melting chocolate

チョコトリュフ


「チョコレートください!」

恥ずかしげもなく真剣な顔した善逸くんが目の前で頭を下げている。

昼休みが始まってからクラス中の女子のところ回ってるいのを、わぁ…という目で友人とともに見ていた。全員回るつもりだなと予想していたけれど本当に予想通りで、バレンタインのイベントに懸ける彼の思いの強さがよくわかる。

「はい、ハッピーバレンタイン」
「きゃーー!チロルチョコ…!思いっきり義理チョコ!でもありがとうううう!」

友人がばら撒き用のチロルチョコを一粒その手に載せるとまるで遭難した人がオアシス見つけたレベルで叫んで喜ぶ彼はチョコならなんでも良さそうである。
クラスメイトからそうやって集めたであろうチョコレートが彼の腕に引っ掛かった紙袋にたくさん入っている。
中にはこれはもしかして、本命なのでは?というようなラッピングものもあり、まぁ黙っていれば格好良いもんなぁと善逸くんを見上げる。
ばちりと目が合うとさっきまでの勢いはどこへやら、赤面し始める善逸くんに首を傾げる。

「名前ちゃん、チョコくれませんか!」

きゃー言っちゃった!と頬を染めながらきゃんきゃん叫ぶ善逸くんにクラスから笑い声があがる。全員に聞こえる声でこんなこと頼める勇気はすごい。

「欲しいの?」
「うん!!名前ちゃんのチョコ貰えたら俺明日死んでも良い!」
「死んだら困るけど、はい」

ハッピーバレンタイン、と友人を真似して手作りの生チョコが入ったタッパーをぱかっと開ける。
女の子同士でチョコの交換を毎年たくさんするので、顧問のカナエ先生にあげる分以外はラッピングしていない。
北欧デザインのナプキンを敷いただけのジップロックに大量生産した生チョコをその場でどうぞ、と食べてもらうスタイルで去年から通しているのだ。
楽だし、帰る頃にはからっぽになっている。

「本当に俺、明日死んでもいい・・・!っ美味しいー!最高!名前ちゃんのチョコならいくらでも食べれる!」
ぱくっと一つ食べた善逸くんは顔がにやけている。目がとろんとろんだ。

「我妻、名前のチョコ貰える男子たぶんあんただけだよ〜」
友人がひよいっと横からチョコをつかんで同じようにぱくりと食べる。彼女は朝からこのタッパーが開くたびに食べているのでもう5個目だ。

「たしかに…わたし男の子の友達いないし。あっ、さっき煉獄先生には食べてもらったよ」
「名前かわいいのに男子に興味ないよね…そこが良いけどさ」
「興味ないっていうか、みんなといるのが楽しいんだもん」
「そういうところが可愛いって言ってんの!」
後ろからぎゅうっと抱きつかれてきゃいきゃいと友人と戯れているとチョコを食べ終わった善逸くんが混ざりたい、とボヤいていた。それは流石にノーサンキューです。


放課後、すっかり空っぽになったタッパーをリュックに閉まって部活動に精を出す友人に別れを告げて校門を抜けると後ろから名前を呼ばれた。
「名前ちゃん!!」
ぴゅーっと昇降口から駆けてくる彼は、風に鮮やかな金髪を靡かせていた。
「足、速いね」
「へぇ!?あ、ありがとう」
「なんで陸上部はいんないの?」
「え、俺しんどいの嫌いだから」
「ふぅん」
横に並んだ善逸くんとてちてちと歩を進めるとぴゅうとまだ寒い2月の風が前髪を拭き上げていく。
マフラーに口元を埋めて手袋で髪を直すけれど、きっとまたぐしゃっとなってしまうのだろうな。
ツンツンとコート袖を引っ張られて足を止めると善逸くんが頬を染めてもじもじしている。
(なんなんだろう、ちょっとかわいいけど。今日はよく話しかけられるなぁ)

「あの、名前ちゃん彼氏とか、いない??」
「うん、いない」
「よかったぁああ!じゃあ俺頑張るから!」

なにを?と頭に疑問符が浮かぶ。
こてんと首を傾げると、きらきらした瞳の善逸くんがにっこりと笑う。

「俺のこと好きになってもらえるように頑張るから!!
だから来年は、俺のためのチョコ作って来てね!!」

ね!という声の大きさに路上でこだまが聞こえる。
相変わらず前のめりで輝く瞳で見つめられると、嫌とはなんとなく言えない。
なんだか子犬に見つめられている感じだ、これは作戦なんだろうか?

「来年・・・だいぶ先だね」
「うん!!来年は俺だけに!俺だけにちょうだい!!!」
「う、うん」
(拒否したら私が悪者みたいだ・・)

やったぁあああと絶叫する善逸くんに思わずくすりと笑ってしまった。

「あ、やっぱり笑った顔めっちゃくちゃ可愛い。もっかい、もっかい笑って!」
「やだ…善逸くんがまた笑わせてよ」

バイバイと顔を真っ赤にした彼を残し、冬の空気を吸い込んで帰り道を少し急ぎ足で歩く。
早くお家に帰ろう、じゃないと彼の頬の赤さが移ってしまう気がした。
(あと365日にかぁ)