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得なければ失う事は無い。
けれど孤独な異世界で何も得ないなんて、私にそんな度胸なんて無い。
気付いたけど、どうやら私は嫌な事を後回しにしてしまう性分らしかった。
今後どうなるかなんて考えたくない、後悔なんて後ですればいい、今が良ければそれでいい。
こんな目に遭って、毎日嫌な事を考えながら生きるなんて、ゴメンだよ。


「ねえコノハ、明日からボクもコノハの外出に付いて行くからね」

「え、それヤバくない? ただでさえ野生動物の居ない世界なんだから、周りの人や政府の人に変に目を付けられたら……」

「キミが出掛けてる間、ただボーっとしてた訳じゃないよ。テレビで人工のペットを見つけた。個人で改造してる人も居るから、見慣れない生き物だって怪しまれないさ」

「そう……じゃあお願いするよ、ピカチュウ」


私よりしっかりして、何か色々と知っていそうなピカチュウが付いて来てくれるなら心強い。
何だろう、やっぱり元の世界から連れて来たからか、この世界で会ったピーチ姫たちより無条件で信じたくなるんだよね。
それにしても私って本当にやる事ないなあ。
明日からバイトが入る訳だけど、結局それ以外にやる事が無いんだよ。
何か趣味でも見つけないと退屈で死ねるかもしれないね、これは。

……そもそも、なぜ私は異世界に来たんだろう。
なぜ私なんだろう、私でなければいけなかったのか、単なる偶然か、それとも何かの間違いか。
夢でない事は明白で、完全に否定された有りもしない可能性に縋るのは余りに滑稽な話だけれど。
未だに私は、これが夢であるようにと心の片隅で願ってしまっている。

この世界が存在してしまっている以上、夢のように不確かなのは寧ろ私の存在自体で。
世界が私を否定すれば跡形もなく消されてしまいそうな危うさを感じる。
夢のように不確かな私をこの世界に繋ぎ止めているのは果たして何か、それから解放された時、私に待っているのは元の世界への帰還か、それとも死か、死すら超越した恐ろしさを孕む消滅か。

……そこまで考え、やっぱりやめておいた。
先の事は考えない、今さえ良ければそれでいいとさっき決めたんだから。
そうして私は胸の奥に燻る不安や恐怖を、感じていないものと誤魔化した。


++++++


翌日、ピカチュウを肩に乗せた私は、徒歩15分ほどの所にあるステップストアへ足を運んだ。
やっぱり名前の違いはあれど要はコンビニで、少し機械的な印象がある以外はよくある光景。
ステップストア共通の制服に袖を通してエプロンを身に付け、更衣室を出た私を待っていたのは昨日以上の驚きだった。


「お早うコノハ、今日からキミと一緒に働くのは俺と、こいつだ」

「……えっ」

「へー、お前が新しく入った奴かー。コノハって言うんだろ、オレはロイだよ、宜しくな!」

「は、初めまして」


……まさか、まさかでしょコレはああああ!!
え、ちょ、なんで任天堂キャラが増えてんの!
リンク同様に現代風の服装だけど目の前に居るのは紛れもないロイ様ァ!

……なんて興奮を悟られないよう平静を装う。
ロイは興味津々といった様子で、話を聞きたいとうずうずしてるようだ。
私、一般人なのに何でそんな反応されるんだろ。
転校生にあれやこれや聞きたくなるのと同じかな。
でもそんなロイの様子を悟ってか、仕事だから後でな、とリンクが止める。
ピカチュウには事務所の方で待って貰い、私はリンク達と店に出た。

忘れてたけど、この世界って硬貨や紙幣が存在しないんだったっけ。
店員は品物をバーコードを読み取るような機械で読み取り袋に詰めるだけ。
おサイフ携帯みたいに市民証を翳して支払いする人しかいないので、ちょっと楽かもしれない。
あとは掃除とか機械の手入れとか品物の陳列補充とか……まあそんな所。
ピーチ姫の屋敷に居たようなお手伝いのファミコンロボットは、お金持ちしか持ってないみたい。

って言うかさすが近未来っぽい街。お弁当など温かい事が好ましい品物は、1種類ずつ扉付きの棚に陳列されてて開けてみるとほっかほかだった。
いちいち温めますか? とか訊かなくていいんだね。
まあこれらの食べ物が何から作られているかを知っちゃった以上、あんまり口にしたくないけど。
見た目は普通に美味しそうだからやっぱり食べちゃうんだろうな。


