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私の言葉にピカチュウは、少し照れたように微笑んでくれた。
この子も私と友達になる事をプラスに受け取ってくれているみたいで、取り敢えずは一安心。
うーん……やっぱりこのピカチュウがどういう存在なのか、気になる。
あの日、ケンジと一緒にゲーセンに行かなかったら、クレーンゲームでピカチュウを取らなかったら、どうなってたんだろう。
ひょっとしてピカチュウのぬいぐるみに何かが憑依してるだけで、ピカチュウのぬいぐるみが無かったら違う何かになってたりして。

……まずい、ちょっと怖くなってしまった。


「ねえ、コノハ」

「………」

「おーい、聞いてる?」

「え! あ、うんゴメン、ボーッとしてて聞いてなかった。何だっけ」

「……コノハはさ、さっき家族や友達に会いたいって言ったよね」

「うん。それなりの付き合いがあるから、客観的に私を見て悪い所を教えてくれるだろうと思ってね。ピカチュウやリンク達はまだ、知り合ってそんなに経ってないし」

「じゃあ仲良くなろうよ。そろそろコノハも気付いてるんじゃない? 逃げてばかりじゃ駄目だって。帰る方法が見当さえついてないなら、この世界の友達と仲良くなるのが一番だよ。人は独りじゃ、成長できる限界が低くなるからね」

「……」


そうだ。私も気付いてる。
リンクやロイは単なるキャラクターかもしれないけれど、まだそんな確信はついてない。
彼らは今、画面や紙越しに見るキャラクターではなく、私と同じ一人の人間かもしれないんだ。
そんな彼らの親切な誘いを私はこの一ヶ月以上、無下にして来た訳だ。
そう考えると、己の事しか考えてなかった自分が急激に恥ずかしくなる。
私は市民証を手に取り、登録しているリンクとロイの番号に掛けた。


++++++


「やっほーコノハ、こっちこっち!」

「ごめん、自分から誘った癖に遅れちゃった!」

「大丈夫だよ、まだ待ち合わせ時間になってないし」

「そうですね……って言うか二人とも来るの早い」


私は同じく休日のロイとリンクに誘いをかけ、今日は一緒に遊ぶ事になった。
とは言え半ば引きこもり状態だった私にグランドホープの事が分かる訳もなく、これからの案内は二人に任せる。
……いや、うん。考え無しでごめんなさいホント。
少なくとも調べるぐらいの事はすべきだった。
でも二人とも私がグランドホープに来てまだ二ヶ月程度な事、以前と環境が大きく変わった事、そして元々は二人の方から誘ってくれていた事からか、快く案内役を引き受けてくれる。

ピカチュウを乗せ、私はリンク達と地下鉄へ。
今日はサウスエリアへと向かう事になった。
セントラルエリアにも遊ぶ所や買い物できる所は沢山あるけれど、折角だから商業区とも言うべき買い物天国エリアを味わうのも悪くないだろうと。


「へー、地下鉄もあるんだ。こっちは私が知ってるものと大差ないね」

「コノハが居たポリスにも地下鉄あったのか。まあそれくらいはあるよな」

「そ、そんなどこにでも当たり前にあるものじゃないんだけどね」


ああもう駄目だ、考え無しに故郷の世界に関する事は言わないでおこう。
このままじゃ余計な事まで言っていらんツッコミをされそうだよ。
到着した駅からエスカレーターで地上に上がると、他のエリアとは一線を画する賑わいに包まれた。
包まれたと言うか、鷲掴みにされたみたい。

直線で100m走でも出来そうな幅の道路に大量の車が行き交っている……浮いてるから違和感半端ない。
通りの両端にはこれでもかと大量のデパートや雑居ビルが建ち並び、広めの歩道は人で溢れ返っていた。
まあ祭りやラッシュ時の駅のような歩くのも困難を極める密度ではないけど、広めの歩道に助けられてるだけで人が多い事に変わりは無い。
今まで行った事のある場所は割と閑静な感じだったからだろうか、まるで他のエリアの人や車すべてを箱か何かに詰めて連れて来て、この辺りでひっくり返したかのような印象を受ける光景。


「ええ……すっごい、何この大都会……この辺の建物みんなお店なんですか?」

「まあ、そうだな。雑居ビルとかはオフィスが入ってたりするけど大体は同じビルの店関連だし」

「コノハ、どんな店に行きたい? お前の買い物に付き合ってやるぜ!」

「おっしゃ、自信満々にそう言うロイ君を後悔させてやるぜえぇぇ!」


お金ならバイト代があるし、やる事なくて大体は出れるだけお店に出てたから一月だけど割と貯まってる。
あと二ヶ月は家賃も払わなくていいし、光熱費も家賃に含まれてるし、こうなったら思いっ切り散財してくれるわー!

