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……ええ、予想通りに後悔しましたとも。
見なきゃ良かったって。
いくら食べ物を人工的に作っているとは言え、自然の物を基盤にしているんだろうと思ってた私。
でも実際は、本当に

“一から全て”

を、人工的に作り出していた。

……なにあれ、人が口に入れる物を作っているとはとても思えない。
どう見ても大掛かりな化学実験やってます的な?
グランドホープの一般市民たちは、あれを主食にしてるのか……!
案内係の人が親切丁寧に説明してくれてるけど、正直どうでもいい。
ガラス越しの眼前の光景が衝撃的すぎて。
化学薬品にしか見えない液体や固体が、製作が進むにつれ地球でも普通に見かける食材になる。
野菜や果物、木の実系だけではなく、肉や魚、飲み物だって全てそうやって作り出していた。

勧められた試食を断って工場を後にし、本来の目的である方の工場へ向かう。
多少ふざけつつも、うえーっと言いたげに脱力しながら歩く私に苦笑してフォックスは問うた。


「コノハ、ああ言うのダメなのか」

「ダメダメですよ、あんなん食べ物じゃないでしょう普通に考えて。明らかな化学薬品ですよ」

「うーん、この街ではアレが普通だからな。この街ではと言うより、世界中どこでもそうだと思うんだが。コノハの居たポリスは違うのか?」


この世界にはポリスという都市国家しかないのか。
彼らは私をこの世界の住人だと信じて疑わない。
いや、まあ普通はそうなんだよね、異世界から来たなんて誰も考えない。
いい加減、異世界から来た事を言おうかと思ったけどやめておいた。
笑われるか引かれるか病院送りかが関の山だ。
異世界トリップした事なんて多分一生誰にも言わないで過ごすだろう。

……一生、か。

もう私は二度と家へも、私の居た世界へも帰れずに一生を異世界で過ごすのか。
異世界トリップした夢小説のヒロインは何で素直に状況を受け入れるの。
私は無理。
退屈で平凡な世界だったけど、嫌になる事も多々あったけど。
失って初めて大切さが分かるってこの事だったんだ。
私、今すごく家に帰りたい。


「おいコノハ、着いたっつってんだろうが!」

「は、はいっ!?」


ファルコに怒鳴り声と共に腕を引かれ我に返ると、いつの間にか目的の工場へ辿り着いていたらしい。
危ない危ない、目の前が壁だったよセーフ。


「あはは、ごめんなさい、ボーっとしてました」

「ったく、可愛くもねえ奴がドン臭くてもイライラするだけだぞ」

「もうファルコ、あなたさっきから言い過ぎよ!」


ピーチ姫が私の腕を掴んで引き寄せた。
でもファルコの言う事って冷静に考えれば、世の男性の本音かもしれない。
……言われると悲しいけどね、凹むけどね、傷付くんだけどね!

市民証を通してゲートを潜ると、またも任天堂キャラとの出会いが待っていた。
オーバーオールにふさふさの髭、何より真っ赤でMのマークが印象的な帽子が、彼を一目で分かる存在へと変貌させている。


「初めまして、君がコノハだね。ピーチさんから話は聞いてるよ。おれはマリオっていうんだ」


世界一有名な配管工・Mr.ニンテンドー。

なんとマリオはこの工場の工場長なんだとか!
うわわわ、何でそんな立場になってんの……!

この工場だけは、ちゃんと自然の食べ物を栽培しているという事だったから期待していたんだけど、やっぱり未来都市の中にあっては普通の農作業なんてやってなかった。
案内されて広大な工場を通路やエレベーター(横に動くタイプもあった)で移動していくと、あちこちで畑を発見する。
ただどれも工場内なので完全に室内だし、ガラスに囲まれた空間で機械による農作業をしていた。
機械と言ってもあれだ、まるで車の工場みたいに人なんて介入してない。
外から操作していて実際に土に触れている人なんて誰も居なかった。

それ以前に私は、建物内ですれ違ったり見掛けたりする人達が気になる。
私を逮捕したシェリフとか言う警察と同じ制服を着て、手にライフル銃や拳銃を持った人ばかり。
単なる畑なのに、まるで国家機密の重要施設だと主張しているみたい。


「随分と警備がしっかりしてるんですね。さっき行った人工食物の工場なんて殆ど警備の人に会わなかったし、銃なんて持ってなかったのに」

「……そうね、警備と言うより監視かしら」


……監視?
え、誰を? 何を?
なんで畑とかそれに関わる仕事してる人を監視なんかしちゃうの?
暇なの?

