並行飛行

再会

 そんな春の決心は夏が来る頃には崩れ去っていた。専門学校に通い出し、空き時間は飲食店のバイトを詰め込んだ。侑は寮生活のため、二人で使っていた部屋は俺のものになったが、その部屋でのんびりしたのはいつが最後だろう。くたくたになった身体で、寝るためだけに帰るような生活が続いていた。
 
 彼女とは分かっていたことだがなかなか会えず、連絡を取ってもお互いの状況に共感できなくなってきていた。そんな微妙な空気感は、受験に向けて本格的に取り組むと決めた彼女によって終止符を打たれた。告白してきたときの緊張した泣きそうな彼女とは違う、落ち着いた様子で、お別れしてください、と告げられた。言わせてしまったな、と苦笑いが溢れる。ごめん、という謝罪の言葉に、彼女も困ったように笑った。元気で、ともう会わないだろう彼女を抱きしめると、それまで穏やかだった彼女の大きな目に、ぶわりと涙が出て盛り上がった。それを隠すように手を振って背を向けた彼女を追い掛けて、涙を拭ってやりたかった。でも決定的な熱が欠けた俺といても、彼女にとって良いことはないだろう。そう言い聞かせて、去っていく背中を見えなくなるまで見送っていると、ものすごく寂しくなった。
 

「いや、なに抱きしめてんの」
「え、やって最後やし。挨拶?」
「治ってそういうとこあるよね。切る時はサクッとやらないと切られる方が苦しむんだよ」

 久しぶりに会った角名と焼肉を食べながら一部始終を話すと、顔を歪めてサイテーと裏声で罵られた。大学の夏休みに合わせて会うことが出来た友人は、涼しげな顔に似合う辛口が健在だった。むしろ磨きがかかっているかもしれない。

「それで。フリーになった治はどうしてんの」
「それがな、人生で一番モテとるんよ」
「……自慢かよ」
「専門の同級生にも、バイト先の先輩にも誘われてしもてん。誘われたら、まぁ、いってまうやん?」
「ふぅん。まぁお前ら双子はそういう感じだよね」
「いや、ツムはなまえがおるやろ」
「……聞いてない? まぁ兄弟で恋バナとかしないか。侑も別れてるよ、幼馴染だっけ?」

 なまえと侑が別れた。全く聞いていない。しばらく角名に返事が出来なかった。
 別れる、なんて同世代ならよくあることだ。現に自分も振られている。両親のように結婚する、なんてまだまだ先の話であり、付き合ってもいつか終わりがやってくるものだ。喧嘩別れ、環境の変化、自然消滅、浮気。周りの友人たちの話でもよくあることだ。けれどなまえと侑は、別れないと思っていた。根拠などなにも無いのに、二人はずっと続くのだと思い込んでいたのだ。

「……おーい、戻ってきた?」
「おん。いや、ちょっとまだ飲み込めてへんけどな」
「治、あの子のこと好きだったよね」
「……幼馴染やからな」

 角名は残り少なくなった炭酸水を飲み干すと、タッチパネルから追加注文をオーダーする。

「いつだっけ、すごい寒い日の体育館でみょうじさん連れて戻ってきた治の顔、俺なんでか覚える。あの顔みた時、あーそうなんだーって思った」
「ようそんな前のこと覚えとるな」
「侑も知らないよね」
「知らん。まぁ、でも、もう終わったことや。角名、俺も肉追加する」

 何かを問いかけてくる角名の目から逃げるように、メニューを眺める。現役を退いてもなお、俺の腹は貪欲でいつも何かを求めている。
 そのあとは角名の通う大学の話や、俺の専門の話だけで、侑となまえの話題はでなかった。また会う約束をして角名と別れて一人になると、なまえの顔が浮かんだ。電車に揺られながら、彼女と最後に交わしたメール画面を開く。卒業式の少し前のものだ。治もがんばって、と進路を応援する内容だった。そこから連絡は取っていない。文字盤の上で指を動かしてみるも、なんと言えばいいのか分からなかった。何か伝えたいことがあるように思うけれど、自分でもうまく言葉にできなくて、最寄駅に到着したアナウンスが聞こえると携帯を閉じた。
 なまえは大丈夫だろうか。傷ついていないだろうか。やっぱり一言でも連絡してみようか、などとつらつら考えているうちに家が見えてきた。暑さがひかない夏の夜、ふわりと柔らかな風が吹く。知ってる匂い、と思ったのと同時に視界によく知る顔が映った。