貴方のための銀の牙

光を真似て

「ねぇ、これなんて返したらいいと思う?」
「えー…」

登校するなり友人に捕まり携帯電話の画面を見せられる。

『昨日は楽しかった 次は二人で出かけない?』

「行く、じゃだめなの?」
「そんなんじゃがっついているって思われるかも」
「じゃあ、みんなと行こう」
「それだと気がないって思われてもう誘ってくれないかも」

女の子って難しいな、とこういう時とても困る。彼女たちの夢中になっている恋愛は駆け引きがどれもとても高等な思考の読み合いで、私にとっては魔術よりよっぽど難解だ。

「私あまり役に立たないと思う…」
「透は男の子の扱いうまいじゃん、黙っててもそれなりのイケメンが寄ってくるし」
「それ、とても誤解だよ…彼氏いないことも知ってるでしょ…」
「いいから、返事を考えて!1限目までに送りたいから!」

必死になって画面の中に何度も文字を消したり書いたりする彼女の目はきらきらと輝いていて眩しいくらいだ。
予鈴が鳴って焦りだす彼女の携帯を隣で覗きながら、羨ましいなとふと思う。

「大丈夫だよ、素直に返事すればきっとうまくいくよ」
「…ほんとにそう思う?」
「うん、大丈夫!」
「透、ありがとう!」

にっこりとお礼を言って席に戻る友人の背中を見送って、あんな風になりたいと背中で揺れる髪をじっと目で追ってしまう。
人を羨んでも仕方がないのは重々承知しているけれど、それでも異性に心をときめかせてメッセージの一文でうんうん悩むような熱量を他人に向けることが愛おしく、心の底から羨ましかった。

私もあんなふうに誰かを思って、思われるような心のやりとりをしてみたかった。

でも魔術師は人ではないからこの望みは思ったよりも難しいようだ。世界をありのまま受け入れて愛していけたならそれが一番だと思うのだけれど、それを実現するためには人でいようとする心が軋んでいく。死が、不条理が、運命が、どこまでも幸福と安寧から私を遠ざけようとする。それもこれも選んだ私の責任なのだろう。
魔術師になってしまった私が今更人になりたいと願うことはもしかすると、みんなが求めているあの聖杯を使わないと叶わない望みだったのかも。
王様に望みを聞かれた時、恋がしてみたいと言ったらなんと罵倒されていたのだろう。
そこまで考えた時に本鈴のチャイムが鳴った。



「遅かったではないか」
「王様…さてはこたつから一歩も出てはいないのではないですか」

学校が終わって部屋に帰ると、寒さに耐えかねて導入したこたつで相変わらず高貴さを振りまく王様が暖を取っていた。顔のいい外国人にこたつという日本文化を掛け合わせるとなんとも言えない図が出来上がるものだ。体を半分おこたに持っていかれた王様は威厳が半減していつもよりは怖くない。
大型インテリアショップで格安で購入したこたつを押入れから出し、組み立てている時は何をやっているんだと訝しんでいた王様は、まさか貴様の小屋か?と失礼なことを言っていたけど電源を入れてしまえばおこたの魔力に取り憑かれてしまったようだ。
ソファを壁側に寄せてラグの上でこたつで寛げるようにした時はすごい顔で我に床に座らせるのか、とあの金色の輪を出現させられたけれど一度使って嫌なら捨てていいと言ってなんとかおこたに入ってもらうと、そこからはネイティブジャパニーズのようだ。

「あれ、こたつ布団変えたんですか」
「あのもっさりした布は捨てた。我は豪勢なものを好むゆえな」
赤地に金糸の刺繍が美しいお布団と呼ぶには装飾的な布は一体どこから取り寄せたのだろう。まさかこれもあの剣やお酒と一緒にあの金色の輪に入っていたんだろうか。
「高そう…」
手触のいい布を指先で撫でながら王様とは直角にこたつへ入ろうとすると温もりに到達する前に長い脚に阻まれる。
「貴様は入るな、狭いではないか…さっさと夕飯を作ってこい」
「独り占めしないで下さい…あ、足やめて」
「王の上に足を置くでない!身分を弁えんか」
もぞもぞと王様の足の隙間を掻い潜って温い中心に爪先を伸ばすと邪魔だと言うように王様から攻撃が飛んでくる。
こたつの中で足だけの地味な闘いを繰り広げ、結局負けた私は早々にこたつから追い出されてしまった。

