22-1



奇跡はなかなか起きないからこそ奇跡で、有り得ないからこそ奇跡だとも思う。
現に“彼女”に奇跡は起きなかった……けれど、彼らにとっては奇跡だった。


「……ルキナ、それ、本当?」

「はい。私はコノハさんとはあれが初対面でしたが……信じたいです」


コノハ達に逃がされたルキナとカービィはマルスに連絡してコンタクトを試みた。
ただならぬ緊迫した様子に戒厳令も顧みずこっそりと迎えに来てくれ、ルキナとカービィはマルスの住む家へ辿り着く事が出来た。
何やら話し合おうとしていたらしく、マルスの家にはロイとリンクの姿も。

そこで彼らにルキナの口から語られたのは、コノハが生きているという事実。
正確には既に死んでしまっているが、アンドロイドに精神が移っていると。
にわかには信じ難い話だがルキナはこんな嘘を吐くような人ではないし、いくら今の自分達とは無関係とはいえ、かつて滅んだ王国の守護戦士の生まれ変わりと分かった今となっては無視できない。
コノハは前世の自分が守っていた王妹殿下の孫だ。

そして何より、大事な友人の一人。
ロイが一も二も無く立ち上がる。


「行こう、ノースエリアへ! コノハはレジスタンスと行動は共にしてないんだろ?」

「ええ。むしろ鉢合わせないように逃げ回っています」

「でも行って僕達に何か出来るんだろうか。もちろんコノハの力にはなりたいけど」


マルスが不安そうな表情で言った。
ルキナの話では警備会社の元社員や政府の補佐官が味方に付いているらしい。
きっと戦闘慣れしているであろう彼らと一緒に居ても出来る事は少ないのではないか。
下手をすると足手纏いになってしまう可能性もある。
唯一、警備員を目指しているリンクならば戦えるが、マルスとロイはただの学生。


「コノハの危険が増してしまうなら、行かない方が良いんじゃ……」

「……それは、そうかもしれないけどさ……」


もちろんコノハに会う為ノースエリアへ向かいたい気持ちは全員一緒だ。
しかしマルスの言い分も尤もな為に誰もが押し黙ってしまう。
せめて前世だったという……守護戦士としての力さえあれば。

その時、カービィが上を見た。
視線の先には当然 部屋の天井しか無い訳だが、彼にはその先が見えているかのようで。
少し考えてからマルス達に告げる。


「ねえ。コノハねえちゃんのために戦いたい?」

「当然だ。だけど俺ならともかく、ロイとマルスは危険すぎるんじゃ……」

「力が欲しいならもらえるかもしれないよ。もらうっていうか、昔の力を思い出すの」


その提案に全員が光明を見出した。
しかし一体どうやって昔の力を思い出すと言うのだろう。
昔、とは当然マルス達が守護戦士だった前世の頃の力なのだろうが……。


「力が手に入ったらきっと戦うしかなくなる。今までの日常を捨てる覚悟はあるかって、カムイさまが」

「カムイ様?」


カムイを知らないマルス達にカービィが簡潔に説明する。
いわゆる神と呼ばれるヒトで、そのヒトの力で5000年前の者達が現代にやって来られたり、カービィがエイネだったように姿を変えられるようになったらしい。

今までの日常を捨てる……コノハを助けられるのならすぐにでも頷きたいが、迷いが出る。
普通に生を受けて普通に生活していた。平和で平凡な生だった。
警備員になる為に勉強や特訓をしていたリンクだって、こんな戦いに身を置く事は考えていなかった。
まして5000年前から因縁が続く王国に関した戦いなんて。
今までの生活を一変させた上、厳しい中にその身を置く必要が出て来るかもしれない。
口で言うのも想像するのも簡単だが、実行となると途轍も無い勇気が要る。

