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物語が始まる。とある人物に捧げられる為の物語が。
この出来事は、その物語の中の一つ。
決して避けようのない、勇気の物語。


++++++


大好きだったお婆ちゃんが死んだ。
お話が上手で、いつも私に緑豊かな王国のおとぎ話をしてくれて、小さな頃からその話を聞くのが大好きだった。
病院に入院してからも、お見舞いに行った時は必ずお話を聞いて……最後に聞いたのは先週だった。
何もかも終わって、私は一人お婆ちゃんのお墓の前に座り込んでいる。
優しい料理上手なお婆ちゃんの笑顔を思い浮かべると泣きたくなった。
平凡な私を物語の世界にいざなってくれる、大好きな時間ももう、訪れない。


「おばあ……ちゃ……」


もう一時間以上は、こうしていただろうか。
いつまでも泣いていたらお婆ちゃんが心配する。
そう思っても涙は止めどなく溢れ、流れ落ちた。
黄昏は消え行き、温もりを拒絶するかのような暗さを伴って夜が訪れようとしている。
でも私には、そんな夜でも暖かく寝泊まりできる家がある。
平凡な家庭で両親は普通にうるさくて、そんな家だけど、突然、無性に帰りたくなってしまった。


「……帰ろう」


立ち上がり、服に付いた汚れを払い落とす。
涙を拭ってお婆ちゃんのお墓に手を合わせると、また来るね、と呟いて走り去った。

夜が蠢く。
黒、黒、黒、黒、紫。


++++++


「コノハ、早くしなさい! 学校遅れるわよ!」

「わかってるって!」


また、いつもと変わらない日常が始まった。
目覚ましに起こされお母さんにせかされて、支度を進めて学校へ。
お婆ちゃんが死んだ事が夢のように思えたけど、隣の和室、ぱっと目を向けるとお婆ちゃんの遺影。
また泣きたくなって、誤魔化すように目を背けると鞄を掴んで一目散に家を駆け出した。
空はお婆ちゃんが生きていた頃と変わらない蒼さだ。


「野山は緑に、海は碧く、空は蒼く、雲は白く、太陽は赤く輝く。それは希望」


お婆ちゃんが時々、私に言っていた事。
反芻して胸に空気を溜める。
何気ない日常が幸せだって事、私にはまだ分からないけれど、お婆ちゃんが死んで少し分かった気がするよ。

前方に学校が見えて来た頃、とつぜん背中を勢い良く叩かれた。
おっはよー、なんて噎せる私に軽く言ったのは、親友であるマナ。
彼女は小さな頃から一緒にお婆ちゃんと遊んでいた為か、お葬式にも来て一緒に泣いてくれた。
こんなに明るく振る舞うのも、私をいつまでも落ち込ませまいとする気遣いだと分かっている。


「お、おはよマナ。相変わらず元気な事で」

「暗いぞ親友ー。……そう言えばニュース見た? もうショックだった〜」

「ニュース? なに」


お婆ちゃんが死んでからテレビはあまり見てない。
そう言えば大好きなゲームもやってないな、なんてのん気に考えていると、マナはそのゲームにちょっと関わる事を話した。


「1年くらい前さ、近所で殺人事件あったじゃん。任天堂でゲーム作ってる人とその奥さんが被害者だったから、あたしがかーなーりー怒ってたの、覚えてる?」

「あぁ、あれか。マナってば任天堂信者だもんね」

「コノハもじゃん! ……で、その夫婦の娘さんがその日から行方不明だったでしょ? その娘さんが犯人じゃないかって」


悲しい話、親が子を殺したり子が親を殺したりなんて話は、今の日本そんなに珍しくはない。
私だって、両親がウザくってたまらない時があるけど、お婆ちゃんが死んでから少し考えを改めた。
でも確かその事件、殺された夫婦の傷口からして、かなり大きな刃物だとか言われてた気がする。
当時は私と同じ年だったという娘さん……。
そんな女の子が扱えたりするものなのかと、疑問に思う。

マナは、任天堂でゲーム作ってた人の娘さんが犯人だなんて、これでまたゲームの影響で人殺しが起きたなんて馬鹿な事を言われるんだ!
……と、かなりご立腹だった。


「あーあ、あの殺人事件さえなけりゃ、1年くらい前は幸せな記憶としてあたしの中に残ったのになー」

「なんで……」

「コノハも見たでしょ、ロイのコスプレした人! すっごいソックリで格好よかったよね〜」


大乱闘スマッシュブラザーズXの前作、大乱闘スマッシュブラザーズDXに出ていた、赤髪の少年。
確かに憶えている。
1年くらい前、殺人事件が起きる1ヶ月くらい前に髪も顔も服も完璧にコスプレした少年が居た。
ありえない話、ロイ本人じゃないかとさえ思ってしまったりもした。
その後も時々赤い髪の少年を見かけたが、いつの間にか居なくなっていた。
そう言えばロイはスマブラXには出場していない……。
マナも私も、かなり残念だった。


「……っと、チャイム鳴る鳴る! 走るよコノハ!」

「ってマナ、速い! 待ってってば!」


いつも通りの日常だ。
私…これなら大丈夫そうだよ、お婆ちゃん。


++++++


いつも通りに授業を受けて、マナや他の友達と遊んで、もう放課後。
マナは用事があるらしく先に帰る事に。


「じゃあコノハ、あたし先に帰るからね〜。がんばって補習してね〜」

「補習じゃないって!」

「あ、明日の休み、あんたん家行くからスマブラしよっ! 二人プレイで亜空の使者ぶっ通しな!」

「スマブラ好きねぇ」

「だって皆に会えるんだもーん。コノハだって大好きなクセに。じゃあコノハ、また明日〜!」


好き勝手話して、手を振り走り去ってしまった。
時々鬱陶しいあの賑やかさには何度も救われた記憶がある。
落ち込んだ時、悲しい時、いつもマナが側に居て励ましてくれた。
楽しい時、嬉しい時、いつも一緒に騒いでくれた。
だめだ、お婆ちゃんが死んでから、どうも感傷的になっちゃってるな。
……そう思って気分を払おうと息を吐いた瞬間、教科書で頭を叩かれる。


「いった!!」

「何ボサっとしてるんだ、さっさと仕事済ますぞコノハ」

「何すんのケンジ!」

「お前が図書室に来ないからだろ。帰りゲーセン行くから奢れよ」

「何ソレ!」


1年くらい前に転入して来たケンジ。
こんな奴だけど、それなりにいい男で人気がある。
同じ図書委員になってから係の仕事で一緒に居るうちに仲良くなった。
ゲームも好きでたまに一緒にゲーセンに寄ったり、家でゲームしたりする。


「マリオカートやるの? だったらウチにマリオカートWiiがあるから、そっちで…」

「ゲーセンに行く」

「お金かかるじゃん!」


我が強いと言うか、こうと決めたら押し通してしまう部分があるケンジに、疲れる事も多い。
彼に憧れてる女子からは羨ましがられるけど、そんなもんじゃないんだ……。
いや、そりゃあ一緒に居て楽しいんだけどさ。

図書室の本をバーコード管理に変える為に古い本を整理する。
その最中、ふとテーブルの向かい側に座るケンジの揺れる髪が面白くて、ふざけて触ってみた。
少しハネた短髪は結構男らしい気もする。


×  


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