1stanniversary
あなたの夜が明けるまで

「名前、おいで」

煉獄さんはいつだって私に優しくて、とびきり甘やかしてくれる。
今日だって少し残業になっただけなのに、お風呂を上がったらドライヤーを片手にソファの前へ手招きされた。バスタオルを肩にかけたまま、優しい顔で呼んでくれる煉獄さんの前まで行くと、腕を引かれて足の間にすとんと座らされた。

「また乾かしてくれるの?」
「うん、嫌だった?」
「ううん、ドライヤーやってもらうのすき」

 ドライヤーが風音を立て始めると、髪を梳いていく煉獄さんの大きな手に頭を撫でられているようで、うっとりと目を瞑る。どうして彼の手はこんなに温かくて気持ちがいいのだろうか。

 疲れていたり、少し落ち込んでいると、目敏く察知して私の固くなった心をとろとろに溶かしてくれる。大きな体で抱きしめて甘い言葉を耳に吹き込み、世界で一番大事だと全身で示してくれる煉獄さんに、私も同じようにしてあげたい、そう思うのは至極当たり前のことだった。けれど、起きるのも煉獄さんの方が早く、低血圧でお世辞にも朝が得意とは言えない私は、素敵な朝食をにこやかに用意したりは出来ない。じゃあ夜の恋人タイムでなにかしてあげたいと意気込むも、ベッドの上では煉獄さんから主導権を奪おうなどと挑戦するだけ無駄だった。


「煉獄さん、甘えてください」
「……どうしたんだ、名前」

 結局機会を見つけられなかった私は、休日のお昼に映画を見ようと二人で腰掛けたソファの上で正面切って煉獄さんにお願いすることにした。甘えると言う行為は、甘えてくださいと言って始まるものではないと思う。それは分かっているのだが、一枚も二枚も上手な煉獄さんはことあるごとにこちらを甘やかしてくれるのだから仕方がないのだ。

「いつも私が煉獄さんに甘えてばかりだから、たまには甘えて欲しいなって」
「ふむ。だが俺は名前を甘やかすのが好きだから、気にしなくていいぞ!」
「えっと、そういうわけにはいかないっていうか、私も甘やかしてもらうの好きなんだけど、同じように煉獄さんを甘やかしたいというか」
「甘やかしたい、か」

テレビのリモコンを片手に腕を組んだ煉獄さんは、しばらく考えるような振りをした後、ごろんとその大きな体をソファに乗せるとぽすんと私の太腿に頭を置く。

「じゃあしばらくお願いしてもいいか?」
「もちろん」

 自分の方が視点が高いというシチュエーションなど滅多になく、少し照れた表情で下から見上げてくる煉獄さんが可愛く見える。ライオンの咆哮とともにはじまった映画を観ながら、太腿の上に乗せられた煉獄さんの髪をゆっくりと梳く。光に透けるような黄金色に、赤い炎が所々混じった彼の髪は癖っ毛で少し硬い。毛先がくるんと指の間から逃げて行く感触が不思議で何度も指を通してしまう。

「…きもちいい」
「ふふふ、猫ちゃんみたい」

膝枕の上でテレビから視線を動かして、時折こちらを見上げて目を細める煉獄さんは成人男性だというのに、大変可愛らしいので困る。大きな猫を撫でている気持ちになりながら、ゆったりと休日の午後を過ごす幸福を味わっていたが、これははたして甘えてもらえているのだろうか。
 映画の中では主人公がヒロインと親密になっていく。外国の人のスキンシップを見ていると、もう少し踏み込んだことをしてもいいような気がしてくる。

「煉獄さん、他にはして欲しいことない?」
「んー?」
「肩揉んだりとか?」
「…それはなんだか違うのではないか?」

首を真上に回して私を見上げる煉獄さんは、腕を伸ばして私の首の後ろに手を回す。少しだけ熱っぽい瞳の色にその意図を理解すると、そのままゆっくりと引き寄せられて、背を丸めて煉獄さんに口付ける。彼の手が唇に導いたのに、私から口付けたような気恥ずかしさがある。やはり視線がいつもと逆だからだろうか。二度、三度ちゅ、と可愛らしいリップ音を立ててキスをすると、満足したように煉獄さんが笑う。

「名前に甘やかされるのもいいな」
「膝枕ならいつでも」
「ありがとう、お返しに俺も君を甘やかさないとな。……とことん甘やかした後の、とろとろに溶けた名前の顔は本当に堪らないからな」

午後のひだまりには似つかわしくない、艶めいた笑みを浮かべる煉獄さんにかぁっと頬が熱くなる。

「そ、そういうのは、なんか違う! もう、ちゃんと映画観て」

両手で煉獄さんの顔をぐいっとテレビの方に向ける。くすくすと笑っている煉獄さんにはやっぱり敵わない。でも私たちはこれでいいのかもしれない。そう思いながら、私はまた無意識に彼の癖っ毛に指を絡めるのだった。