呪術 short story



そういうところ



「まぁたこんなに憑けてんだ、名前」

 最強、という二つ名を持つ五条悟は、へらへらと笑いながら私の前にしゃがみ込む。長身の彼がしゃがんだところで蹲った私とは体格差が大きい。駅のタイルを睨む様に項垂れていた視線を上げると、黒いサングラスを指先で上げた五条悟の薄氷のような青い瞳が笑っていた。

「しんどいね」

笑ってないで早く祓ってくれればいいのに、と声すら出せずに不快感と気分の悪さに顔を顰めてもう一度地面に目を落とす。規則正しく並ぶタイルと同じ様にずきずきと繰り返す頭痛に、いっそ死んだ方がましのようなな気がしてくる。
 
 幼い頃から『そういうもの』を大量に引き寄せる私が、呪術師である夜蛾さんの元に預けられ、子供の頃から目立っていたこの男と出会ったのはいつだったか。もううんと昔の様な気がする。あの頃からずっと五条悟は最強で、それでいて最低である。美しい顔の下に透けて見える、彼の不遜で傲慢な性格から向けられる、興味と悪意が半々の関心から逃れたいと思ったことは一度や二度ではない。

「困ったねぇ?今日は夜蛾センセいないよ?」

 関わりたくないと思うのに、どうしてか彼は困っていると私の前に現れる。黒い服に包まれた長い手足を持て余したように地面に胡座をかいた。

「助けてあげよっか」

頬杖をついた顔は笑っている。薄氷の瞳の奥まで楽しそうに、笑っている。こんな意地悪で最低で人でなしの男に頼ることを、お願いをすることを私の矜恃が拒んでいたが、それでもこの苦痛から解放されるのならば背に腹は変えられない。

「五条さん、お願い」
「うん、いいよ」

動かないでね、と前置きした彼が指を組んで魔法でも使う様にその白い指先を振るう。とん、と身体を後ろから突き飛ばされる様な衝撃に、そのまま前に倒れ込みそうになる。すれすれのところで大きな腕の中に抱えられ、にこにこと笑う五条悟の顔を見上げる。あんなに苦しかった呪いが嘘の様に消えており、楽になった体でほう、と一つ息を吐く。

「ね、俺のおかげだよね?」
「……ありがとうございます」
「いいのいいの!名前の為ならじゃんじゃん祓ってあげるよ」

それならば毎度苦しんでいる顔を楽しそうに見るのはやめてほしい。お願いをしなくても、呪いの被害者なのだから助けてくれればいいのではないか。呪術師ってそういう仕事じゃないのか、と彼の世話になる事が無くなれば、すぐにでも言ってやりたい。

 くたりと彼の腕に抱かれたまま、綺麗な顔を見上げる。いつの間にかぐんぐんと背が伸びて、手も足も大きくなって当代最強の男になった最低の男。この人が私を構うことも、呪いの一つか何かではないのだろうか。
 
最近の彼は非常に忙しいと学内の噂で聞くけれど、一向に立ち去る気配のない五条悟の腕の中から体を起こす。

「お礼に俺とケーキ食べる?」
「……分かりました」
「まじで?」

自分で言っておきながら、いつも顔を見れば逃げるような態度をとっている私が了承したことに驚いたのか、がばりと顔を近づけられる。サングラスが高い鼻梁を滑り、宝石の様な青い瞳がうんと近くで輝いている。

「…ちかいです」
「行こう!今すぐ!」

ぐいっと手を掴んで歩き出した五条悟に、引きずられる様に駅の改札を通り抜ける。一般的な女子の身長しかない私と、見上げるほど背の高い貴方の足の長さの違いを理解してほしい。

「名前が俺と出かけたいだなんて言ってくれる日が来るとはね」
「言ってないです…っていうかケーキ食べるのはお礼にならないと思う」
「なるよ、めちゃくちゃなる」

振り向いた彼の瞳は黒いサングラスに覆われて見えなかった。きっと苦しむ私を見ていた時と同じ様に、楽しそうに笑っているのだろうと思う。
それでもこの手が私を傷ついたことはない。いつも、救ってくれる手だ。

 変人ばかりの呪術師であることを差し引いても、かなり性格に難があることは理解しているが、毎度助けてくれるヒーローに絆されてしまうことは仕方がないのだと誰にするでもなく言い訳をして、控えめに繋がれた手を握りかえした。


return