2-2



……そこで私はふと、その逮捕されるキッカケになったセントラルエリアの公園を思い出した。
入った瞬間いきなりサイレンが鳴り出して、警察らしきシェリフという人達が出て来た、あの公園。
地面は真っ白に舗装されていて、カラフルな遊具が映える綺麗な場所。


「……!」

「コノハ?」


私は思わず立ち上がり、窓際へと駆け寄る。
リゾート地とも言えるイーストエリアにあるこの家は海岸のすぐ近く。
長く続く砂浜を窓からじっと見ると、だんだん違和感を覚えて行く。
必ずあるとは言わないけれど、話を聞く限りグランドホープ唯一の砂浜なんだからあってもいい筈。
ほら、海辺に木とか。ヤシの木ぐらいあっても……。
そして私はようやく、セントラルエリアの通りや公園、ノースエリアのビルの中などで感じた違和感に気付く事が出来た。

植物が無いんだ。

セントラルエリアの通りを歩いていた時の違和感は、街路樹どころか道端に雑草すら無かった事。
いや、そもそも剥き出しの地面自体が無かった。
公園も真っ白に舗装されていて芝生も花壇も無い。
それどころか公園にすら剥き出しの地面が無かった訳だけど。
市民証を貰いに行ったノースエリアのビル内もそうだ。
あんなビル内でも普通は観葉植物とかあるよね。
でも、そう言った木や草花は全く無かった。
真っ白に舗装された地面には植物の生える隙間なんてどこにも無い。

異常と言えるまでに綺麗すぎるんだ、街全体が。
これが、この世界に来てから私が感じ続けていた違和感の正体。


「……公園の地面まで隙間なく舗装されてるなんて有り得ないでしょー……。街の通りとかも、車道のお馴染みな暗い色したアスファルト以外は、真っ白に舗装されてたし」


信じられない、こんな大都会とは言え自生植物がほんの少しも無いなんて。
ピーチ姫達に詳しく話を聞いてみると、遥か昔に植物は世界中からほぼ無くなってしまったらしい。
果物とかパンとか野菜とかその他もろもろ、そんな食物も一般市民は人工的に作り出した紛い物しか口に出来ないそう。
とは言えずーっと昔からだそうだから、もう紛い物が高い地位を獲得してるらしいんだけど。

って言うか世界中に植物が無いって大丈夫?
じゃあ動物も居ないんじゃない? 気温とか二酸化炭素とかヤバくない?
……でもグランドホープを見る限り大丈夫そうだ。
空も海もとても綺麗で、太陽の光が燦々と注いでる。

フォックスたち獣人とは、植物が無くなり生きて行けなくなった為、人に近い形に進化して人間社会で生きて行けるようになった元野生動物の事なんだとか。


「じゃあ、人型をしていない動物は……?」

「人型になりきれなかった野生動物はみんな絶滅したんだろうな、きっと」


違和感の元、また発見。
そう言えば街に鳥なんて一羽も飛んでいなかった。
猫だの犬だの何にも居なければ、海にもカモメの一羽すら居ない。
本当に綺麗な、吐き気がするほど綺麗な街だ。


「それで、私に植物の世話の仕事をして欲しいって言うのは……?」

「ええ、ウエストエリアの工場地帯に、野菜や果物、穀物などを作る工場があるのよ。コノハにはそこへ私と一緒に働きに出て欲しいの」


工場の中で少数とは言え、一応ちゃんと自然の土で作物を育ててるらしい。
コーヒーやフルーツやパンなどの“本物”が高級品って、だからなのか。
一般人が普段口にしてるらしい、全てを人工的に作り出した野菜や果物とかって、なんか怖いよ。
きっとコーヒーに入れた砂糖もミルクも凄い高級品なんだろうな、ドバドバ入れてごめんなさい。

……あれ? 動物って居ないんだよね。じゃあこのミルクって何のミルク?
うわわわ、凄く怖い! まさかこのミルクも完全なる人工品だったりする?
味は別に私の世界のミルクと変わりなかったよ、それが逆に恐ろしい!

