1stanniversary
忘れられないの

「ごめんなさい、煉獄さん。名前さん飲ませ過ぎちゃいました」
「ごめんなさーい!私が一升瓶頼んじゃったから…」

甘露寺から連絡をもらい車を走らせて迎えにきた居酒屋は、洒落た檜のよい香りのする店内だった。個室のテーブルでうとうとと船を漕ぐ名前の隣で、甘露寺はすまなさそうに頭を下げた。テーブルの上に並んだ酒器の数からして飲んだ種類は二つや三つではないだろう。止めになったであろう甘露寺の前に置かれたクーラに入った一升瓶の減り具合から、この三人で相当飲んだのだろうと予想がついた。

「あれぇ、れんごくさんだぁ」
「これはまた……絵に描いたように酔っ払っているな!」

決して酒が弱いわけではない名前だが、胡蝶と甘露寺のザル二人と同じペースで飲酒するとこうなってしまうのだろう。とろんとした目を瞬いて両腕をこちらに伸ばす名前の元に行くと、「抱っこ」とせがまれた。気分が悪いというわけではなさそうなのでそこは安心だが、友人の前で抱きつくなど普段の名前ではありえない行動なのでこれは帰ってからのことを思うと不安になる。

「あらまぁ、ご馳走様です」
「んふふふ、名前ちゃん、煉獄さんのお話たくさんしてたのよぉ。相変わらずラブラブで安心したわぁ」
「そうか、楽しかったのなら良かった。二人も帰りは気をつけて帰るんだぞ。タクシーを呼ぶように」
「「はーい」」

まだ飲み続けるつもりであろう二人に、金額が分からないので多めにお金を渡しておく。割り勘の精算はまた来週にお茶をするらしいのでその時にどうにでもなるだろう。ぴとりと寄り添う名前の背中に手を回して駐車場まで歩くと夜の風の冷たさが心地よいのか「夜だねぇ」と間延びした声で名前はふにゃりと笑っていた。車の中でふんふんとご機嫌に鼻歌を歌う彼女に苦笑いを浮かべながら、今日の飲み会の話に相槌を打つ。酔っぱらい特有の話がいったりきたりする様子に帰ったらメイクを落として歯磨きだけさせたらすぐベッドに入れよう、と算段をつける。メイクは落としていないことを翌朝めそめそと嘆くので、杏寿郎でも落とせるシートタイプのものを常備するようになった。これも名前と暮らして初めて知る彼女の生態だった。


「ほら、着いたぞ。靴脱げるか?」
「んー、ぬげない」

玄関のドアにもたれ掛かって足を上げる名前の足首を持つと、細いストラップをぱちんと外す。するりと抜けた淡い色味のパンプスを揃えて、されるがままの名前を持ち上げて洗面所で手を洗わせてリビングまで運ぶ。正面から抱き上げてもきゃっきゃっと楽しそうに笑う名前に、やれやれとため息を吐いてソファに下ろす。

「やっとだっこしてくれたねぇ」
「君は酔っぱらいだからな」
「よってないもーん」
「酔っぱらいは皆そう言うのだ」

ソファの上で徐ろにジャケットを脱ぎだした名前は、ピアスや指輪ももぞもぞと外そうとする。うんうんと可愛い声で唸っている辺り、おぼつかない手元ではうまく外れないのだろう。

「れんごくさーん」
「はいはい」

名前の歯ブラシをに歯磨き粉をつけてソファに座る名前の口に入れる。条件反射なのだろうか、もごもごと右手で歯ブラシを握り、動かし始めた名前の髪を後ろに避けて耳元で揺れるピアスを外す。無くさないように二つ揃えてテーブルに置き、ネックレスと指輪も一つづつ外していく。

「楽しそうなのであまり言いたくないが、こんなふうになるまで外で飲むのは心配だ」
「ふぁん?ふぉふぉってふの?」
「……先に歯磨きを終わらせてきなさい。それとメイク落とし出しておいたからやるんだぞ」
「ふぁい」

にこっとして歯ブラシを咥えた名前の間抜けさに、注意しようとする意思が揺らぐ。聞こえて来る水の音から、大人しく洗面所で寝支度を整えられたのだろうこと思い、もう今日注意するのは止めにしようと名前のパジャマを取りに行くことにした。

「名前、パジャマ持ってきたぞ」
「ありがとぉ、あのねぇ、ちょっと助けて?」

コンコンと洗面所をノックすると名前が顔を出す。化粧を落とすと名前は幼く見えるので、杏寿郎はこの顔も好きなのだが、いかんせん女性にはそれはうまく伝わらない。

「どうした…って君もう脱いだのか」

中途半端に肩から落ちたブラウスや足の途中で絡まっているストッキングに目のやり場に困る。酔っぱらい相手になにかするつもりは毛頭ないが、恋人のあられもない姿に何も感じないわけではない。

「ほっくがとれないのぉ、ほらぁ」

背中を向ける名前は指先を下着の留め具にかけるも、するんと滑ってしまうのか一向に外せないようだ。そんな仕草を見ているだけですこしむらっとしてしまい、杏寿郎は慌てて小さく首を振る。仕方がなく名前の白い背中に指を伸ばし、ぱちんとホックを外してやる。

「取れたぞ」
「ほんとだーすごいねぇ」

肩紐が骨張った肩を滑る様子を目で追ってしまう。はだけた胸元と脱ぎかけのブラウスはどうしたって情事中を思わせる格好だ。

「…着替えできるのか」
「どうかなぁ、れんごくさんしてくれる?」

名前の赤い目元は酔いによるものなのだろうか。それとも彼女もそういうことがしたくて興奮しているんだろうか。杏寿郎はベッドですぐに寝かしつけようと思っていた当初のプランを忘れることにした。

「脱がすだけになっても知らないからな」

名前の唇を食むように口をつけると、やっぱりまだアルコールの匂いがした。