呪術 short story



君の好きはまるで詭弁



「あ、この人かっこいい」

名前が広げた雑誌を覗き込んだ硝子は、彼女の指差した男の顔を見て眉を寄せる。
「ナルシーっぽくないか」
「まぁカッコイイこと分かってるよね。西海岸でサーフィンしてそう」
「海から上がって髪掻き上げるやつな」
「うん。で、いっぱい女の子とエッチしてると思う」
「カスだな」
「でも顔はすき」

 昼休みに隣の席で繰り広げられる名前と硝子による、誌面上の男性への言いたい放題な感想を聞きたいわけではないが、如何せん通常の三十人以上在籍する一般的な『教室』と違い、クラスメイトは四人しかいないので自然と耳に入ってくるのだ。
「硝子ちゃん、コッチの人どう?」
「あーーー、40点」
「えー?80点はあると思う」
「趣味合わないな、うちら」
「合わなくて良かったじゃん。合コン行っても取り合いにならないし」

 呪術師って合コン行くのか、とそもそもの疑問が湧き上がるが、ここで二人の会話に割り込む勇気はなく、片手で開いた本から目線を動かせない。悟は前の席で椅子を限界まで後ろに倒してゆらゆらとバランスを取りながら、名前と硝子の眺める雑誌を上から覗き込んでいる。こういう話題の女性によく近づく気になれるな、とある種の尊敬の念が浮かぶ。

「お前ら趣味悪いだろ」
「「は?」」
悟の言葉に綺麗にユニゾンした二人の声は無感動で、冷たさがひしひしと感じられる。

「てか俺が一番かっこよくない?」

 ほら、と雑誌を奪い取って自身の顔の隣に並べる悟に、三人でため息を吐く。
「傑、保護者だろ。なんとかしろ」
硝子は舌打ちとともに親指で悟を指差す。
「同い年なんだから保護できないよ」
 全く文字を追えていない本を開いたまま机に置いて、悟が見せてくる雑誌を眺める。さっき彼女たちがレビューしていた男性が全て欧米人であることが分かり、アジア人らしい塩顔である自分とは共通点は見当たらない。

「黙ってたらルーブル美術館に飾ってあげるんだけどねぇ」
「ダメだよ名前、悟は凶暴だからルーブル破壊されちゃう」
「あぁ・・・確かに」
「しねーわ。人をバーサーカーみたいに言うな」

 悟がぽいと机の上に無造作に投げ出した紙面からモデルの名を読み取ろうと目を細める。小さな字でページの端に印字されたカメラマンとモデルのアルファベットの氏名を頭に入れる。覚えたところで、どうしようもないほどその男と自分は違うのだが、それでも好きな子の好きなものは気になるのだ。


「すぐるー」
 名前の柔らかな声を背中に受け止め、報告書を出しに行くため夜蛾の元に向かう足を止めて振り返る。ぱたぱたと小走りで駆け寄ってくる名前は子犬の様で可愛らしい。肩口で揺れていた髪を暑そうに片手で後ろに流した彼女は少し上がった息を整えると、クリアファイルに挟まれた報告書の紙をちらりと見せる。
「報告書、一緒に出しに行こう」
「…私のと混ぜて出しても、怒られると思うよ」
「だって悟が全然真面目に書いてくれないんだよ…私サポートだし見てないこと多くて報告できないって言ってるのに」
「またあいつは」
「ほぼ白紙のところあるよ、って言ったら『俺の写真貼っとけば?』 だって」
「…まさか本当に貼ったの?」
「だって悟がもうノリ出しちゃってたし」
 名前はクリアファイルを開くと、数枚の紙の中なら少し波打った一枚を半分抜き出してこちらに向ける。肩越しにそれを覗き込んで、ピースサインをしている同級生の写真に深いため息を吐く。

「悟って、黙ってたらかっこいいのにね。白い髪に青い目も綺麗だし」
 名前の言葉に、そういえば彼女はあの雑誌の欧米人の顔立ちが好きなのだったと思い出す。ということは、悟の方が顔は好みというころなのだろうか。聞きたいけれど、それを肯定されると立ち直れる気がしないな、と写真の男を恨めしく思う。
「…そうだね。女の子はああいうのがやっぱり好きだよね」
「あの、でも…やっぱり私は黒髪の人に惹かれる…かな」
「え?」
「ううん! なんでもないの、もう行こう」
 早口になった名前が歩き出したので、慌ててその後を追いかける。揺れる髪の隙間からのぞく、薄い耳が赤く色づいている。わざわざ付け足された情報の真意を試してみたくて、名前の顔を上から眺めてると、黒い瞳がちらりと見上げてくる。いつも通りに振る舞おうとしているのだろうが、すぐにぱっと逸らされた視線は雄弁だ。

「…塩顔もすき?」
「し、塩顔の方が、すき…だよ」
「外国人がすきなんじゃないの?」
「それは、その…かっこいいけど、すきなのはまた別なの」
「ふぅん」
「な、なに。ふぅんって」
「いや。いいことを聞いたから」
 そう言って微笑んで見せると、名前は俯いてしまった。先ほどよりも赤みの増した耳の縁をひと撫ですると、驚いた顔で顔を上げた名前に今度は私の好きなタイプの女性を教えてあげようと思う。きっと彼女のそれよりは、簡単でわかりやすいだろう。


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