バイトが終わったのは午後6時半で、私が初めてバイトをしたと知ったリンクが、なぜか働き始め記念とか言って夕飯を奢ってくれる事になった。
まあファミレスだけどね、と苦笑するリンクの言葉に私は、ファミレスはファミレスでいいんだ、と妙な所に感動したり。
だってコンビニがステップストアとか違う名前で呼ばれてるから、つい。
化学薬品から作られた食べ物を見たから少し躊躇ってしまったけど、お腹が空いている上に料理の形だと違和感もなくて、あっさり注文できた。
食べながらロイが待ちに待った様子で訊ねて来たのは、やはり私の事。


「なあコノハ、リンクから聞いたんだけどお前って余所のポリスから来たんだろ? 俺もリンクもグランドホープから出た事なくてさ。どんな所だったか教えてくれよ!」

「あ、そう言えば最初に会った時、リンクさんに言いましたっけ」

「ロイに訊かれた時に思い出してさ。まさか言っちゃマズかった?」

「大丈夫ですよ。何を話せばいいかな……」


改めて説明するとなると難しいけど、異世界だと言ったり感づかれたりしないように気を付けながら故郷の事を話してみた。
珍しいだろうと自然の動植物や食べ物の事を話してみたらビンゴ、面白いくらい食い付いてくれる。


「すっげーっ、じゃあその変なペットも元のポリスに居た動物なんだ」

「え? この……ピカチュウの事?」

「そいつそいつ。ピカチュウっていうのか? 変わってるけど可愛いな」


テーブルの上に座って私が注文した料理をつまみ食いしていたピカチュウは、笑顔で頬をつつこうとするロイを何食わぬ顔で躱して食事を続ける。
まあ私の故郷に居るって事にしていいよね、実際に居るし。実在するかどうかは別の話として。
リンクもロイも今の所はレジスタンスと何の関わりもないみたいだし、別に悪い人でもなさそうで取り敢えず一安心だ。

彼らの話も聞くとリンクは今19歳で、様々な施設やイベント等を警備する仕事を目指してるとか。
シェリフ等の政府機関よりお手頃な為にけっこう引く手数多な職業だそう。
ロイは今16歳で高校生、絶賛学生満喫中。


「高校生か、いいなあ。私も本当なら普通に高校に行ってる筈なのに」

「ひょっとしてコノハ、何か事情があって高校に行けなかったとか?」

「え? あ、まあ何というか……事情はあるけど今は何ともないです」

「……そうか。そう言えばコノハって確か、一人暮らしなんだっけな」


リンクは根掘り葉掘り訊いてはいけない事情だと察してくれたらしい。
(理由は勘違いしている可能性が多分にあるけど)
何で高校行ってないのと深く考えずにずけずけ訊ねて来るロイを、肘で突いてくれたりした。

高校に通ってた時は大して面白かった印象なんて無いのに、今は高校に行っているロイを羨ましく思うなんて不思議な感じ。
マナやケンジ、他にも友達は居たし皆との毎日は楽しかったけど、勉強とかは嫌になってやめたくなる事もあった。

普通に日常生活を送っていた頃、あれほど憧れていた非日常や異世界トリップの楽しさは、ただ私に平凡な日常の有り難さを思い知らせるだけ思い知らせて去ってしまった。


「でもこれからは、今の生活を日常にして行かなくちゃいけないな……」

「大丈夫だよコノハ、きっと新しい生活も日常に出来る。何か困った事があったら俺やロイに遠慮なく相談してくれ」

「そうそう、オレらもう友達なんだから遠慮すんなよコノハー。話がよく分かんないけど」


あ、やっぱりリンクは、私の“事情”を何か勘違いしてるっぽい。
そしてロイは何にも分かってないっぽい。
それでも会って間もない私を友達だと言ってくれた事、親身になって想ってくれる事が嬉しいよ。

私がこの状況で嬉しい、楽しい、これならやって行けるかもと思えるのは、きっと心のどこかで、今はただ夢を見ているだけ、いつか醒めてまた元に戻れると思っているからかもしれないけど……。
やっぱり嫌な事は後回しにしたくて、嫌な事を考えながら日々を過ごしたくなくて、不安や恐怖から目を逸らし気付かないふりを続けていた。




−続く−


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