the girl

私の王様

 「ギルガメッシュ王、藤丸です」

コンコンと律儀にノックした藤丸に手を引かれ、さっきまでいた部屋よりも随分と大きな扉の前でじっと返事を待つ。なんの反応もないことに二人で顔を見合わせる。

「王様、入りますよー」
「え、大丈夫?」
「大丈夫でしょ、ダメな時はおっきな声で返事あるから」

どきどきと緊張する透の横で、藤丸はしれっとした顔でタッチパネルに番号を入力する。ずいぶんと気安いのだなと、透はギルガメッシュと藤丸の間に成り立っている関係が己のそれよりも強固なもので結ばれている様に感じる。
プシュ、と他の部屋と同じ様な空気音を立ててスライドしたドアの奥は薄暗く、静かなモーター音が響くのみである。躊躇なく部屋の奥に踏み入る藤丸の度胸に驚きながら、よく分からない機械がたくさんある部屋を見回す。いくつものモニターが光っていたが、人の影はない。

けれど紛れもなく彼の気配がする。私の唯一絶対の主がそこにいると、細胞の全てがざわめくように伝えてくる。導かれるように何に使うのかも分からない大きな機械の間をすり抜けた先に、見知った金の髪が見えた。頬杖をつくように腕を組んだ姿勢のまま、静かな寝息を立てる男の顔にはうっすらと隈が浮かんでいる。射抜くような鋭い紅玉の瞳は、今は瞼に覆われて見えなかった。

「おうさま…」

懐かしい、そう思った。
ギルガメッシュの宝具の中に取り込まれたあの時から、ずっと彼の側にいたはずだがこうして肉体を持ってギルガメッシュと向き合ったことはない。あれからどれだけの時間が経ったのか、透には知る術はない。ただただ懐かし顔に、気づけばそっと腕が伸びていた。見覚えのない衣服と言うには些か露出の多い布から剥き出しになった腕に触れる。指先に感じるしっとりとした肌は温かく、筋肉質な硬い感触はやはりあの王のものだ。

「やっぱりなぁ・・・もう、ちゃんと部屋で寝てくださいよ。ギルガメッシュ王、起きてくださーい」

藤丸が未だ目を開けないギルガメッシュの肩に手を伸ばすと、その手が触れる前にぱちりと赤い目が開いた。剣呑に顔を上げたギルガメッシュは藤丸の顔に目を止めると、一つ大きな欠伸をした。

「騒ぐな雑種・・・今は何時だ」
「もう夕方ですよ。徹夜はほどほどにしてくださいよ、みんな心配します」
「戯け。そもそも人手不足を補うためのシステム改良だ、我が休めば困るのは貴様ら雑種よ」
「それはありがたいですけど・・・ってそうだ、透さんがギルガメッシュ王のこと探してたんですよ」

藤丸の言葉でやっと透に視線を向けたギルガメッシュと目が合う。蛇のような美しい紅の瞳に見据えられると背筋がぴくりと緊張する。怜悧で美しい顔は透と共に過ごしたギルガメッシュのものに違いないのに、言葉にできない違和感が駆け巡りそっと触れていた腕から手を離す。

この人は誰なんだろう。

「えっと…お知り合い、なんですよ、ね?」
「知り合いなど王にはおらん。こやつは我のものだ」

透が戸惑っていることなどお構いなしに、ギルガメッシュの金色に輝く籠手のついた手で腰を引き寄せられた。逃れることもできずに剥き出しの胸板に倒れ込むように手をつくと、耳元で小さく「黙っていろ」と囁かれた。

「え?え!恋人って事ですか?」
「恋人も王にはおらんわ、たわけめ。此奴は我のものに違いないゆえ、貴様の気にすることではない」

相手を竦み上がらせるような冷え冷えとした一瞥を藤丸に向けたギルガメッシュは、そのまま引き寄せた透の首筋から髪を一束掬い上げる。藤丸に見せつけるようにその髪を口元に近づけ、にやりと笑う。

「して…いつまで見ているつもりだ、雑種? 」
「えっ?…あっ!!ごめんなさいっ失礼します!ギルガメッシュ王ー!今日はちゃんと自室で休んでくださいね!」

透はギルガメッシュの胸板に頬を寄せたまま、慌てた様子で部屋を出ていく藤丸の背中を見送る。プシュっと音を立てて扉が閉まると、ふん、と彼が鼻で笑う音がした。恐る恐る体を起こしてギルガメッシュ王のそばから離れようとするが、先ほどよりも強い力で腕を引かれ彼の胸に逆戻りしてしまう。

「あやつに何か話したか?」
「なにも…話していません。ここが何処かと言うことと、王様を…ギルガメッシュ王がいないか尋ねただけです」
「なら良い。今後も貴様の出生や、冬木の地で行われた聖杯戦争については喋るな。そもそも勝手に部屋から出るなど、貴様も大胆よな…もう少し魔術師らしく慎重に行動するものかと思っておったわ」
「それは、起きたら一人で…どこからか王様の気配はするのに、姿がないから不思議で…」
「…シヴァの改良に熱が入りすぎて貴様を宝物庫から出したことを我も暫し忘れておったからな。それにしても人間をあそこに入れたのは初めてだったはずだが案外上手くいくものだな、不調はないか」

ギルガメッシュと同じ顔で、同じ魔力の気配がするのに、この王は私の王とどこか違う。王様はこんなに饒舌に話してくれないし、過去を顧みるようなことも言わない。あの紅い瞳の奥に滲ませる、激しい炎のような激情が、この王には感じられないのだ。
どこがどう違うのか、明確には断言できない透はただただ目の前に顕現しているギルガメッシュを眺めてしまう。そんな視線を意にも留めず、ギルガメッシュは透の頬を片手で掴むと好き勝手に動かしてみたり、魔力のパスを確認するように掌から魔力を流してみたりと、一通り確認作業を行っているようだ。

「貴様も今はエーテルの身だ。我の魔力が尽きれば消えることになるゆえ、あまり離れ過ぎぬようにせよ」

英霊である彼と同じ身だということはなんとなく分かってはいたが、五感も、身体の感覚も、以前と何も変わらないように感じる。それでも、この身に流れるものは血液というよりは彼の有り余る魔力であることは確かに感じることができた。それがあるから透にはギルガメッシュの存在がどこにいてもぼんやりと感じ取ることができるのだろう。

「あの、貴方は誰なんですか」
「おかしなことを。古代ウルクを治める、人類最初の王ギルガメッシュ。他に誰に見える」

笑いながら質問に答える王は、記憶の通りの容姿をしている。癖のない黄金色の髪、滑らかな白い肌に射抜くような紅い瞳。美しい顔に浮かぶ、怜悧な表情はギルガメッシュ王以外の誰でもない。

それでもやっぱり、この王は私の王ではないのだと何故か思うのだ。
あの小さな部屋で共に暮らした、私だけの王様はどこにいるのだろうか。