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何と言うか、こう、元の世界から持って来ただけあって、ピーチ姫達に会った時より非現実感が遥かに上のような気がする。
ぬいぐるみだった筈のピカチュウがしっかりと自分で立って、しかも人間の言葉を話し始めた。
人間の言葉を話すだけならゲームでもあったから別に何ともないけど……。

いや、大問題だ!
公式で喋ろうが何だろうが、キミついさっきまでぬいぐるみだったよね!?


「ところでコノハ……キミって今ひとり? この世界に来てから誰かに会わなかったの?」

「一人だけど……。って言うか、私が異世界から来たって知ってるの?」

「それは勿論キミと一緒に来たんだから。でもそれだけしか分からない。誰かに会わなかった?」

「誰かって、暫くピーチさん達と一緒に……」


ピカチュウが言う事だし、元の世界の事も分かっているなら任天堂ゲームも知っているかと、取り敢えずピーチ姫の名を出してみた。
そしたらピカチュウは急に顔色を変えて、ひょっとして会ったの!? とか、今どうしてる!? とか凄い勢いで尋ねて来る。

尋ねて来る時にピカチュウは思いっ切り跳ねて私の膝の上に乗ったけど、完全に生き物の質量と重量、感触だった。
確実にぬいぐるみじゃない、だとしたらこの世界に来た時のように、この子も受け入れなければ。
もう何だか、それは私の義務のような気がした。


「二週間は一緒に暮らしたけどそれっきり。もう二度と会わないと思う」

「なに……それ! 何があったのか教えてよ!」


イヤに必死なピカチュウに気圧されながらも、この世界に来てからあった出来事を話してみる。
聞いているうちにピカチュウが益々切羽詰まった顔になり、声を荒げた。


「コノハ、今すぐピーチさん達の所へ戻ろう! 彼女達と一緒に……」

「冗談言わないでよ。私は反政府活動なんて危ない事したくないの」

「任天堂キャラと一緒に過ごしたくないの!?」

「命あっての物種でしょ、彼女達が実在する世界へ来れた上に関われただけで凡人としては上等。私は戦えないし何も知らないし何にも出来ない。これ以上関わったりしたら命が幾つあっても足りないよ」


そもそも私みたいな存在はRPGでその辺を歩いてて、ストーリーが進むまで同じセリフしか言わない村人みたいなもんだ。
プレイヤーによっては話し掛けすらしない、関わりと言えば移動でプレイヤーキャラの行く手を遮ってイライラさせる程度。
そんな名無しの私が、いわゆるメインキャラである彼女達と一緒に過ごせただけで奇跡の筈だ。

物語の主役格なんて誰でもなれる訳じゃない。
そして私も当然、主役格たる器も覚悟も無い。
そしてこの物語はセーブもロードも出来ない上にやり直し不可の、理不尽とも思えるマルチエンディング式。


「バッドエンドに行っても、初めからもう一度、なんて出来ずにそれで終わりでしょ。無理だよ」

「それは……いきなりキミに覚悟を背負えなんて言えないけど、でも」

「ピーチさん達に協力しろって事は覚悟しろって事でしょ。協力者を探したいなら他を当たって」


それきり訪れる沈黙。
断っちゃ悪いかな、なんて気もする事にはするけど、やっぱり恐怖が先に来て拒否を示してしまう。
これでピカチュウも去ってしまうのか、元の世界との繋がりが無くなってしまうのかと考えると辛かったけど、仕方ない。
でもピカチュウは気落ちした様子を見せたものの、去ろうとはしなかった。


「そうか……。まあ仕方ないかもしれないね。じゃあ明日からバイト先でも探さないと」

「出て行かないの?」

「出て行って欲しい? この世界でコノハの秘密を知ってるのはボクぐらいだし、一緒に居るよ。心配だしね」


何故ピカチュウがそんなに気に掛けてくれるのか、私には分からない。
二週間前にゲームセンターで取ったぬいぐるみってだけの関係なのに。
しかもこっちの世界に来てからの事が分からない所を見ると、ずっとこの子の意識は無かったんだろう。
……じゃあ私とピカチュウってほぼ初対面だ。
思わず、見も知らない私を引き取ってくれたピーチ姫の事を思い出す。
何か裏があるのかと不安になってしまったけど、異世界からの唯一の道連れを失いたくないや。

