other short story



満ちても足りない



 高専の同期はみんな素晴らしい才能を持った呪術師だ。私以外の話だけど。
五条悟は名家五条家の嫡男で、今この国で一番強い男だと言われている。家入硝子は反転術式が使える天才。そして夏油傑は、そんな二人と遜色のない呪霊操術なんてことができる特級術師。

あ、この人たちみんな住む世界違う人たちだと入学した日に思った。


「名前だってそう言いながもう2級じゃないか」
「特級の傑に言われてもなぁ」

 今日は二人しかいない教室で、隣の席にその大きな身体を詰め込んだ夏油傑は大人びた顔で微笑む。机の下からはみ出した長い脚は、同い年の男の子らしく適当に投げ出されているのに、その顔は同い年とは思えないほどに落ち着いて、時に達観した様な表情をする。
 
 悟も傑も硝子も、とてもいい人だった。天才ばかりで絶対置いてけぼりだ、と覚悟した入学初日から期待を裏切らない同期の天才ぶりに、尊敬と感嘆を覚えるも、三人とも落ちこぼれのわたしにも優しくて、なんだかんだと仲良くしてくれている。性格にはかなり問題がある人ばかりだけど。喧嘩も凄まじいし、その時の顔はみんな怖いけど。
それでも時々、才能あふれるみんなと平凡な自分を比べてしまう。やっぱり自分なんて、と卑屈な感情が湧き上がる。

「三人みたいな特技もないし」
「うーん、でも名前は苦手がないだろう?オールラウンダーは立派な強みだよ」

傑が机に頬杖を付くと、長い前髪が耳から溢れて真っ黒な瞳を隠してしまう。だいぶ伸びたと思うけど、邪魔じゃないのだろうか。

「呪力も多くないし、術式も改善余地あるって先生に言われてるし」
「もっと強くなれるということだ」
「…体術だって、筋肉付きにくいから全然威力でないし」
「毎日トレーニングしてるだろう。それに名前は身軽で柔軟性もあるし、男の私たちと同じ力を求めなくて良いと思う」

さっきから何を言っても肯定してくれる傑のおかげで、少し気持ちが前向きになってくる。こうやって私のご機嫌をとる係は、いつの間にかもうずっと傑だ。

「もういいのかい?」

穏やかな顔でそう聞かれると、まだまだ不安はあるはずなのに、そうは言っても仕方がないか、とまた頑張ろうかと思えるのだった。

「傑はすごいね。強いのに、悟と違って人間ができてるっていうか…私なんかの話にも付き合ってくれるし、優しいね。いつもありがとう」

 しみじみと言葉にすると、少し恥ずかしくなってくる。片方が隠れた黒い瞳から逃げる様に黒板に目を向ける。黒板の上に設置された時計は昼休みが終わるまでまだ10分あると示している。

「名前のそういうところが、私は良いと思うよ。普通の感覚を忘れないところ」
「みんなが、傑が特別だからそういう風に思うだけじゃないかな」
「こうやって人らしいやりとりをしてくれる名前は貴重だよ。君のそばにいると人の営みってやつを感じる」
「大袈裟だなぁ」

ちらりと横に視線をもどすと、傑の目が柔らかく線になる。細い目が消える瞬間はあまり多くなくて、傑の顔から目が離せなくなる。

「貴重なのは、傑と悟と硝子だよ」
「私にとっては名前の方が大事だよ」

大事。
聞き間違いかなと思う。なんて事のない様に放たれたその音の意味を図かねて、どんどん心音が速くなっていく。自意識過剰なのかもしれないけれど、恥ずかしくて目を合わせていられなくなってしまった。大袈裟に視線を下げてしまい、隣の傑が笑った気配がする。

「意味分かる?」
「わ、わたしも大事だよ。みんな、」
「みんなじゃなくて、私は名前が大事なんだよ」

ガタンと椅子を引く音がして、視界をに大きな黒い靴が映る。そろそろと視線を上に上げていくけれど、どうしても顔を見れなくて、真っ黒な制服のお腹のあたりを見つめる。

「弱いから、守ってあげないといけないから、って意味?」
「違う」
「妹みたいってこと?」
「……答え分かってて聞いてるね?」

 呆れた様に笑う声がして、唇をぐっと噛む。覚悟を決めて顔を上げると、普段と何ら変わらない表情の傑がいた。

「名前は私にないものばかり持っている」
「傑にないものなんて…」
「あるんだよ。足りないものも、欠けているものも。どうしたって手に入らないものもね」

少し寂しそうな怒っている様な顔で言い切る傑に、そんなことはないと思ったけれど、言葉にはできなかった。簡単に否定の言葉を口にすることをためらうほどに、彼の言葉が硬くて飲み込めない異物の様に感じられた。

「名前」
「なに?」

 大きな手で頭を撫でられる。意味もなく傑に触れられたのは初めてだ。優しい手つきで撫でられると、さっきの大事、がまたぐるぐると胸の内に回り出した。出口のない部屋に煙が渦巻くようで、ひどく苦しい。

「名前が一番大事だからね」

微笑む黒い瞳が揺れている。傑も不安だったりするのだろうか。完璧な同級生も、私と同じように悩み、葛藤して、日々を過ごしているんだろうか。そんな傑は想像できなかったけれど、もしそうならば、彼の為に私になにかできることはあるだろうか。

チャイムの音を聞きながら、それが傑の言う大事にすることになるだろうか、と思う。



return