並行飛行

九月になってもまだまだ夏の気配が薄れることはなかった。競い合うように鳴く蝉の声も、日中の茹だるような暑さも夏休みとなにも変わらないと言うのに、専門学校の講義が再開され、なまえも大学の語学研修だと海外に飛び立って行った。
 それと入れ違いのようにふらりと実家に帰ってきた侑は、あまりもにいつも通りだった。母がなまえのことを話題にしたが、侑は特に気にした様子もなく澱みなく返事をしていた。片割れをよく知る身としては、本当に円満に別れたつもりなのだろうと察せられた。落ち込むこともなく、ましてや未練があることもないのだろう。侑はバレーボールの話と、午前中に担当している総務部の仕事内容について夕食の席で喋り続けていた。
 俺はその様子に安心してしまった。なまえが落ち込んでいたと言うのに、侑がよりを戻すなどと言い出すことはないと分かると良かったと思ってしまった。そう思ってしまったことに動揺する。
 
 なまえと侑の関係が切れたことを再確認して安心するほどに、俺はまだなまえに惹かれているのだ。

 やっとそのことを理解したものの、自分がどうしたいのか分からずにいる。なまえには侑が特別に見えたように、俺にとってやっぱりなまえは特別だ。傷ついていないか、困っていないか、どうしたって気になってしまう。侑と付き合っている時にはこんなふうに思わなかった。ポンコツではあるが、自身の片割れならばなまえを幸せにしてやれる、とどこかで認めていたのだろう。けれどまたひとりになった彼女のことが、何をしていても心にちらついた。
 けれどこの想いをなまえに告げると、困らせるだけのような気がして、表に出すことはできなかった。

 
「はい、これお土産」
 
 海外研修から帰国したなまえが紙袋を片手に宮家を訪ねてきたのは、十月に入ってすぐの日曜のことだった。侑との経緯を知っている母は、なまえがまた宮家に顔を見せてくれたことが嬉しかったらしく、ケーキ買うてくる!と駆け足で出て行ってしまった。俺は事前に来るという連絡をもらっていたが、母に知らせていなかったため、ひと睨みされてしまった。

「なんこれ」
「かわいいやろ? 治と侑に似てると思って2つ買ってきた」

 女子の言う可愛いの幅の広さに首を傾げながら、人を舐めた様な表情をした狐のストラップをつまみ上げる。しかも侑とお揃いだと言う。この歳できついってことを分かっててやっているんだろうか。

「……なまえ、ケータイ出して」
「いいけど、なに?」

 素直に俺の手のひらに差し出された端末のケースに貰ったばかりのストラップをくくりつける。

「あ! なにしてんの」
「ツムとお揃いとか勘弁してくれ」

 なまえの手に携帯を返すと、自分のものにも同じように狐を付ける。得意げな顔でこちらを見ている狐を指先で弾くと、なまえがかわいそう、と眉を顰めた。

「私とお揃いでええの? 彼女はおらんけど、治モテるし……」
「ええよ。なまえとお揃いで。毎日連れ歩くわ」
「ふ、ふうん」

 珍しく照れた顔をするなまえに、やっぱり可愛いな、と薄く色付いた頬を見ながら思う。けれどそれを口に出して良いのか、まだ決心がつかないまま、帰ってきた母とともになまえのはじめての海外生活の思い出に耳を傾けた。