melting chocolate

jewely


「お客様お似合いです」

かっこいいスーツを着て丁寧に接客してくれる店員さんからの賛辞も今は右から左に抜けていってしまう。
首元にきらきらと輝くネックレスをつけてもらって鏡越しでも十分眩しいダイヤモンドに冷や汗が出る。

「なんだァ、気にいらねぇのか?じゃあ他に違う雰囲気のやつ持ってきてくれないか?」
「えっ!もういいです、ほんと、あの大丈夫です」
「いえいえ、私共も素晴らしいコレクション全てを店頭には出せませんから…いくつか奥から見繕ってきます」

しばらくお待ちください、と一礼して席を立った店員さんに行かないで〜と念を送るものの通じるはずもなく、隣に座る実弥さんに目線を向けるもどうした?と全く意を汲んでくれない。

「実弥さん、ここお高いジュエリー屋さんですよ…」
「高いっても買えるぞ?つーか値段なんて気にすんなよ。バレンタインのお返しに名前のすきなもん選びに来たって分かってんのかァ?」
指先でまだ首についたままのネックレスを弄りながら実弥さんに言われてぶんぶんと首を振る。
「わたしがあげたのチョコレートだよ…!」
奮発して百貨店で購入したとは言え、数千円である。そのお返しにしては桁数が全然違うのではないか。
「へぇ?俺は他にも貰ったと思ってるんだがなぁ…」
ぶつぶつとなんだか少し怒ってしまった実弥さんに後ろを向け、と言われてソファに座り直して背を向けると首元に実弥さんの指が這う。

「んっ」
「なに感じてんだ、ネックレス外すだけだぞ」
「か、感じてないです!」

くすぐったさと、ぴりっとした快感に声を漏らすと耳元で低い声が聞こえる。彼はネックレスを外してくれてるだけだ、わたしがおかしいんだと羞恥に消えてしまいたくなる。

「似合ってたぞ?」
実弥さんの大きな手の中にあるとあんなに大きいと思ったダイヤモンドも小さく見えてくる。
一粒ダイヤのネックレスは大人っぽくて素敵だったけれど、いかんせんこんな高価なものを買ってもらうわけにはいかない。
「うーん…でもチョコレートとは見合わないかと…」
「…俺が名前に買ってやりたいんだよ」
さらっとかっこいいことを言う実弥さんに言い返せなくなる。どうしてこの人はこうも私を甘やかすのだろうか。
観念してありがとうございますと言えば嬉しそうに目元を緩める実弥さんは本当にずるいと思う。

「おまたせしました」

黒いビロードのトレーにまたきらきらのジュエリーを載せた店員さんが席に戻ってきてくれた。
今シーズンの新作です、と今度はダイヤではなく色とりどりの綺麗な石のネックレスやピアス、指輪を一つづつ紹介してくれる。

「お客様のお洋服のお好みから可愛らしいものの方がお好きかと思いまして…どうぞ手にとってご覧ください」

春夏のコレクションということもあって淡いピンクやブルーのカラークオーツや宝石のアクセサリーはどれも繊細で確かに大人っぽいダイヤモンドよりも好みであった。
(か、かわいい…!)
ぷちぷちとした小さな石が連なった華奢なリングにそっと手を伸ばす。

指先で摘んでほぅと惚れ惚れ見ているとひょいと横から実弥さんの手が伸びてきて、するっと右手の薬指につけられた。無骨な指が器用に指輪を通す様子に胸がドキドキする。
まじまじ見ていたせいで顔をあげた実弥さんと目があって真っ赤な顔がバレてしまった。
「いいじゃねぇか」
指先を掴んだまま微笑まれてしまい心臓が壊れたように脈を打つ。

「そちらはアクアマリンとカラークオーツのリングです。一粒一粒色味が違って光り方も違います、台座も細く華奢な作りが人気ですよ」
「うん… かわいい」
「名前、気に入ったか?それにしても本当に細い指だなァ。サイズはこれで良さそうだな」
「実弥さんと比べたらみんな細いよ…うん、右手の薬指でぴったりみたい」

「他も気になるならつけてみるか?こっちのちっさい指輪とかもよく付けてんじゃねぇか」
「ピンキーリングでございますね。小指につけるタイプでファッションリングとしてお使いの方が多いです。一応意味が有りまして、右手の小指だとより魅力的に、左手の小指だと願いが叶うと言われてますよ」
「…じゃあ必要ないかも」

ぽろっと出た言葉に店員さんが一瞬キョトンとした後に可笑しそうに笑う。

「そうですね。お客様は十分魅力的ですしこんなにお優しいお連れ様と一緒ということは、もうお幸せでしょう」
セールストークと分かっていても照れてしまう。隣の実弥さんに視線を向けると実弥さんも珍しく顔を赤くしていた。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

丁寧に見送ってくれる店員さんに頭を下げてお店を出る。
歩き出してすぐに指を絡め取られて実弥さんが指輪のついた右手を陽の光に当てるときらきらと小さな石たちが輝く。

「ん、よく似合ってる」
「実弥さんありがとうございます。すごく可愛くてとっても気に入ってます」
指輪を見るだけで自然と口角が上がる。これからこの指輪を見るたびに実弥さんのこと思い出しちゃうなぁとにやけそうな口元をきゅっと閉じる。

「もう一個の薬指にも買ってやるからなァ。ゆっくり選んどけよ?」


にやりと笑う実弥さんの言葉の意味を理解して火のついたように顔が熱くなる。それはそういう意味でいいんだろうか。これではやっぱり貰いすぎじゃないか。