女の買い物なんて男は付き合っていられない。
最初は行きたいお店へ好きに行かせてくれても、あれこれ商品を眺めてあちこちウロウロしているうちに、とても付き合いきれなくなって音を上げる。


「ちょ、ロイ君ちょっと待ってお願い……休憩させて下さいお願いですから」


音を上げたのは私だったよコンチクショウ。
え、何なのロイってこんなに買い物好きなの?
そりゃ私だって初めは買いもせず服だの雑貨だの、果てには家具だの何だのを眺めていたけど、ロイはそれの更に上を行っていた。

ちなみにリンクは早々に音を上げて、階下のフードコートで休憩してる。
こんなに早くギブアップなんてだらしないなー、と笑うロイにつられて笑ったけど、リンクが賢かった。
付き合いがあるからこんな趣味なんて分かり切ってたんですねリンクさん……!
ちなみにピカチュウもこれを察したのか、リンクと一緒に退避済み。

幾つか目星を付けていた服や雑貨を買い、リンクが居る階下のフードコートへ。
ややぐったりしている私とゴキゲンなロイを見付けたリンクは苦笑して、
既に飲み干していたファーストフードの飲み物のコップをゴミ箱へ捨て歩いて来る。


「お疲れコノハ、だからさっき、早めに避難して来いっつっただろ?」

「はい、リンクさんの言う通りでした……。あ、ピカチュウのこと有難うございます、良い子にしてました?」

「ああ、ちゃんと大人しくしてるし良い子だな。話し相手にもなって貰ったよ」


リンクの頭に乗っていたピカチュウが跳ねて私の頭に飛び移った。
重さでよろめいたけれど、何とか支えて立ち直る。
そう言えばピカチュウって体重6キロぐらいなかったっけ?
今、乗せている感じではそんなに体重があるようには思えない。


「コノハ、今ボクの体重のこと考えてたでしょ」

「な ぜ 分 か っ た」

「失礼しちゃうわ、ヲトメの体重に触れるなんて!」

「いやキミ尻尾の形からして男の子だよね!? そんな急に乙女ぶられても困る!」

「コノハはそいつと仲良いんだな、羨ましい!」


ピカチュウと言い合っていると割り込んで来るロイ。
ロイの家にはペットが居るらしいけど、ロイにはあまり懐いてくれないみたい。
……それはどんなペットなんだろうか。果たして地球に居るような動物なのか。

確かこの街(世界?)では野生動物が居なくて、ペットは人工なんだよね。
牛とか家畜は管理の下で生きてるけど、それ以外の動物は……うああ怖い。
どんな形の動物……かどうかすら判断できない何かが飛び出して来ないとも限らないので、それきりペットの話題には触れなかった。

もう時間は12時過ぎ、そろそろ昼食にしようとリンクは言うけど、フードコートは大混雑していて座る所なんか残ってない。
たったさっきまでリンクが座っていた席も、既に次のお客さんが座ってる。
席を探しているのか、ロイが辺りをキョロキョロ見回しながら口を開く。


「どこに食べに行くんだリンク、駅か向こうの通りにあるショッピングモールで入れる店でも探すか?」

「いや、そこらだって今の時間帯は埋まるだろ。折角コノハと来てるんだし、ちょい高くても入り易くて美味い店に行こう」

「じゃ、あそこだな」

「あのー、美味しいお店は知りたいですけど高すぎる場所はカンベンで」


調子に乗って、元の世界では手が届かないような高い服を買ったから少し持ち合わせが寂しくなった。
すると二人は、心配しなくても昼飯ぐらい奢ってあげるよって笑ってくれる。
あ、あなた方は神か!

するとその瞬間、確かに今の思考は口に出していない筈なのに、現金すぎだとピカチュウに言われた。
あなたが神か。思考を読む力でも備わっているのか。


  


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