並行飛行

コンビニ

「なまえ?」
「へ? あ、治」

 宮家の目と鼻の先にある彼女の家から出てきたばかりなのだろう、Tシャツにショートパンツというラフな姿のなまえは、ペタペタとサンダルを鳴らしながらこちらにやってきた。シャワーを浴びたのか、少し髪が湿っている。卒業式よりも何故か幼い顔に見えるのは、すっぴんだからだろうか。

「どこ行くねん、そんな格好で」
「コンビニ。お母さんがアイス買うてきてって」
「お使いか」
「うん」

 久しぶりだったが、するすると言葉が出てきた。緊張しないで話せるのは、やはりこれまで共にいた時間のおかげだろう。なまえの黒い目に電灯の灯りが反射して、水の中にいる白い魚のように見える。
 
「じゃあ、ね」

 なまえが瞬きすると、ぽちゃ、と瞳を泳ぐ白い魚が深く潜る。

「俺も行く」
「へ?」
「コンビニ。ほら、行くで」

 唐突にそう告げると、今来た道を引き返す。慌てた足取りでなまえが隣に並ぶと、歩く速度を落とす。

「治、何買うの?」
「んー、なまえがアイス言うからアイス食いたなった。あとチキンも」
「ご飯食べてへんの?」
「食った。角名分かる? あいつと焼肉行った帰りや」

 コンビニまでの道は10分もかからない。なるべくゆっくり歩きながらたわいもないことを話した。
 侑がなまえと付き合ったと聞いた時から、ずっと一定の距離を取ってきた。閉じ込めて消し去った感情を、もう二度と表に出さないように、二人の関係を見守っていたかったからだ。
 けれどもうその必要は無くなったらしい。
 それなら俺はなまえとまた前のように、思いつくままなんでも話せるような幼馴染に戻ってもいいだろうか。

「結局いっぱい買ってるやん」
「腹減ってんもん」
「焼肉食べたのに?」
「ぎょうさん食べたんやけどなぁ」
「ふふふっ、治はいつもそう。昔から食いしん坊や」
 久しぶりに聞いたなまえの喉の奥でくすくすと笑う声に、懐かしさが込み上げる。
「……治と二人で話すの久しぶり」
「まぁ、卒業してしもたしな」
「うん。せやね」
 本当は、それだけではないことは二人とも分かっていたがあえて言葉にはしなかった。侑との関係が終わったことを俺が知ってるか確かめたかったのかもしれない。
 いつのまにか帰ってきてしまっていたなまえの家の前で立ち止まる。俺を見上げるなまえの顔には柔らかな微笑みが浮かんでいる。じゃあ、となまえが手を振るのと同時にぱっと声が出た。

「なぁ、大学、夏休みやろ」
「え? うん、そうやけど……」
「ほんならこの夏は前みたいに、花火とか祭とか、行こうや」
「え、でも……」
 戸惑った様子のなまえが断る前に先手を打つ。
「独り身やし、せっかくの夏休みや。お互い幼馴染と出かけるくらいええやろ」
 別れたというところに驚いたのか、目を丸くしたなまえが、えっ!と大きな声を出す。それには答えず、ひらひらと手を振って数軒先の自宅へ向かう。
 
 幼馴染。そう、俺となまえはずっと幼馴染だ。だからーーー。
 その後に続く言葉は、自分でもよく分からなかった。