melting chocolate

告白


三月十四日。

終礼のチャイムが鳴ってしばらくすると、みんなガタガタと椅子を鳴らして教室を出ていく。
時折かけられる帰りの挨拶にばいばい、と小さく手を振る。その指先が小刻みに震えていることに気付き慌ててカーディガンの袖を引っ張って指先を隠す。

「名前」
のしっと背中に豊かな胸を押し付けてくる友人の行動にすっかり気もそぞろだった私は「ふわぁっ!」と奇声をあげてしまう。
「んふ、放課後たのしみだねぇ」
「ねぇ、今日ってホワイトデーだよね?本当にそうだよね?」
「…名前、あんた朝からその確認何回目?竈門くんとどうなったか…明日報告楽しみにしてるぞっ!」
こそこそと小さな声で耳打ちした友人はじゃあね、と制服のスカートを揺らして部活動に行ってしまった。
バレンタインの日に、体育館からいち早くラインをくれた彼女には感謝しかない。そのあとの顛末も打ち明けると、それは準備しておかないと!と1ヶ月後の今日に向けて計画を練ってくれた。そのおかげで今日は早めにお弁当をすましお昼休みにコテで髪まで巻いてもらい、淡い色付きリップも一緒に選んでくれた。可愛い可愛いと太鼓判を押してもらい教室に戻ると、ちらちらと視線を感じたけれど今日は朝から竈門くんの席の方向は見れないので真っ直ぐ席に戻って必死に予習している振りをした。


教室で待ってて、って言ってたから竈門くんは今日もきっと部活だろう。待つのは構わないのだけれど、今日1日彼と目を合わせていないし、本当に待っていたら教室に来てくれるのか一抹の不安があった。夢じゃないよね、とこの1ヶ月変わらない態度で接してくれる竈門くんに何度も確かめたかった。委員会や挨拶で赤色の混じった大きな目を細めて笑いかけてくれるたびにホワイトデーのことを話したくなったけれど、やっぱり勇気のでない私は無難な話をして口元に笑みを浮かべることしか出来なかった。

自分のこの引っ込み思案な性格からすれば、バレンタインデーに竈門くんにチョコを渡せたことが奇跡のなのだ。
もう何度、あの瞬間を思い出したことだろう。その度に自分の部屋のベッドで堪らなくなってうんうんと呻いて過ごしていた。


もう部活に行っちゃったのかなと教室の様子が気になるけれど、振り向いて目があっちゃったらどうしたらいいんだろうか。なにも起こってないのに赤くなっているであろう頬を押さえて、この状況をどうしようかと悩む。何もせず教室に残ってるのも周りに怪しまれるからしばらく不死川先生の数学課題をやろうとテキストを広げる。ぐるぐると堂々巡りの思考から逃げるように、問題を解いているといつしか教室は人気が少なくなっていた。


もう大丈夫だろうかと恐る恐る後方を振り向くと、四人組の男女が一番後ろの席でなにやら雑談に興じている以外は皆帰ったようだ。ほっとして部活の終わる十八時までこのまま課題をやっておこうと決めたところで後ろの四人組から名前を呼ばれる。

「名字さーん」

残っていた四人は派手な容貌でいつも賑やかな人たちだ。全体的に「陽」な印象だが、こちらが人見知りということもありあまり関わることもなく、個人的に話すこともないのだがどうしたのだろうか。

「どうしたの?」
振り向いて目を合わすと女の子たちがほらやっぱり!ときゃあきゃあと高い声で男の子に話しかける。
(すごいな、男の子にあんなに親しげにお話しできるんだ)

「なんか今日雰囲気違うねって話してて!」
「うんうん、髪、可愛いね!」

急に褒められてぶわっと汗が出る。目線を彷徨わせながらしどろもどろありがとう、と返せばさらにかわいいー!と揶揄われる。かわいい、ではなくて挙動不審、なんだと思うのだけれど普段話すタイプではない珍獣の様子が面白いのか、なかなか会話が終わらない。お話しできて嬉しいのだけど、とにかく恥ずかしかった。

「…結構ふつうにタイプかも」
「まじで!!恋が始まっている?!名字さん、こいつタイプだってー!ライン教えてあげて?」

黙っていたクラスメイトの男の子の呟きに頭の中がグツグツしてくる。

(たいぷ?たいぷって?たいぷらいたー?くさたいぷのぽけもんがすきとかそういうこと?)