私が一人であたふたしていると、ピーチ姫が何故か少し言い難そうにしながら小声で私に告げた。


「ところでコノハ、あなたが持っていたぬいぐるみ、フォックス達に見せてあげて欲しいんだけど…」

「え、あれですか?」


ケンジから貰ったピカチュウのぬいぐるみ。
そう言えば昨日、ピーチ姫はあれについて何か思う所があるようだった。
やっぱりこの世界では、ピカチュウが特別な存在なのかもしれない。
じゃなきゃわざわざ大人の彼らにぬいぐるみを見せてだなんて言われない。
私は少しだけ考えて、与えられた部屋に置いて来たピカチュウのぬいぐるみを取りに行った。
少しして戻って来た私の腕の中にあるぬいぐるみを見たフォックスとファルコは、驚きに目を見開いて声を張り上げた。


「コノハ、それは……一体どこで!?」

「……ゲームセンターにあるUFOキャッチャーで」

「はあ!? んな所にんな物がある訳ないだろ!」


明らかに動揺している二人をピーチ姫は留める。
今のファルコの言葉で少し明らかになった。
この世界でピカチュウは一般的な存在じゃない。
どんどん自分が異端であると思い知らされ、何だか心細くなって来た。
この世界にはきっと、私と同じ感覚を持つ人なんて唯の一人も居ないんだろう。


「2人とも、納得して頂けたかしら? 私が彼女を推した理由」

「……ああ、植物に対して普通だし、更にはこんな物を見せられちゃな」

「で、仕事は? 引き受けて貰えるのか?」


断れる訳ないでしょう。
他人の家でタダ飯喰らってニートやっちゃう訳にもいかないんだし。
私が頷くと、3人はホッとしたように息を吐いた。
私としてもタダ飯喰らいの心苦しさが激減するから有り難いんだけど。
肝心な所を何も話してくれない彼らに不安も募る。
私からはとても怖くて訊いたりなんて出来ないし。


「じゃあ、そのお仕事っていつから始めますか? 明日? 明後日?」

「今日よ、さっそく今から向かおうと思ってるわ」

「い、今から!?」


まだ心の準備がー!
って、準備する程のものでもないとは思うけど。

市民証以外は特に準備が必要な物も無いらしく、私は手早く身支度を済ませ、
ピーチ姫達と一緒にウエストエリアの工場地帯へ行く事になった。


++++++


今度は車ではなく列車で向かう事になった。
高架線路は、昨日乗った都市高速みたいにずっと向こうまで見渡せて景色が良い。
突き抜けるような青空と地上のビル群のコントラストが爽快だ。
イーストエリアからウエストエリアまで、セントラルエリアを突き抜ける形で真っ直ぐ延びている線路。
停車駅も少な目だから急行列車ってとこかな。
しかし車体がいかにも近未来な感じ。リニアモーターカーみたい。

快適な個室に乗り、1時間ちょっとで辿り着いた工場地帯は、思った程ごちゃごちゃしてない。
それどころか他の場所と同じように真っ白に舗装された地面、全然鉄っぽい感じのしない綺麗な建物、清潔感溢れる場所だ。

やっぱり、ここも。
あまりに綺麗すぎて違和感が浮かんで来る。
綺麗だけど味のない絵画を見ているようで、本当にここは生き物が生きていける場所なのか、疑いたくなって来た。
ひょっとしたらグランドホープって埋め立て地なのかもしれない。
いや、埋め立てと言っても土じゃなくて全部コンクリートとか。
じゃなきゃ、こんな一面舗装されて土の地面が全く無いなんて信じられない。


「コノハ、目的の工場へ行く前に少し見学してみないかしら?」

「見学、って、何かの工場をですか?」

「ええ、食べ物を作っている工場を」


それは例の、一から全てを人工的に作り出しているって食べ物ですか。
ちょっと興味が湧き、行ってみたいですと返事をして、まずは別の工場へ向かう事になった。


  


RETURN


- ナノ -