kmt short story



今日のつづきで会いましょう



「名前、もう出るぞ」
「はい、髪留めを付けたら、、もう出れます」
鏡に映る自身の側頭部を見ようと顔を傾け覚束ない手付きで、秋の葉っぱを閉じ込めたような美しい琥珀色の髪留めを耳の後ろにそっと挿す。
髪留めは、彼の瞳を溶かしたような色味が気に入って、初めて強請って買ってもらったものだ。
綺麗にまとまったことに満足して、玄関へと急ぐ。杏寿郎さんが私の羊毛の羽織りと襟巻きを手に待っていてくれた。

「どれ、見せてみなさい」
まじまじと大きな目で見られることが恥ずかしくて、少し目線を落として髪留めのついた左側が杏寿郎さんに見れるように首を回す。
「うむ、よく似合っている」
男性らしい低い声とともに耳の淵を指先でそっと撫でられてぴくりと肩を揺らし、目線を上げる。双眼を柔らかく細めた優しい顔の杏寿郎さんが可愛らしい、ともう一言付け加えるものだから途端に顔が熱を持つ。
「ありがとうございます」
どうしてこの人はこんなに甘いことをこんなに優しい顔で言ってくれるのだろう。熱を冷ますように右手の甲で頬を触る。冬の手の冷たさが心地いいくらいに熱い頬が、言葉にならなかった気持ちを表していた。

「では行こうか!もう混んできたころだろう」

羽織りを着やすいように広げてくれる杏寿郎さんは自身も羽織袴に黒いコートを纏って朱色が目に鮮やかな襟巻きを付けており自分の主人であったが贔屓目をなしにしてもとても格好良かった。
着物の上から羽織りに腕を通して首元にお揃いの朱色を巻いて貰えば室内では暑いくらいで、十分に暖かい。

「お天気がよくてよかったですね」
「あぁ朝日が眩しいくらいだな」

戸締りをして2人で外を並んで歩くとあちこちの玄関に門松の飾りや水引を見かけて、来年はこういうのもいいだの、あの花が綺麗だの会話が弾む。
ぴゅうと冷たい風が顔に吹き付けて冷たいけれど、歩幅を合わせて歩いてくれる杏寿郎さんが時折そっと肩や腰に手を回してくれるので、杏寿郎さんのいる左側はぽかぽかと暖かかった。

神社に着くとまだ9時にもなっていなかったが、すごい賑わいだった。大勢の参拝客に混じって境内への列に並ぶ。皆が晴れやかで新しい年への期待や喜びであふれていて、自然と顔が綻んだ。

「もう少しこちらに来なさい」

そっと肩を抱かれて杏寿郎さんの大きな腕の中に入れられると途端に嗅ぎ慣れた彼の香りが濃くなった。洗剤や箪笥の匂袋の香りと混じったお日様と杏寿郎さんの香り。いつのまにかこの香りが私の香りにもなっていて2人で一つのように感じる。小さくすんと香りを吸い込むと満たされたような幸せが胸に広がった。

「人が多いと君が潰れてしまいそうで心配だな」
「そんなに小さくないので大丈夫です」
「そうだろうか?こうして俺のコートの中にいれてしまいたいくらいだぞ。どうだ、入っておくか?」
色気たっぷりに微笑まれて、その様子を想像するとあまりの密着具合に耐えられそうにない。それに後ろから包まれて仕舞えば、背中に首に杏寿郎さんからどんな悪戯をされるかわかったものではない。
ぶんぶんと首を振ってお断りすると、はははっ、と快活な笑い声で赤い頬を揶揄われる。
今日は髪を結わっている杏寿郎さんはいつもより落ち着いて年嵩に見えるけれど、こういう子供のような無邪気な顔は可愛らしくていつもの杏寿郎さんだ。

ようやく回ってきた順番に、2人並んでお賽銭を投げ入れてカランカラン、と鐘を鳴らし二拍手して手を合わせる。

杏寿郎さんが今年も幸せであるように、怪我をしませんように、楽しいことが多いように、健康であるように、必ず私の元へ帰ってきますように。

杏寿郎さんのことを思うと、次から次に願い事が出てきてしまう。
こんなにたくさん言われたら神様も大変かもしれない。でも、私が頼れるのは神様しかいないので、どうにか彼を死なせないでくれと、祈るしかない。
どうか、どうか。

お祈りを終えて顔を上げると、先に終わった杏寿郎さんが人波に押されないように庇っていてくれていたようだ。
そっと右手を握られて、初詣の列とは逆行して神社の入り口へと戻る。

「お祈りは何にされたんですか?」
「むう、そうだなぁ
親方様のこと、隊士のこと、父上や弟のこと、あとは全部君のことだ!」
「私、杏寿郎さんのことしかお祈りしませんでした…」
彼の思いやる人の多さに、薄情者ですね、と反省すると杏寿郎さんが嬉しそうに笑う。
「いや!そこまで名前を独占できていると思うと幸せだ!」
そう言って笑う杏寿郎さんに、私にはこの人しかいなくていいかと思うのだった。

「御神籤、引きましょうか」
「そうだな!運試しといこうか」

子供たちが競い合って木にくくりつけているのを見に留めて、巫女さんのいる社務所に立ち寄る。こちらも大変混雑していたので、少し並んで待つ。
その間も先程繋いだ手を離さないでいてくれたことが嬉しくて、指先でそっと杏寿郎さんの手を撫ぜる。お返しのようにふにふにと握り返されてちらりと横を見上げると杏寿郎さんは前を向いたままだったが、再度ふにと手を擽るように握られた。そんな些細な戯れを繰り返すうちに、御神籤を引く番になる。
ジャラジャラと筒を回して出た番号を告げる。
少し離れたところで周りの人達と同じように、御神籤を開くと「大吉」であった。

「杏寿郎さん!大吉です!」
「俺も大吉だ!正月から幸先がいい!」
お互いの御籤を見せ合い、ほうほうと読んで、また返す。
「大吉なので持ち帰ってもいいですか?」
「そうだな!お守りにしよう」
「そうですね
来年もまたこちらに2人でお参りに来ましょうね」
「あぁ、そうしよう」
ふと屈んで私の耳元に唇を寄せた杏寿郎さんが低い声で、来年は稚児と3人でもいいぞ、と囁くのできゅんと胸が跳ねた。
爽やかな笑顔で、さぁ帰ろう、ともう一度手を引いてくれる、その手を握りながら明日も明後日も杏寿郎さんとの日々を積み重ねていけることがこの上なく幸せだと思う。願わくばこの先もずっと、隣で。



(父上に新年の挨拶に行かねばな)
(千寿郎くんにお年玉もお渡ししないと)

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