並行飛行

「治先輩、卒業おめでとうございますっ……うっ、ひっく」
「ありがとぉ。ちょお泣きすぎちゃう?」

 大きな目に大粒の涙を浮かべた彼女からの祝いの言葉に苦笑いを浮かべる。散り始めた桜の花弁が舞うなか、稲荷崎高校のグラウンドは卒業式を終えたばかりの3年生や、見送りに来た後輩達、着飾った保護者たちで溢れていた。
 
 3年間の高校生活は今日をもって最後だ。バレーボールは高校までと決めていたから、限られた時間だからこそ最後の春高が終わるまで本当に部活に一色の生活だった。あまりかまってやれなかったが、一つ年下の彼女とは大きな喧嘩もなく穏やかに続いていた。しかし学校に行けば会える日々は今日までだ。4 月から専門学校へ通う俺と、高校3年生になる彼女とは、大袈裟ではなく違う世界を生きることになる。
 付き合った当時の彼女への投げやりな気持ちはなくなり、胸が苦しくなるような熱は感じなくとも大切な人にかわりなかった。

「サムー! バレー部で写真撮るでー!」
 
 涙を拭った彼女と写真を撮っていると、騒がしい声が聞こえてきた。
「あー、ツムやな」
「行ってきてください」
「……一緒に来る?」
「きっと同級生だけの方がええですよ」
「遠慮せんでええのに……ほな後で連絡する」
 
 目尻を赤くしたまま手を振る彼女と別れ、人垣に囲まれた一際目立つ金髪を目指して人波を縫うように歩く。大勢の同級生や、下級生に写真を求められる姿を見ていると、これから侑が進む未来が見えた気がした。実業団のある企業へと就職する侑は、この先、今以上に人目につく華やかな存在になるだろう。バレーボールというスポーツに魅せられた男に、これからは世界が魅せられる番だ。
 その隣に自分がいる選択もあったのかもしれない。

「あ、サム! やっと来た!」

 笑顔でこちらに手招きする侑をしばらく無言で見つめる。バレーでは勝てなかった。好きな女も無自覚に掻っ攫っていった。それでも憎めはしない。片割れとはそういうものだろう。

「主役は遅れて登場するもんや」
「かっこつけんなや! あっ!! なまえや!」

 双子が揃ったことで、向けられるカメラの数が増えた気がする。こちらの許可などお構いなしにパシャパシャ撮られているところへ、侑がなまえを引っ張り込む。急な展開に目に見えてあたふたと慌てるなまえを俺たちの真ん中に立たせると、侑は自分の携帯を周りの女子生徒へ渡し写真を撮るように頼んだ。
 
「へっ、えっ、写真
「おん! 3人で撮ろうや」
「えっえっえ」
「はーい撮るよー!」

 なまえが落ち着く間もなく、パシャ、とカメラの音が鳴る。もう一枚、という侑の声に今度はなまえもピースと笑顔を作れていた。少し屈んでなまえと顔の高さを近づけると、侑が腕を組んできた。男の腕に引かれるまま、ぎゅっと3人で密着するようなポーズが写真に収まる。予期せずなまえと写真が撮れたことを嬉しく思うことは、ただの幼馴染としての友情だ。こちらを見上げるなまえは、卒業式に合わせてだろういつもより凝った髪型をしていた。複雑に編み込まれたりくるくると巻かれた髪はよく似合っていた。目が合うとはにかむように笑う。つられて俺も笑うと、言葉がなくても通じ合えるような気がした。

「ありがと! ほななまえ後でな! サム、はよ行くで!」
「いや、お前が写真撮るって言い出したんやろ」
 
 女生徒にお礼を言った侑は俺の腕を引いて一際背の高い男が集まっている方へ急ぐ。バレー部の集団だ。すでに集まっている角名が手を振るっている。
 苦楽を共にした部員達と合流すると、一気に卒業するということの実感が湧いた。気の置けない友人達とも、しばらく会うこともなくなる。
 次に会うまでに、俺は何ができるのだろう。侑との人生を賭けた勝負もある。ここで終わることはなにもなく、むしろ、ここから始まることばかりだ。負けてられん。侑にも、皆んなにも。恥じないようにしなあかん。