コミニュケーション能力の低い私にはキャパオーバーの事態で黙り込んでしまったところで、間違えようのない優しい声が鼓膜を揺らした。

「名前、帰ろう」

竈門くん。
いつの間に教室に来たのだろうか。しかも名前、なんて呼ばれたことないよね。沸騰していた思考がついに止まる。ピーーーっと脳内にエラーメッセージが出ている間に、どうやって帰る準備をして教室を後にしたのか記憶がない。気づくと校門まで来ており、隣で大丈夫?と声をかけてくれる心配そうに眉を下げた竈門くんにびくりと体を震わせてしまった。


「ごめん、だいじょうぶ…!」
「ぼーっとしてたけど…俺との約束ちゃんと覚えてる?」

照れ笑いを浮かべた竈門くんに再度頬が熱を持ち始める。
忘れるわけがないじゃない、と言いたいけれど言えるはずもなく声を出そうと開いた口を不自然に動かして竈門くんを見上げると吹き出すように笑われた。

「今日全然目合わせてくれないから、ちょっと心配だった」
「それは、その、緊張してしまって…」

だってもう好意があることも全部知られてしまっていて、それを嬉しいだなんて言ってもらえて、そして迎えた今日である。もちろん竈門くんから約束だと言ってくれたことですごく楽しみだったし自惚れてもいた。
でも学校で顔を合わせばやはり私ばかりが好きなのだろうと思われた。人気者の竈門くんが自分に好意があるかもしれないという可能性を信じることが出来ないでいた。

口籠っていると竈門くんはにこにこしていた表情を引っ込めてじっと胸の中まで見透かすみたいに静かな目で言い聞かすように言葉を紡ぐ。

「部活休むって連絡して教室戻ったら、名字さんちゃんと待っててくれたけど…なんか言い寄られてたし…焦っちゃた。これからは今みたいな可愛い顔見せちゃだめだよ」

分かった?なんて年下に注意するような口ぶりにこくこくと縦に何度も首を振る。
(かわいい…?かわいいって言ってくれた?)

「バレンタインありがとうね。めちゃくちゃ美味しかったよ」
「良かった、そう言ってもらえて嬉しい…」
「いつも大人しい名字さんが、すごい大胆なことしてくれたのも俺のために頑張ってくれたんだろうなって、嬉しかった。けどやっぱり告白は俺からしたいから、いいかな」

告白、という言葉に驚いて足を止めてしまう。夕焼けが竈門くんを照らして赤い瞳が燃えてるみたいに綺麗だ。

そっと右手に竈門くんの硬い掌が合わさる。掌も指も全部心臓になってしまったように鼓動が大きくなってどくどくと脈打つ音が聞こえてしまいそうだ。

「名字名前さん
すきです
俺の彼女になって下さい」

微笑むような優しい顔で伝えられた言葉に胸が痛いくらいに脈を打つ。全身熱くて握られた手も感覚がよく分からなくなっていた。
嬉しい、竈門くんも同じ気持ちでいてくれたかことが泣きそうになるくらい嬉しい。
すきな人が自分をすきになるなんて奇跡が自分に起こるなんて。

「返事聞かせてくれる?」

「わたしもすきです
竈門炭治郎くん」

消えてしまいそうな震える声でずっと胸の中に育てていた気持ちを本人に告げる。すき、すきだよ、竈門くん。ずっと前からずっとすきだった。

竈門くんは目がなくなるくらい顔をくしゃりと緩めて笑う。そんな顔もするんだと笑顔を見ながら、私も頬がゆるゆると緩んでだらしのない表情をしているのだろうと思う。

身体中が歓喜の声があげていて今すぐ全速力で駆け出したいような衝動が湧き上がる。真っ赤になった顔が夕焼けの赤に染まってごまかせていればいいなと思いながら2人で並んで歩き出す。


今ならどこまでだって歩けちゃいそう。
ふわりふわりと夢見心地の柔らかい地面を歩きながら、となりを見上げると竈門くんもそう思ってくれているような気がした。