彼の特技は稚児の真似

(#9後、シオンとネズミ ※ほぼパロディ)



ネズミという人物を初めて見た時の感想は、正直に言うと一瞬人間だとは思えなかったというものだ。


何せその整い過ぎた目鼻立ちも特異な色の瞳も、全てがつくりものの如くであって、その真っ白な肌の下には普通の人間と同じように血球やら血漿やらが流れているとは思えなかったからだ。

その薄皮の下に筋肉があり脂肪があり、幾本もの神経やら血管やらが蜘蛛の糸みたいに張り巡らされているとは、とても思えなかった。
人体模型を見たことがあるか?あれと同じものが、滑らかな白を一枚剥いだその中に詰まっているだなんて、まるで全然、思えなかったのだよ。


それがおれの、ネズミという人物に対する第一印象だった。
此方を振り向いてぱちりと長い睫を揺らして瞬きをされた時には、危うく腰を抜かすかと思ったね。勿論、これは悪い意味で言ってる訳じゃない。


「なら、何か?あんたは最初、おれを一体何だと思ったわけ」


「だから、悪い意味じゃないって言ったろ。何ていうかマネキン人形とか、彫刻とか、あとは最近映画で流行ったアンドロイド‥いやガイノイドかな?兎に角、そういうのに近い印象だった」


「‥‥」


む、と灰色の瞳を細めて僅かに眉を寄せた彼に、ああしまった不機嫌にさせてしまった?とおれはひやりとするのだった。

いくら背伸びをしてみせたところで、所詮12の子供に過ぎないおれが紡げる言葉なんか、幼稚で気の利かないものばかりだ。
もっと喋りたいと喚く心臓が先走るから、呂律が回らなかったり支離滅裂になってしまう事もしょっちゅうあるし、全然彼を楽しませてやれない。それどころか、呆れられてしまう事が多いように感じる。


もっと沢山本を読んで、早く彼と対等に話が出来るようになりたい。おれはテーブルの下で拳を握る。例えばそう、おれは彼と、何気無い言葉遊びなんかをやってみたいのだ。
おれを拾ってくれた父親が、よく彼とそうしているように。


「‥ごめん、ネズミ。怒った?」


「‥いいや、シオン。別に怒ってなんかいないさ。ただ、これはまた新しい渾名を戴いたなと思っただけ」


「え?」


「ペテン師だの女狐だの、悪魔だのは言われた事があるけどな。人造人間なんて言われたのは初めてだよ。表現の違いは、時代の差かね」


ふふ、と笑う向かいの彼は確かに全然怒っている様子はなく、むしろおれの事を微笑ましく思っているような、そんな柔らかな表情を浮かべていた。
その笑顔は本当に、美しくはあるのだけれど、おれはそんな顔をされた時にはいつも気が塞ぐような気分になるのである。

何故なら、今の自分がいくら努力したって決して埋める事の出来ない距離を、まざまざと見せ付けられてしまうから。


「‥‥」


「‥シオン?」


急に黙り込んで俯いたおれの名を、艶やかな声が訝しげに呼ぶ。嗚呼どうして、同じ名前の筈なのに、父を呼ぶ時の声とは全く似て非なるものに聞こえてしまうのだろう。


「‥、」


ああ、しかし、でも。

ぎゅうと拳に力を込めて、おれはばっと顔を上げた。今、彼と話しているのはおれなんだ。
もやもやして堪らない変えようのない現実も、彼が誰の物であるかなんて認めたくない事実も、今は全部蓋をしてしまって、堂々と独り占めしてやればいいじゃないか。


なぁネズミ、あんたは知らないだろうけど、おれがあんたに興味を持ったのはつい最近の事じゃない。物心付いた頃からずっと、おとぎ話みたいにあんたの話を聞いてきた。そうやって育った。父には及ばないとしても、ずっとずっと会いたいと思ってたのは、おれだって同じなのだから!