その日はもう何も考えたくなくなって、疲れた私は休む事にした。
眠りに吸い込まれつつ、このまま私を元の世界まで吸い込み戻してくれればいいのにと思いながら。


++++++


翌日、私は市民証でネットにアクセスし、近くに求人が無いか探してみた。
こんな機械的な未来都市だけどさすがに何もかもを機械に頼ってる訳じゃないみたい。

そして見つけた、ステップストアの求人。
ステップストアって聞き慣れないけど、調べるとコンビニの事みたい。
この世界でコンビニって言っても通じなさそう……気を付けないと。

その日のうちに面接に行ってその日のうちに決まり、明日から働く事に。
上機嫌で挨拶をして事務所を出た途端、扉の外に居た人にぶつかりそうになってしまった。


「あ、すみませ……」

「あれ? キミ確か一昨日あたりにウエストエリアの工場地帯に居た……」

「え……あ!」


何という偶然、マリオの工場で働いた最後の日、迷子になった所を助けてくれたお兄さんだ。
あの時みたいに綺麗な金髪は太陽の光を受けていないけれど、少し跳ねた特徴的な前髪が……。

……あれ?


「ひょっとして、ここで働く事になったとか? 俺もバイトしてるんだ、何だか凄い偶然だな」

「そ、そうですね……」


確かこのお兄さんに会った時、どこか既視感を覚えてしまったんだっけ。
ようやくその心当たりが出て来て、お兄さんの言葉に上手く返事出来ない。
半ば呆然としている私の後ろから店長さんがやって来て、おお、と人の良さそうな笑みを浮かべた。


「なんだリンクの知り合いだったのか? じゃあ丁度いい、お前と同じシフトに入って貰おうか。色々教えてやってくれ」

「了解しました。……そう言えばキミの名前は? 俺はリンクっていうよ」

「コノハ、です。宜しくお願いします……」

「コノハな。宜しく!」


確かに今、私の心当たりと同じ名を聞いた。
リンクだ、そうだ、このお兄さんはゼルダの伝説でもお馴染みのリンク!
そりゃ見覚えがあるのも当たり前だよ!

でもいつもの服ではなく現代っぽい服を着ている事、そして実際に目の前に存在している衝撃のせいで気付かなかった。
初めてピーチ姫と会った時のように半ば夢心地で、家に帰るまで地に足が付いてないようだった。
部屋に入るなり待っていたピカチュウの側に倒れ込んで出した声は、少々震えていたかもしれない。


「ピカチュウ、私リンクに会った! あのゼルダの伝説のリンクだよ! 明日から同じバイトだよ!」

「え……ホント!? なんだ会ったんだ、良かったじゃん! どうせコノハの事だからイケメンで見とれてたんでしょー」

「ちょ、電気ネズミ君! まだ会ったばっかのキミが私の何を知ってるの!? まさにその通りだ!」


まさかの出会いにテンションが上がってしまう。
ピーチ姫やフォックス達だって居たんだから、他にスマブラキャラが居たって何もおかしくない。

……ふと、そこである事が不安になってしまった。
この世界では任天堂キャラである彼ら以外は見覚えの無い、私と同じ“その他大勢”に分類されるごく普通の一般人ばかりだった。
そして今まで私が会った任天堂キャラは6人、そのうち5人がレジスタンスへの参加を促した。

じゃあ、リンクは?
彼は任天堂キャラだけど、ピーチ姫たち同様にレジスタンスと何か関係があるのだろうか。


「コノハ、ひょっとして不安になってる? リンクもレジスタンスの一員かもしれないって」

「……」

「これからどうなるかは分からないけど、少なくとも今は大丈夫だとボクは思うよ。万が一リンクがレジスタンスに何か関係があっても、誘われたら断ればいいじゃない」


私をピーチ姫たちと一緒に居させようとしたピカチュウは、すっかり強要しようとしなくなった。
確かに断れば済む……けれどそうした時、私はピーチ姫たちとの繋がりを失ってしまった。
明日からリンクと一緒にバイトして仲良くなってしまったら、その上で誘われて断り、また繋がりを失ってしまったら。
私はこうして大好きな任天堂キャラと知り合い仲良くなる度に、失って行かなければならない。

ああ、どうせトリップするならこんな意味不明な世界じゃなく、普通のスマブラ世界がよかった。
そうすれば、憧れの任天堂キャラと出会い仲良くなる度に失うなんて、そんな嫌な可能性に怯えず仲良くなるだけで済んだのに。


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