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「……何だよ」

「何でもなーい」

「馬鹿かお前」


そう言ってフッと笑ったケンジに一瞬ドキリとしてしまい、慌てて仕事に戻る。
視線を本に落としたまま、馬鹿で悪うございましたね、とふざけた調子で言ってやった。
それからちょこちょこ話しつつ本の整理も終わりに差し掛かった頃、ふと、ケンジが淡々と口を開いた。
その内容は、世間話にするには重かった気がする。


「コノハ、お前今朝、マナと話してただろ。1年前の殺人事件」

「あぁ、任天堂のスタッフと奥さんが殺された……話してたけど、なに?」

「その被害者夫婦は俺の両親で、行方不明なのは俺の姉貴なんだ」


手が止まった。
バッと顔を上げてケンジを見ても、彼は視線を本に落としたまま仕事を続けている。
なぜ彼が急にこんな事を言ったのか分からない。
だけど彼から滲み出る雰囲気が、嘘でしょと笑い飛ばすのを許さなかった。

どうしてそれを告げるのか。
彼は私に何を期待してそんな事を言ったのか。
生徒もだんだん減って静まり返って行く校舎。
黄昏が辺りを黄金に染めて、無機質なコンクリートの壁を聖域に変える。


「……なん、で……」

「コノハ、お前ゲーム好きか」

「す、好きだけど」

「スマブラ好きか」

「……大好き」

「……だったら」

「おーい、まだ残ってたのか。そろそろこっちの鍵も閉めるぞ!」


会話の途中、担当の先生が鍵を閉めに来て話は中断されてしまった。
ケンジは今の話など無かったかのように、さっさと片付け始める。
慌てて私も片付けて荷物を纏めて校舎を後にした。
取りあえずゲーセンな、と薄く微笑むケンジには、今の会話の重苦しい雰囲気は無い。
何だったのかは分からないけど、いつもの彼に戻って良かったと思う。
辺りはまだまだ黄昏、少しずつ夜が近付く。

黒、黒、黒、紫、紫。


++++++


「マリオカート負けた……まさかゴール直前でアイテム使われるなんて……。話は変わるけど私、ポップンミュージックは簡単な方しか出来ないって言ったじゃん」

「ピカチュウのぬいぐるみ取ってやったんだから元気出せ」

「私のお金でしょ!」


辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
私のお金でケンジが取ったピカチュウのぬいぐるみを腕に抱き、ゲーセンを出て帰路に就く足取りは軽い。

そうしてさっきの図書室での会話も忘れていた私は、ケンジが急にフッて来た話に言葉を詰まらせた。
もちろん、あの1年前の殺人事件に関する話で……。
本当に彼は何故、私にこんな話をするのだろう。


「俺の両親と、……姉貴の他に兄貴とか弟とか居たんだが、随分ちっちゃい頃に親父が、姉貴は危険だから近付くなって言ったんだ。訳が分からなかったが俺も相当なガキだったし、何も考えずに言う事聞いた。姉貴は殆ど家族と会わなくなってゲーム開発室に通うようになって……。その後、俺は別の地区の中学に行く事になって、それっきりだ。事件を知ってからこっちに戻って高校に転入した」

「……」

「優しい姉貴だった。俺たち家族に邪険に扱われても、たまに俺が寄って行くと優しくしてくれた。……何で、こんな事になったのか……」

「ケンジがしてあげられる事は、お姉さんの無事と無実を信じる事じゃない? 容疑者にされたみたいだけどケンジはお姉さんを信じたいんでしょ? なら信じてあげなきゃ……家族なんだし」

「……コノハ」


両親は殺され、お姉さんは行方不明で、他の兄弟は親類の所に居るみたい。
上手い事なんか言えないけど、ケンジはお姉さんの事を信じたいように見える。
ケンジはちょっと微笑んでから何も言わなくなったけど、それでも良かった。
空はすっかり夜の色、そういえばお婆ちゃんが夜空の事も言っていたのを思い出す。


「野山は黒に、海は黒く、空は黒く、雲は黒く、太陽は見えない。でも星は月は、そのお陰で強く輝く」

「お前の婆さんが言ってた事だな」

「そうそう。ケンジもウチに遊びに来た時、お婆ちゃんに会ってたよね」


すっかりお腹が空いた。
家には電話しておいたけど、そろそろ心配されてしまうかもしれない。
家まで送ると言うケンジを断り、静かな住宅地へ足を踏み入れた。
夜空を見上げると、下界の明るさに負けないようぽつぽつ散らばる星が暗闇の中に輝いていた。
それ以外は、いつも通りの色合いをしていて。

黒、黒、紫、紫、紫。


「……あれ? そういえば最近、なんか夜空が紫がかっているような……」


言った瞬間、夜空から何かが大量に降りて来た。
それは単なるぼわぼわした紫に包まれた黒くて丸い物だったけど、動きは虫の大群のようで、知らず鳥肌が立った。
この影みたいな虫は一体なんなのか……。
なんて冷静に考えいる場合じゃない。
影みたいな虫なのか虫みたいな影なのかは分からないけど、明らかに私目掛けて注いでいた。

空から降り注ぐそれは、アスファルトに水たまりのように広がり何かを形作る。
それは一見ちょっと不恰好な、けど愛嬌ある人形。
真っ黒な顔に丸い赤の瞳、緑の帽子を被り緑の服を着て、胸元には赤い丸。
手足も真っ黒で、茶色の手袋とブーツを装着していた。

それを見て瞬時に思い出した。
この人形はスマブラXの亜空の使者に出て来る敵、プリム。
プリムを作ったのは、ゲームでハルバードから大量に降って来ていた、あの影虫とかいうもの。
1体だけなら可愛いと喜んだかもしれないけど、影虫は人形……プリムを次々と作り出していく。
やがて私を認識したのかプリムは追い掛けて来た。


「い、いやっ!」


数える暇は無いけど、ざっと十体以上は居そう。
必死で逃げる私からは人ごみのある方へ行くとか、携帯で助けを求めるとかいった行動の選択肢が消え去っていた。
ただ早く家に帰りたい、それだけしか無い、でも強い想いが私をただひたすら家に向かわせていた。
私はスマッシュブラザーズに出ているファイターじゃない、戦える訳ない。
そのまま走り続けていると、前方に直径5mほどの紫がかった黒い不思議な球体を見つけた。
それは小さいながらも、亜空の使者に出てくる亜空間と同じ物で……。
嫌な予感しかしない、これが本当に亜空間だったら、中から亜空軍がわらわら出て来たりするんじゃ…。


「やだ…夢、夢よ! 亜空軍なんて現実に居る訳ないじゃないの!」


でも、じゃあ背後から私を追い掛けて来るあれは、一体なんなの…?
もう訳が分からなくなって泣きたくなり、もうどうでもいいや、と諦めかけた瞬間、声が聞こえた。


「コノハ、早くその空間に入れ!」


えっ、と振り返る前に、誰かに背後から突き飛ばされる。
私の体はすんなりと、亜空間に吸い込まれて行く。



その後は、どうなったのか全く分からない。
気付くと視界には、アニメで見るような、スターフォックスやF―ZEROに出て来そうな、未来都市が広がっていた……。









‐続く‐


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