「―あのさ、ネズミ。この後、まだ時間ある?
おれ、ちょっとあんたに付き合って貰いたい場所があるんだけど。」


他でもないあんたと行きたいんだ、頼むよ。


唐突にそんな事を告げたおれに、案の定ネズミは灰色の目をぱちくりとさせて固まった。
外はもうじき夕焼け小焼け。行きたい場所だって?別にそんな予定なんか無かったけれど、どこだっていいと思う。図書館でも公園でも映画館でも。兎に角、一緒にいる時間が増えるなら、どこだって構わないのさ。


―なぁ、いいでしょう?
だって今日は、忙しいあいつも帰りが遅いって言ってたじゃない。独りでいるより、たとえ気休め程度でも、おれといた方が、いいって。


「‥‥」


おれの思惑を知ってか知らずか、ネズミはやがて僅かに頬を歪めると、何やら複雑そうな表情をするのだった。苦笑いしたいのだけれど上手く出来ない、そんな感じだ。

だけどそんな表情さえも美しく見えてしまうだから、我ながら片親の血が濃いと思うよ。
ああ、勿論これは言葉の綾であって、実際に血が繋がっているわけでは、ないのだけれどね。


「どうしたの、ネズミ。難しい顔をして。」


最近、母さんからよく忠告を受ける。忠告と言っても、おれは何も悪い事はしていないし、しようともしていないのだから一体何の忠告かは分からない。
だが、さも忠告染みた口調で母さんは言うのだ。「シオン。おまえ、頼むから、そんなところまで父親に似るんじゃないぜ」と。

それだけは勘弁してくれと、青い顔をして言うのだよ。あれって一体、どういう意味だろうね?


「‥シオン」


おれが一人で首を捻っていると、向かい側のネズミが漸く反応を見せた。

うん?とおれは瞬きをしてみせる。おれの自慢のふたつの眼。父親とよく似た色の、大きな瞳。これでじいっと見つめられる事に彼が弱いのは、もう言うまでもないだろう。


ネズミは然り気無く顔を逸らしておれの視線を受け流しながら、優雅な動きでティーカップを手にする。
そうして紅茶を一口、飲み下してから、苦そうにその唇を開くのであった。


なんだいネズミ。言っておくけれどおれは、まだ子供なだけであって、誰かさんみたいな天然でも何でもないからな。
その内すぐに、あんたが言わんとする意味も、母さんの忠告の意味も、分かるようになるさ。

確信犯かって?まさか。そんな芸当が出来るほど、おれは賢くはないよ。
だって、ほら。子供ですもの。



「シオン、あんた。‥ひょっとすると父親より、厄介かもしれないな。」


まさか12歳にナンパされるなんて思わなかった、という表情で深く溜め息を吐きそうになっている彼に、おれは胸中でにやりと笑う。
ため息だって、いくらでも吐いてしまえばいい。その分だけ隙が出来るのだから。


そら、見てくれ。ため息一つでこうも舞い上がってしまうのだ。可愛いものだろう。
こんないたいけな子供の我が儘の一つや二つ、大人のあんたは聞いてやるべきじゃないの?
ねえ、ネズミ。そういうわけで。


「構ってくれるの、くれないの。どっち?」


うん、やっぱり。

対等になるのは、もう少し後でもいいや。
あんたにとっておれは、まだいつかの稚児のままだったとしても、今は構わない。何の役だって良いんだ、同じ舞台に立てるのなら。ご所望ならば、いくらだって幼いままでいてやるとも。あんた程じゃないけれど、おれも演技は得意なんだよ。


だから今は、まだあんたにべったり甘えていても、許されるでしょう?
この特権を手放すのは、まだ少し、惜しい。


「沈黙は、『好きにしてくれ』だったっけ。決まりだね、ネズミ。」



頬を染めてにっこりと笑う。幼子の表情、おれ特技。
練習は怠らないもの、完璧でしょう。


(‥まあ。そろそろ紫苑が、黙ってちゃくれないかもしれないけれどね。)



―なぁ、ネズミ。


おれにもいつか、きっと、あんたの名前を教えておくれよ。

絶対に呼んでやるって、あんたを見た日からずっと、決めてるんだからさ。











了.

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あっごめんなさい石を投げないで‥!(^^;




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