかもしれないけど、ロイならデリカシーの欠片も無くからかって来るだろうから、
多分ロイには聞こえてなかったと思う。

……美味しい。
うああ、何これ堪らないくらいに美味しいんだけど!
料理評論家でもグルメリポーターでもないから、気の利いたコメントが出来なくてごめんねルイージ。
でもとにかく美味しい……!


「美味しいっ! ボキャブラリー貧困で表現できないけど凄く美味しいです!」

「有難う。作る側としては、その言葉と笑顔で伝わるから問題ないよ。本当に美味しいと思った時の笑顔はとにかく自然だからね」

「どこかの偉人だったか、“世の中で一番真摯な愛は食べ物に対する愛だ”って言った人が居たんですよー。まさにそれですかね!」

「へえ、面白いね。確かにそれは言えるかも」


こんなに美味しいもの、久し振りに食べた気がする!

……そう言えばピーチ姫の屋敷に居た時、私は自然食物で作られたものしか口にしなかったし、その味が当たり前だと思ってた。
ピカチュウと二人で暮らし始めてからはずっと人工食物しか口にしなかったし、その味が当たり前だった。
けれど、自然食物→人工食物→自然食物と、一旦自然食物から離れた後に戻って来て、その美味しさを改めて思い知らされた形だ。

勿論ルイージの調理技術が素晴らしいんだと思う。
そして人工食物が不味いだとか味気ないだとかいう事も決して無い。
それでも、久しく忘れていたこの味が感動的だ。

元の世界では、どんなジャンクフードだって一応は自然食物から作ってた。
まあ一部の安い駄菓子とかは怪しいものもあったけど、この世界のように完全に科学薬品から作るような食べ物はまず口にしない。
でもこっちの世界に来て、とんでもない科学薬品から作られた食べ物に囲まれていたから、こうして自然食物の素晴らしさに気付けたんだな。

……いかんいかん、いま一瞬妙な宗教に目覚めかけたような気がした危ねー。
自然を有り難がるのは良いけど行き過ぎは良くないね、何事も。


  


RETURN


- ナノ -