何か嫌な予感しかしない。
だってあのシェリフって人達、私をいきなり射殺しようとした人達だよ。
そんな組織の人が居るって不安にしかならない。

多少ビクビクしながら工場の中を更に進んで行く。
途中には建物内にもかかわらず、牧場さながらの牧草地や家畜たちが。
あ、ひょっとして今朝のコーヒーに入れたミルクは普通のミルクなのかな。
それなら良かった、どんな材料で出来てるんだって不安で仕方なかったもんで。

やがて辿り着いたガラス越しの畑の前に立ち、マリオが私を招いた。


「コノハ、君に働いて欲しいのはここだ。まあ他の畑と大した違いはないんだけど、他はちょっと機械の手が回りすぎてるもんだから……」


かなり広々としているけど確かに至って普通の畑。
野菜や果物が植えられたそこは、自然な色が柔らかな風合いを出している。
私にやって欲しいのはここの作物の管理とか。
機械で作業を行うので、やる事と言えば機械が取得するデータに頼り切らず、自分の目で作物を見て機械の設定を行う事。


「基本的には機械が自動的に作物の具合を見て操作を変えるんだけど、時々失敗したり、良くない物を収穫したりしてな。やっぱりどこかで必ず人の目で見ないと、自然の作物って言うのは機械で全自動にするのは無理があるのかも」

「なるほどー……。でも私、畑仕事した事ないんですよね」

「大昔じゃないんだから、誰だってそうだろ。畑関連の本があるからコノハに貸すよ、ちゃんと勉強してな」

「は、はーい……」


大昔じゃないんだから、か…。
やっぱりこの世界って植物ないのかな。
なんで植物が世界から消えちゃったんだろうか。

お婆ちゃんが話してくれた緑豊かな王国の話を思い出して少し悲しくなる。
あの王国は物語の中とは言え、この街の気が狂いそうな綺麗さとは違い、人間が生き物だと思い出させてくれる自然の綺麗さで満ち溢れている。
あの話をする時のお婆ちゃんは本当に楽しそうで、だけどどこか、少し寂しそうでもあったな。


「ねえコノハ、ちょっと畑に入ってみない? 練習がてら見回りしましょ」

「そうですねー、まず慣れておかないと」


みんなと一緒に扉を潜り、かなりの広さを持つ畑を見渡した。
太陽の光を模しているのか照明は力強く、でも優しく地面を照りつける。


「おおー地面だ、土だ! 1日しか離れてなかったけど懐かしい気がする!」

「本当にコノハのポリスには自然の土や植物があったんだなー。1日しか離れてないって……」

「まあ私の住んでた町も舗装はされてますけど、学校のグラウンドとか土の地面ですから」

「が、学校に土の地面!? 普通に子供の通う学校だよな!? 凄いな、コノハの居たポリスは!」

「て言うかフォックスさん、イーストエリアの海岸だって砂浜だったじゃないですか」

「ああ、ありゃ人工砂だ」

「……」


あんなに巨大な砂浜の砂まで完全人工なんですか。
人工砂浜なら普通に私の世界にもあるけど、あんな大量の“砂”自体が完全に“人工”だなんて。
何かもう逆に凄い。

教えて貰ったり本で調べたりしながら作物の様子を見ていく。
やっぱり科学技術の産物か、エリアによって季節感バラバラの作物たち。


「ああっ、夏野菜と冬野菜が隣接して実ってるう!」

「え、作物に季節ってあるのか? 確かに必要な温度とか色々違うなあとは思ってたけど……」

「しっかりして工場長!」


就職先? も決まり、私の異世界生活は軌道に乗って来たみたい。
それに嬉しくなりながらも、だんだんとこの世界の住人になっていく自分に寂しさと悲しさを覚えてしまう私だった。




‐続く‐


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