1stanniversary
イエス

「杏寿郎、だいすき!」
「そろそろ飽きないか」
「飽きないよ? 今日もだいすきだよ!」
「名前は物好きだな」

もはや朝の挨拶のように交わされる名前からの告白に、杏寿郎は淡々と返事をする。クラスメイトのこの奇行ともいえる告白シーンは、同級生からもはや夫婦漫才のように扱われている。教室で杏寿郎の前の席に腰掛けてにこにこと可愛らしい笑顔を向けてくれる名字名前は、高校の入学式で目があった瞬間からこれだ。一目惚れだとかなんだとか言って毎日毎日飽きもせず、彼女は愛の告白を続けているのだ。


「名前ちゃんのなにが嫌なわけよ」
「別に…彼女がどうこうというわけではない。誰とも付き合う気がないだけだ」

中学からの腐れ縁である宇髄に一度聞かれたことがある。名字名前はそれなりに男子生徒から人気のある女子のようで、付き合わないのならばさっさと振ってくれと周りに思われていると教えてくれたのも彼だ。

「じゃあもっと、いつもみたいに言えばいいじゃねーか。『すまない、俺は君が嫌いだ!』ってよ」
「…俺はそんな断り方はしたことないぞ」
「冗談だよ」

色素の薄い宇髄の瞳はからかいの色を多分に含んでいて、その視線から逃げたいと思ってしまった。

本当は自分でも困っている。
名字名前のことを嫌いなわけではない、むしろどちらかと言うと好ましいと思う。
授業中は真面目だし、教師からのちょっとした依頼や、雑用も嫌な顔せず受けているし、黙っていれば清楚な容姿も杏寿郎の好きな部類だ。もちろん教室での毎朝の告白はやめて欲しいが。

ではどうして告白を受けないのか? と言われると杏寿郎にもよく分からなかった。

一度断った手前、何をきっかけにあの告白に答えていいのかもよくわからない。それに、一目惚れだなんてそんな不確かなもので人を好きになったりするんだろうか。名前の言葉や彼女が向けてくる愛らしい表情には嘘はないように思う。それでも名前にどう答えていいかわからず、結局はなぁなぁにしてしまうのだった。


「杏寿郎だ! 一緒に帰ろう」
「…君はどこにでもいるな」

生徒会の仕事を終えて、放課後の少し人の少なくなった校舎を出たところで名前と鉢合わせてしまった。彼女もなにかしらの委員会だったはずだと思い出しながら、悪運というか強運というのか判断が難しい名前の顔を見て小さくため息を吐く。

校門から続くなだらかな下り坂を並んで歩きながら、名前の言葉にああだとかうんだとか相槌を打ちながら、名前の告白や彼女との関係について考えていた。

「やっぱり杏寿郎は格好いいね」
「そうか」
「ちょっとクールなところも素敵」

ちょうど赤信号になった交差点で足を止めると、きらきらとした視線を向けてくる名前に向かって少し強い口調で言葉が出てしまう。

「君は、嫌にならないのか」
「え?」
「好きだのなんだの、毎日毎日。そんなにこの顔がいいなら俺の弟にも同じことを言ってくればいい」
「ち、ちがうの。顔も格好いいけど、私が好きなのは中身も含めての杏寿郎だから、その」
「好きだとか言うのも、一目惚れだかなんだか知らないが本当なのか?君は本当に人を好きになったことがないんじゃないか」

しまった、言いすぎた。

そう思った時には、名前の黒い瞳には透明な雫が溢れそうになっていた。長い睫毛が何とかその雫が溢れないように押し留めているが、彼女が一つ瞬くとつうと、頬に流れてしまった。

「ごめ、ごめんなさい。杏寿郎が、いやがってるって分かってなくて…」

嗚咽を堪えるように時々言葉を区切って、必死に笑おうとする名前は痛々しいくらいだ。途端に彼女を傷つけてしまったという罪悪感が胸に広がる。どうして自分はこういう言い方しかできないのだろうか。もっと違う言い方があったはずだ。そもそもどうしてこんなに名前に対してイライラしているのだろう。

「でも、杏寿郎をすきな気持ちには嘘はないよ。そこだけは信じて欲しいな、貴方のことだいすきなの。とても、すきなの」

心の奥に染み込んでいくような、名前の真摯な眼差しをどうして信じられないのだろう。杏寿郎は謝らなければと思うのに、名前のもう何度目かもわからない告白に動揺してしまう。

「でも、もうやめるね。杏寿郎に迷惑かけてたら意味ないもんね。私ほんと鈍感で、自分ばかりで、ごめんなさい」

目元を拭った指を制服のブレザーで隠すようにして、名前はふにゃりと笑う。ごめんね、と立ち去ろうとする彼女の腕を無意識に掴んでしまった。

少し硬い生地越しに、名前華奢な腕が感じられる。

「俺が、言い過ぎた…すまない。俺は一目惚れなどしたことが無い。君がどうしてこんなに俺を好きだと言うのか、よく分からない。でも、だからといって自分の知らないことを全て否定するのは良くないと思う。…ごめん」

名前は杏寿郎の言葉をじっと聞いていた。最後まで静かに聞いていたが、たまらないというようにぎゅっと杏寿郎の胸に飛び込んで抱きついてきた。急に同級生の女子の身体に触れたことに驚きながら、名前の甘い匂いや、柔らかな身体の感触に一気に緊張してしまう。

「そういうところ、そういうところが本当に大好きなの!杏寿郎、私あなたがすきなの、どうしようもなくすきなの」
「わ、分かった!分かったから、少し離れてくれ!」

嬉し泣きなのだろうか、また名前の瞳にはたっぷりと涙が溜まっている。自分の発した言葉でこんなにも喜んだり悲しんだりする素直な彼女のことを嫌いになどなれるはずがない。

いつか、名前に同じ言葉を返してあげられるのだろうか。
杏寿郎は愛おしく思う心をどうしていいのか分からないまま、幸せそうに笑う名前を見つめていた。