並行飛行

彼女

 それから、侑となまえは順調に付き合っているようだった。校内でも周知の恋人になり、母親同士も付き合いを知っているようで、より一層家族ぐるみの縁が深まった。
 
 そんな風にして数ヶ月、半年と月日が経ち、高校2年生へと進級しててしばらくすると、4月の入学当時に可愛いと校内で噂になっていた後輩に告白された。美化委員会などという、とりあえず当てはめられたクラスの役割でたまたまペアになったのをきっかけに顔見知りになった彼女は、いつも頬を赤くしてしどろもどろに話すのでなんとなく好意を持たれていることは分かっていた。ただ相手が他学年にまで名前を知られるほどの可愛い子だったので、少し疑っていたのも事実だ。こうしてアプローチをかけているのは俺だけじゃないのではないか。強豪バレー部の部員と付き合ってるという箔が欲しいだけなのではないか。そんな疑惑が過ってしまった。それに顔しか知らない相手に向ける好意が自分には理解出来なくて、あからさまに避けはしないものの、応えるつもりもないという態度をとっていたのだ。
 それなのに、彼女は小さい身体をさらに縮めるように緊張した面持ちで「すきです」と、委員会終わりに告げてきた。引き止められ、二人きりになった教室で半分泣いてるくらいの表情をして見上げてくる彼女は、確かに可愛いと思う。大きな目も、くるんと上向いた長い睫毛も、小さめのぷっくらとした唇だって嫌いじゃない。

「……俺のどこがすきなん?」

 バレーしてるから? 顔? 彼女がなんと答えるのか、少しだけ興味が湧いた。

「治先輩の、ご飯食べてる顔がすきです……」
「ごはん食べてる顔」
「めっちゃ美味しそうにパンとかがぶって、食べてるから。その顔が幸せそうで、好きになりました」

 予想を裏切る彼女の答えに、身構えていた力が抜けていく。
「でも俺きみのことよぉ知らんしなぁ」
「お試しでも、良いです! 合わへんなぁて思ったらやめていいです。だから……」
 必死に引き止められると、つい絆されてしまう。今までだってめちゃくちゃすき、と思って付き合った子ばかりではない。それに、一番長い恋はやっとすきだと気づいた時には手遅れだった。侑から付き合ったと聞かされたあの日から、とめどなくなまえのことを考えてしまう。そんな思いを振り払うように、くしゃりと髪をかき混ぜる。
 いつまでもこだわってどうするというのだ。なまえは侑の彼女だ。もうとっくに終わってる。終わりにしないといけない。
 
「……ほんならお友達からってことで」

 ふにゃりと目尻を下げて頷いた彼女は、俺の心の内など知るはずもない。なまえを忘れる為にとりあえず付き合ってみよう、なんていうひどい理由だというのに。
 少し口角を上げて涙目の彼女に笑いかけてやる。嬉しそうに表情を和らげた彼女に対して、なまえに抱いたような熱をこの先感じることはあるんだろうか。
 いくら違う生き方をしようと思っても、やっぱりこの身体には人でなしのあいつと同じ血が流れていると、そう思った。


「可愛い彼女だね」

 部活の休憩中に、角名が隣に腰を下ろしながら話しかけてきた。付き合い始めてから何度か昼食を一緒に食べたり、手を繋いで下校すれば一気に噂は広がった。バレー部の双子、という自身の知名度と一年生の可愛い子、という組み合わせは学年を飛び越えて周囲の好奇心を刺激したようだ。今では誰もが俺に彼女がいることを知っている。男子からは羨ましい、と何度か冗談混じりに言われたほどだ。

「なんや、角名も狙っとったんか?」
「え、違うけど。みんなが知ってる程度には入学式の日から人気ある子じゃん」
「せやなぁ。かわええ顔しとぉ」
「……なんかあれだね。付き合いたてなのにあんまり浮かれてないね」

 別にいいけどさ、と付け足した角名はスポーツドリンクのボトルに口をつける。角名の言う通り、彼女が出来た喜びや期待は特になかった。けれど、俺を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる様子に、少しも心が動かないわけでもない。はにかんで笑う顔がええなと思うようにもなった。
「浮かれとったら北さんにどやされるやろ」
「ははっ、それもそうだね」
 休憩の終わりを告げるタイマーが体育館に鳴り響いた。立ち上がりながら、二階席を見上げると隅の席になまえがいた。相変わらずその目が映しているのは侑であり、俺には向けられない。そんな分かりきったことを確認してしまうのも、もうそろそろ辞めたい。塞がったはずの傷口が膿んていく。じくじくと皮膚から骨へと染み込むような痛みに重いため息を吐く。
 ふと、その時視界の端でひらひらと揺れるものがあった。瞬きをしてそちらを向くと、彼女だった。今日は観に来るとは聞いていなかったが、予定が変わったのだろうか。控えめに振られた白い手に応えて、軽く手を振り返した。そんな些細なことで、白い頬を染める彼女の純真さが可愛らしい。コートに戻ると、さっきまで感じていた鬱々とした痛みが少し和らいでいた。