3-1



私がウエストエリアの工場で働き始めて、そろそろ二週間が過ぎる。
畑仕事なんてした事がなかったから最初は戸惑ったけど大体は機械がやってくれるから楽だ。
今日は月一の税金徴収の日らしい。
この日に個人バンクに預けてある徴収額が足りないと警告が来て、下手するとシェリフまでやって来るみたい。


「シェリフには会いたくない……! 私、来たばっかりの時あの人達に殺されかけたんですよ!」

「コノハ、市民証を持ってなかったものね。でもいきなり射殺しようだなんて酷すぎるわ」


ようやくあの時の憤りを吐き出せて、少しスッキリして落ち着いた。
ピーチ姫は以前からシェリフには疑問を持っていたらしくて、私の話に真剣に耳を傾けていた。


「ところでコノハ、あなたよく助かったわね。シェリフが未登録者を射殺しなかったなんて、きっと何かあったんでしょ?」

「あ〜……。そう言えば確かあの時、誰かに気絶させられたんです」

「気絶したの?」

「はい。後ろから攻撃されたんで姿は見えなくて。でも声はどこかで聞いたような気が……」


連れて行け、とか言われてシェリフの人達は大人しくその人の言う事を聞いて。
かなり偉い身分の人なのかもしれないなあ。
警察上層部……? いやまさか、私にそんな知り合いなんて居ないし。
って言うかこの世界に以前からの知り合いなんて全く居ないんだけどね。


「じゃあ預金額は……確か義務教育終了済みで就労してる人は月に1万で大丈夫でしたよね?」

「そうよ。まあコノハは特に引き出してないから、市民権を新規登録した時の10万が残ってるでしょ? それで大丈夫よ」

「うん、10万きっちり入ってます。これでシェリフに会わずに済むー……!」


よかった〜と少し大袈裟に喜んだ私を見てピーチ姫がちょっと笑った。
いや、だって射殺されそうになったんだもん、あれは正直に恐かった。
預金確認と朝食を済ませた私達は、再び列車に乗りウエストエリアへ。
駅に着いて工場を目指して歩いて行くけど、ふとピーチ姫の携帯……じゃなかった、市民証に着信。
すぐに出たけど、え? とか大丈夫なの? とか言葉が聞こえて、どうやら立て込んで来た様子。


「ごめんねコノハ、ちょっと話が長引きそう。先に工場まで行っててくれる?」

「はい。まあ二週間も通ってますから多分大丈夫だと思います」

「気を付けてね。工場に着いてから迷ったらマリオを呼び出して貰えばいいわ」


電話の要件がこじれたらしいピーチ姫を置いて、一人で工場へ向かう。

……うん、大丈夫だと思ってたんだ。だって二週間も通ってるんだし。
ところが私は目的の工場がどこにあるのか分からず、迷ってしまった。
うわあー! 私って何だかんだ言いながらピーチ姫に頼ってたんだ〜!
どうしよう、さっきから歩き続けてるけど一向に見付かる気配がない!
かなり広大な工場だったから迷ってもすぐに見付かると思ったのに!

すっかり歩き疲れて、周りに人影が無いのを良い事に近くの工場の塀に寄りかかって座った。
市民証でピーチ姫に電話しようかとも思ったけど、まだ取り込んでたら悪いから出来ない。


「……どうしよう、本格的に困って来た」

「どうしたんだ?」


独り言のつもりだったのに返答があった事に驚いてバッと顔を上げた。
そこには太陽の光できらきら輝く金髪のお兄さんが居て、青い瞳が私を心配そうに見つめていた。
いきなりのイケメン登場にぽかんとしている私に、お兄さんは更に話し掛けて来る。


「迷子かな……。一人で来たの? 家族か誰かが工場に勤めてるとか?」

「あ、あの! 自然食物生産工場ってどこかご存知ありませんか!?」

「ん、市民証持ってる? 目的地を入力したら到着するまでナビゲートしてくれるよ」


えっ、とあからさまに解ってない風な返事をしてしまった私を気遣って、お兄さんは使用法を教えてくれる。
実際に市民証を操作しながら一つ一つ丁寧に教えてくれたので助かった。



「良かった、実はこの街に来て二週間ぐらいしか経ってなくて、まだ勝手が分からないんですよ」

「へえ、君って余所のポリスから来たのか! いいなあ、俺は生まれて一度もグランドホープから出た事ないから羨ましいよ」
「……」


そう言って笑うお兄さんを見ていると、どこか既視感を覚えてしまった。
何だかこの人をどこかで見たような気がする。
この世界に知り合いなんて居るわけないのに本当に妙な気分だ。
送ってあげようか、と申し出てくれたお兄さんだけど私は断った。
さすがにそこまでして貰うのは悪いし、やっぱり男性相手だと少し警戒心が働いてしまったりする。
勿論それは言わないけど。


「そうか、じゃあ気を付けてな」

「はい、ありがとうございました!」


手を振ってお兄さんと別れ、市民証のナビゲートを頼りに工場へ向かう。
向かいながらさっきのお兄さんをどこで見たのか思い出そうと頑張ったけど、やっぱり無理だった。
まあどうせ行きずりの出会いなんだし気にする必要ないよね。

工場に着くと、ちょうどピーチ姫から電話が。
もうすぐ工場に着くからという内容だった。
かなり話が長引いたらしくて助かった、迷ってたなんてバレたら恥ずかしい……!
やがてやって来たピーチ姫と合流して、今まで通りに畑仕事に取り掛かった。


++++++


夕方、仕事を終えて列車に乗って帰宅する。
冗談みたいに綺麗な茜色に染まった空を車窓から見上げていると故郷がある世界を思い出した。
何もかも地球と違っているこの世界で空と海だけは何も変わっていない。
燦々と照りつける太陽も流れる雲も、寄せては返す波も、そして工場でしかお目にかかれない、自然な植物の数々も。
私はこの二週間、郷愁に駆られた時は空や海を眺めて自分を慰めた。
工場の植物も上手いこと一役買ってくれた。
これなら何とか、この世界でもやって行けるかも……。

その瞬間、急に個室に取り付けられたスピーカーから機械の音声が。


『事故発生、事故発生。ウエストエリア沖の海域にて民間機が大破。原因は規定ルートを逸れた事による計器異常の模様。繰り返します。事故発生、事故発生。ウエストエリア沖の海域にて……』

「事故!? ウエストエリアって工場のあるエリアの事ですよね!」

「そうよ。沖の海域だから街に影響は無いだろうけど……。民間機が大破……しかも規定ルートを逸れたのが原因だなんて」


何か思う所があるのか、ピーチ姫は美しい眉を顰めて苦々しい顔をした。


×  


RETURN


- ナノ -