3-4



部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ私。
やがて顔を上げ、真っ先に目に入ったのはピカチュウのぬいぐるみだった。
捨ててやろうかとも思ったけど、この子は唯一、異世界からの私の道連れ。
この二週間に何度も寂しさを紛らわす為に一役買って貰い、それを思い出すと捨てられなかった。
代わりに引き寄せてギュッと抱き込む。

反政府活動なんて危険な事ばかりなんだろう。
だとしたら私はもうこの家に居られないと思う。
やっぱり出て行くしか無いんだろうか。

そう考えていると部屋のドアがノックされて、招き入れるとピーチ姫だった。
彼女が普段見せる花のような笑顔はなりを潜め、深刻な表情が浮かぶ。


「コノハ、さっきは突然変な事を要求してごめんなさい。それで……その、あなたにとって更に悪い話があるの」


来た、と思った。
きっと出て行って欲しいと言われるんだろう。
確かに私を保護した目的はレジスタンスに入れる為なのだから、入らないとキッパリ言った今、私は用無しって訳だ。
目的が何だったにせよ、ピーチ姫とはそれなりに仲良くなれたと思う。
そんな彼女に出て行けと言われるのが辛くて、私は自分から切り出した。


「実は、あなたには……」

「ピーチさん、私、この家を出て行きます。危険な事には首を突っ込みたくないですから」

「! ……そう、そう……よね、当たり前ね。分かったわ、私もそれを言おうとしていた所だったの」


彼女は何とも思ってなかったかもしれないけど、私はピーチ姫の事をお姉さんのように思ってた。
そんな彼女から出て行けなんて言葉、聞きたくなくて……辛かった。
ああ、また無職だな。バイトくらい探さないと。
その前に住む所か。野宿なんて嫌だし、住み込みで働ける所ないかなあ。

って言うか10万で借りれる住居って無いかも。
借りる時に敷金とか要るだろうし、まずは日雇いで少しでも貯めるか?
ネカフェみたいな安く泊まれる施設あればいいな。
ああ、やっぱり住み込みで働ける場所が欲しい。

ピーチ姫は部屋を出るまで辛そうな顔をしてた。
私の事を惜しんでくれてるのかな……なんて考えると、少し気が楽になる。
明日には出て行こう、と考えながら、私は温かなベッドで眠りに就いた。


++++++


翌朝。
私は最後の朝食を食べて荷物を纏めた。
いや、本当は私の荷物なんてピカチュウのぬいぐるみと市民証だけだから何も無い同然なんだけど、ピーチ姫が哀れに思ってくれたのか、服や日用品、保存の利く食料などを分けてくれたから。
そして更に、市民証の赤外線通信でとある場所の地図を貰った。


「これは……?」

「セントラルエリアにあるアパートの場所よ。昨日のうちに契約して敷金や礼金、3ヶ月分の家賃は先に払ったから、暫くは宿に困らないわ」

「え……」

「……こんな事しかしてあげられなくて……。ごめんね、コノハ」


ピーチ姫の表情が、切なそうに陰った。
私は泣きたくなったのを堪えて笑顔を向ける。
出て行く事になったにせよ、この二週間、彼女の世話になったのは確かだ。


「ピーチさん、お世話になりました。このご恩は一生忘れません」


忘れたくったって忘れられないに決まってる。
ゲームのキャラクターでしかなかったピーチ姫と過ごし、マリオやフォックスやファルコと知り合えた。
記憶喪失にでもならない限り、絶対忘れらんないに決まってるっつーの。

ピーチ姫付きの運転手に駅まで送って貰い、市民証をセンサーに翳して改札を通る。
改札って言っても地球みたいに狭い通路を通る事もなく、通路の天井や壁にセンサーがあって、市民証の裏をセンサーに向ければいいだけだ。
画面に乗車駅の名前が表示されればOK。
ああ便利、降りる時も同様にすれば自動で市民証から運賃が引かれる。
乗り口と降り口が完全に分かれているけど、そんなの改札が無いも同然な手軽さの前には気にならなかった。

今度は普通列車に乗り、個室でもない席に座る。
ここからだと政府中枢の遥かな高さのビルは目につく。
私は何となく怖くなってしまい、反対の……南の方を望める席に座った。
高架線路からの眺めはすこぶる良好で、遠くまで見渡せる近未来の街並みは素晴らしい。

ピーチ姫達は反政府活動を成功させたらこの街を壊すのだろうか。
また動植物の豊かな国に戻すには壊すしか道は無いだろうけど。
勿体無い、と思うのは私が便利さに慣れた現代っ子だからかな。
私は小さく首を振る。
もう関わりの無い事だからと、考えるのはやめた。

市民証で目的地をナビゲートして貰い、一番近い駅で降りる。
その駅から歩いて10分程度の近い場所にあったアパートは、想像していた物と全然違った……。

えっ? 何これ調べてみたら50階建てって……。
日本にあるちょっとお金に不自由な人が住むような、ひなびたアパートを想像してたから唖然。
入り口から生体情報をセンサーで調べられて入らなきゃいけないし、大家さんみたいな人が居るかと思ったら居なくて全部機械で済ませられた。

私の部屋は47階……地震が起きたらどうしようって、地震大国日本国民は考えちゃう訳ですが。
地震が無くても火事とか……セキュリティーはばっちりみたいだから女の一人暮らしも安心だけどね。

部屋も綺麗でちょっと無機質な感じもする近未来ぽさがあるワンルーム。それなりに広い。
家賃は月に4万5000か……三ヶ月間は保障されてるとは言え、早くバイトでも見つけないと貯金10万しかないんだよね。
備え付けかピーチ姫からのプレゼントかは分からないけれど、部屋には家具一式が揃っていた。
今日はノンビリ過ごそうとベッドに転がりバッグからピカチュウのぬいぐるみを取り出す。

……捨てた方がいいかな、と何度も思って悩んだけど、やっぱり無理。
これからは独りぼっちなんだから、道連れは居てくれた方が有り難い。
私はピカチュウのぬいぐるみを、ぎゅっと抱き締めて目を閉じた………ら。


「ちょっ、あの、待って、苦しいっ!」

「……」


あれ?
私喋ってないよ。
断じて喋ってないよ。
って言うか腕の中で何かがもぞもぞ動いてる。
でも私はピカチュウのぬいぐるみしか持って……。

思わずピカチュウのぬいぐるみを放り投げてしまったら、床に落ちた瞬間、明らかにぬいぐるみではない音がした。
もっと重く中身も詰まってて……でもしなやかで柔らかい物、みたいな。


「いったたた、久し振りに動いたから感覚が……。って言うかコノハ、何するのさ! 放り投げたら危ないじゃないか!」

「……」


異世界に来た時よりも、目の前の現実を否定したくてしょうがなくなる。
ぬいぐるみだったハズのピカチュウが、しっかりと立って……喋っていた。




−続く−


  ×


RETURN


- ナノ -