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ゲームや漫画で見る中世西洋風ファンタジー世界にあるような大きな街並み。
その中心にはこれも中世西洋風ファンタジー世界にあるような大きな城の姿。
街にも、城にも、緑や草木が溢れ返っている。
しかし決して廃墟のような溢れ方ではなく、上手く自然と人工物が調和していた。


「おーい、ヨリ! こんな所に居たのか」


明るい声ではしゃぎながら、速足で歩く赤い髪の少年。
世界観によく合った格好をしたロイだ。
コノハがこの光景を見られていたら、ゲームと同じ格好だ! と内心で興奮した事だろう。
そんなロイの後を同じく速足で追うのはマルス。
彼もまた世界観に合った……謂わばスマブラと同じ格好をしている。


「ロイ、女王陛下に対しての口の利き方ってものがあるだろ!」


窘めるような口調に答えたのはロイではない。
ロイとマルスの向かう先、見晴らしの良いバルコニーに一人の女性。


「私は気にしないわ、今は人目も無いから大丈夫よ。自然に接して」


“見目麗しい”とは彼女の為に作られた言葉ではないか。
誰もがそう思ってしまう美貌の女王がそこに居た。

長い黒髪は絹糸のよう。
白い陶器のような素肌は一指触れれば虜となってしまう。
凛とした立ち姿の中にもどこか愛嬌があって。


「全く女王陛下はロイに甘いですねえ」


ヨリの隣に居たのはリンク。
彼もまたコノハに言わせれば“ゲームと同じ格好”となる。


「あらリンク、あなただってプライベートや人目の無い所では、普通に接して構わないわよ」

「……そんな事を言っていると知れたらまた姉君に叱られますよ」


国民から熱狂的な支持を受ける、リグァン王国の女王・ヨリ。
美しくも愛らしい姿から、女王となった今でも“ヨリ姫様”と呼ばれ親しまれている。

その実態は、本当の女王である姉の影武者。
それを知るのは王族以外には、彼らリンク・ロイ・マルスと、もう一人の側近守護戦士であるアイク、その他ごく一部の臣下、ヨリと親しくしている精霊・ピカチュウとカービィ、ルカリオ、そして神のカムイくらいのもの。
他の臣民達にとってはヨリこそが女王で、姉の存在は知られていない。

側まで駆け寄って来たロイがヨリの隣に並び、城下に広がる街並みを眺める。


「んー、本日もリグァン王国は平和です、っと!」

「ええ、良い事ね。これからもずっと、こんな日々が続けば良いのに……」


生まれた時から課せられた影武者の使命。
拒否権などヨリには無かったが、だからこそこんなに良い臣下、友人に恵まれた。
今となってはこの運命に感謝すらしたいと思っている。

すぐに追い付いて来たマルスが少し不安そうな表情を浮かべた。


「しかし最近、フェガロという男率いる団体が怪しい動きをしているようです。我が国を狙っているとの情報も……」

「ったくマルスなあ、ヨリは休憩中だぞ? 今そんな話すんなって」

「こういう話は情報を得たら早めにご報告するべきじゃないか」

「いいのよロイ、マルスの言う通りだから。だけど気遣ってくれてありがとう」

「ん」

「マルスも有難う、お姉様に相談してみるわ」

「はい。騎士団も調査中です、何かあればお申し付け下さい」


ヨリはそのフェガロという男について一つ懸念があった。
以前、王城で侵入者騒ぎが起こった事がある。
追い詰めた筈だったのに何故か取り逃がしてしまい、今も密かに水面下で調査が行われているのだ。
あの時の侵入者がもし、そのフェガロという男……またはその関係者だったとしたら。


「(この国の秘密を、知られてしまったかもしれない)」


あれは決して知られてはいけない。
その秘密の事をヨリは良く思っておらず、何度も姉にやめるよう進言した。
しかし姉が耳を貸してくれる事は無く、今も変わらず続けられている。
その秘密こそが女王の影武者を必要とする理由なので、保身の目的で中止を唱えていると思われているのかもしれない。
もう一度 お姉様と話し合ってみよう……そう考えていると隣からリンクの優しい声。


「ヨリ? 大丈夫か」

「え」

「顔色が良くない」

「少し、良くない想像をしてしまっただけ。大丈夫よ」

「心配すんなって! オレ達がヨリを守るからさ!」

「ロイの言う通りです。あなたを守る為に僕達が居るのです。どうぞ頼って下さい」


心配し、身を守ってくれる守護戦士達。
頼もしい部下であり、信頼できる友人でもある彼ら。


「……ありがとう、リンク、ロイ、マルス」

「ヨリーーーーッ!!」


突然 割り込んでくるもう一つの声。
そちらに目を向ければバルコニーの下から黄色い塊が飛び上がって来た。
身構えるまでもない、彼はヨリの大切な友人の一人。
ヨリはその小さな体をすっぽりと受け止める。


「ピカチュウ! お帰りなさい」

「ただいまー! 何の話してたのさ? 楽しい話ならボクもまぜて欲しいんだけど」

「残念だけど、そんな話じゃなかったわ」

「そっか」

「アイクは一緒ではないの?」

「一緒に帰って来たよ。だけどさすがにあいつまで上階のバルコニーに飛び乗る訳にいかないじゃん?」

「ふふ……そうね」

「なぁに? ヨリってばすぐにアイクの事。もしかして好きなの?」

「え!? その、彼は大事な友人の一人なのだし……」

「えー? 怪しいなァ」


色恋沙汰に免疫の無いヨリは、この程度の話題で頬を薄く染めている。
そんな愛らしい様子に周囲の誰もが癒やされ笑みを浮かべた。
ある意味で才能とも言える容姿と人柄は、女王としても有力な武器の一つ。
それを計算でなく自然とやっているのだから、影武者とは言え素質は備えているのだろう。

やがてアイクがバルコニーにやって来た。
彼もまたリンク達と同じく“ゲームと同じ格好”だ。


「ここに居たのかヨリ」

「お帰りなさいアイク。ちょっと休憩していたの」

「休憩ならどこかに座って茶でも飲んだらどうだ」

「ありがとう。でもここが良い。風を感じながら城下を見渡せるから」


ヨリは美しい自然溢れる、そしてその自然と調和して人が存在するこの国が好きだ。
幼い頃は、拒否権の無い影武者の運命に理不尽だと泣いた事もあったが、この緑豊かな王国を守れるのであれば構わないと、今では思っている。
守るべき民が、そして大切な友人達が暮らすリグァン王国を守りたい。


「私はこの国が好き。だからこそお姉様には、一緒に別の方法を模索して頂きたいのに」

「ヨリ……」

「……今までこの国があれで保っていた事を考えると、私の我が儘なのかしら」


しかし万一あの秘密が明るみに出れば……この国は終わるだろう。
そしてそれが既に、知られてはいけない者に知られているのかもしれない。
その事を考えるとヨリの心臓は息苦しさを感じるほど痛む。


「(何か……良くない事が起こりそう)」


その予感が当たる事を、ヨリはまだ知らない。


  


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