コノハを助けたい。力になれるなら力になってあげたい。
だが今までの生活を捨てて全く別の世界へ飛び込むなんて……。


『私としてはコノハさんを助けて頂きたいです』

「えっ?」


突然、その場に居る誰のものでもない声が聞こえて来た。
驚いて辺りを見回す一行だが、カービィだけがただ一点、天井を……その先にある空を見つめている。


「これ、カムイさまの声だよ」

「これが……」

『お久し振り……いいえ、初めましてでしょうね』

「は、はあ」


マリオ達のように時を超えた訳ではないマルス達とは、正真正銘の初対面だ。
どうやら神には、強大な力を極力使ってはならない、世界と運命に極力関与してはならないという掟があるようで、今までは時を超えた者達や生まれ変わりの存在を感知しつつもコンタクトを取れないでいたらしい。
2週間以上前にこっそりコノハと会ったそうだが、なぜか今は会えなくて不思議に思っていたと。


『コノハさんの魂がどこにも無いんです。もしやと思ったのですが……悪い予感が当たってしまったようですね』

「……」

『私はヨリさんに引き続き、コノハさんまで失ってしまった……』


もうこれ以上 黙っている事は出来ない。
掟がある為に全面的な協力やサポートは出来ないが、行動する為の力を貸す事なら出来ると。
カムイは迷っているマルス達を後押しする為にある一つの事実を告げた。


『あなた方はきっと、今までの生活を捨てて新しい世界へ足を踏み入れる事を恐れているのですね』

「まあ……」

『無理も無いとは思います。けれど実は、それは既にコノハさんが行っている事なんですよ』

「え?」

『彼女はこことは違う別の世界から、強制的に送り込まれたのです』


その言葉にマルス達は勿論、あまり反応を見せなかったカービィまでも驚いたように目を見開く。

カムイは話した。
コノハが異世界からやって来た事、そこはこの世界とは歴史も文化も何もかも違う事。
彼女は5ヶ月近く前にやって来てからずっと異世界での生活を頑張っていた事。


『コノハさんの居た世界では土の地面も植物も、一般人が普通に触れる事が出来ます』

「あ……確かコノハ、他所のポリスから来て、そこには土の地面も植物も普通にあるって言ってた……」

『異世界から来ただなどと言えないので、方便を使ったようですね』


彼女はずっと孤独に戦っていた。
自分と同じ感覚の人などまず存在しない世界で、故郷や家族等の拠り所も存在せず。
それどころか自身の存在さえ危うい異世界で……ずっと戦っていた。
強制的に足を踏み入れさせられた別世界で、理不尽に耐えながらずっと。

きっとこんな戦いに身を置く事は考えていなかっただろう。
まして5000年前から因縁が続く王国に関した戦いなんて。
今までの生活を一変させた上、厳しい中にその身を置いた。
口で言うのも想像するのも簡単だが、実行となると途轍も無い勇気が要る。
そして彼女はそれを選択権も無く強制的に実行させられた。

それでもコノハは懸命に生きていた。
そんな理不尽に巻き込まれた様子など、事情を知らない者には微塵も見せず、笑顔を浮かべて。


「……なんだよ。強いな、コノハ」


リンクがぽつりと呟いた。

何の戦闘能力も特殊能力も無く、特別に美少女という訳でもない彼女は。
その胸の中に勇気と強い心を秘めていた。


「戦おう、俺達も」


続けたリンクの言葉に、その場の誰もが頷く。
コノハだけにそんな理不尽と苦労を背負わせたりはしない。
助けになれるのなら自分達も背負う。


『心は決まりましたね。……ありがとうございます。僕が何も出来ないばかりに……』

「気にすんなって、オレ達だってコノハの力になりたいんだから!」

「ロイ、相手は神様なんだから口の利き方ってものがあるだろ」

『僕は気にしませんよ。自然に接して下さって構いません』


声はクスクス笑っているので本当に気にしていなさそうだ。
しかしその笑いをすぐに止めるとカムイは真剣な声で。


『では、あなた方の前世の力を呼び戻します。副作用で記憶も流れ込んで来る可能性がありますが……』

「分かりました。お願いします」


マルスの言葉の後、少しだけ沈黙が辺りを覆う。
しかし直後、上方から差し込んだ光の柱が3本、それぞれマルス、ロイ、リンクを直撃した。


「うわぁっ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」


心配するルキナの声にも反応できない。
次々と流れ込んで来る情報の中に、知らない筈の景色が混ざっていた。

……いや、“知っていた”筈の景色だ。


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