外から帰ってきて寒いのは私の方なのに録に暖まらせてももらえずに渋々キッチンへと向かう。

王様はあれからも何事もなかったかのようにこの部屋にやって来て過ごしている。私のことを愚かだと散々貶して興味が失せたかと思っていたのだが、まだ私は彼の興味の対象のようだった。
時々あの冷えた赤い目を瞼の裏に思い出す。
あれがきっと生前の彼の民を見ていた目なのだろう。他者を圧倒し屈服させる怜悧な瞳に私はどう映ったのだろうか。

簡単に夕飯を作ってテーブルに並べる。凝ったものは作れないので毎日似たような物ばかりだけれど、王様は食べ物に関してはあまり文句も言わないし、食べ残したりするような事はない。女子高生の作る夕食にそもそも最初から期待などしていないのだろう。それでも食事を共にしてくれる事は、私にとって彼との生活の中の数少ない大切な時間だった。

「王様、ご飯できましたけど食べますか?」
「あぁ…」
「…出れます?」
「王を見縊るでないわ」

眉間に皺を寄せながらダイニングテーブルにやって来た王様の向かいに座って「いただきます」と手を合わせる。今日は鶏肉に市販のスパイスを掛けて焼いただけだが思ったより本格的にハーブの香りがして美味しい。王様は和食も嫌いではなさそうだったけれど、少しスパイスの効いた料理の方が好きなようだった。麻婆豆腐を作った時は食べ始めるまでに少し間があった気がするので、もしかすると中華は食べ慣れないのかもしれない。

「皮までパリパリに焼けてよかった」
「まぁまぁだな。して、今日もその足りぬ頭に少しは中身を入れて来たのか?」
器用にお箸を使う王様はもくもくと食事を続けながらも時折その赤い眼に私を映す。
「ちゃんと中身入ってます」
「ほう、そう言うのならば行動で証明してみせよ」

「…そんなに私は馬鹿でしょうか」
「我は貴様を馬鹿と言った事はないであろうが…問題はその甘ったれの判断力よ」

ぬるい、と言われた路地裏を思い出す。目の前に降って来た長剣は、瞬きよりも早く生命を奪って行った。やはり、もう一度話すべきなのだろうか。自身の考えを曲げる気など更々ないであろう王様に自分の意見を言ったところで相互理解は望めない。
でもこれは私が起こした、私が決着をつけるべき問題だ。
王様が全員殺してしまったとしても、それは一つの決着だろう、でもそれは私の描いた結末ではない。

「王様からしたら私は甘ったれでしょうけど、ぬるい私のやり方を通させてはくれませんか。。次は私がちゃんと終わらせます。だから手を出さないで下さい」

お願いしますと赤い双眼から眼を逸らさずに頼むと数秒の沈黙の後に王様はつまらなさそうにフンと鼻を鳴らした。

「好きにするが良い…泣いて頼んでも我は力を貸さんぞ」
「ありがとうございます。もう2度も助けていただきました…次は一人でやります」
「助けてなどいない、貴様が勝手に命拾いしただけであろう」

そう。きっと彼は私を助けたのではないのだ。彼が私を生かしておきたい理由には、知らないふりをして善意と好意で助けてくれた事にする。結果は一つだけれど、そこに至った理由は分からないのだから私の一番そうであって欲しい理由を無理やり当て嵌めておこう。

思考の読み合いと本心を隠す私と王様のゲームは最初から終わりが見えている。
結局何をやっても私はこの絶対的強者である王様に勝てないのだから。