kmt short story



きみの影踏み



鬼が出る場所は大抵決まっている。暗く深い日の当たらない森、隠れるところの多そうな大きな屋敷、人里にほど近くしかし繁華街ではない、丁度良い人通りの街。

そういうところにいるものだ。

宇髄天元は今回の任務地である大きな屋敷で、本来ならば主人の部屋であろう奥座敷の床の間に倒れ伏した男性を見つけた。
歳若く美男と言える顔は血の気がなく蒼白であったが、首に手を当てると脈があった。
仏になる前に助けられて良かった、と安堵に胸を撫で下ろす。こんなところに捕らえて放置した元凶はどこであろうかと気配を探る。

「出てこいよ、俺がその頸派手に落としてやる」

背負った二本の刀に手を伸ばし、標的に向かって踏み込むと畳の目がみしりと音を立てる。気配を隠そうともせず縁側を歩いてくる鬼の頸があるであろう位置に狙いを定め障子ごと刀を振り抜くが、そこには何もなく頭二つ分下で少女と目が合う。

「危ないなぁ、振り回さないでよ」

子供らしい高めの声で刃物を怖がる様子もなく文句を言う少女に拍子抜けするとともに鬼だとばかり思っていたが人であったのかと驚く。危うく殺してしまうところであった。急いてはいけないと再度落ち着きを取り戻し少女の方に意識を向けるも人の気配に混じって妙なものを感じる。半壊した障子を足で蹴り飛ばし少女の目線までしゃがみ込む。

「お前も拐われてきたのか?…にしても妙な餓鬼だな」
「ちょっと、餓鬼じゃないわ名前よ。この国の男ってどうしてこうもレディの扱いがなってないの?」
「はぁ?れでぃだぁ?お前マセ過ぎだろ、一体幾つのつもりだ」
見たところ10歳にもなっていなさそうだが、その口振りはこまっしゃくれた生意気のものである。値踏みするように頭の先から下まで見回すが、幼い割に整った顔立ちをしているとは思うがまだまだ乳臭い餓鬼だ。

「あっ、宗次郎さん!!」

床の間に倒れていた青年に目を止めると名前はまるで愛しい恋人のように呼びかけてぱっと駆け寄った。蒼白な顔を小さな腕に抱きかかえたて男の様子を観察し、こちらを大きな目で睨み上げてきた。

「あんたがやったの?最近私の邪魔しているのあんたなんでしょう!せっっかくお家に来てくれたのに…」
「俺じゃねぇよ!つーかお前のなりで呼び込んだのか?」

この倒れた青年の恋愛対象は随分と世間から外れたところにあるようだ。しかも夜に家に招くなんてこいつはどういう暮らしてをしているのだろうか。

「嘘ついてたら許さないから…!…宗次郎さん、全然元気ない…こんなんじゃ…」
「首の後ろに傷があった。昏倒させられただけだろう。変な血鬼術にかかってなきゃいいけどな…」
「けっきじゅつ?」
「鬼の仕業ってことだ…嬢ちゃん俺の後ろであんたの恋人守っててくれよ」

本命のお出ましだと今度こそ頸を狙って大振りの刀を振るう。両手に日輪刀を持ち間髪入れずに二撃目を叩き込むと、あっさりと鬼の首は地に落ちた。
呆気ない、その呆気なさが得体の知れない不安感と気味の悪さを感じさせる。

不意に背後でめきめきと骨が軋み変形する音が聞こえる。振返るときゃあっと名前が悲鳴を上げながら宗次郎とやらにのし掛かられていた。グルグルと獣のような声を上げて少女の腕に噛みつこうとする寸前で男の体を蹴り上げると後方に転がるように受け身をとる。
「あーあー血鬼術だったか…宗次郎が鬼の本体になってたってところか?」

どちらにせよ、頸を落とさねばならない。彼はもはや人ではないのだから。

「なにあれ…、腐ったような血の匂いがする」
「悪いがあの男の頸は斬るぞ、そうしねーと鬼は死なねーんだわ。子供が見るもんじゃない…目を塞いどけよ
…っておい!戻ってこい!!」

ふらふらと鬼の方へ近づく名前の腕を掴もうとしたが一足遅かった。飛びかかってくる男の方が速い。必死で伸ばした指先で触れた名前の服を掴み切れず空を切る。
やばい、食われた。
そう思った時には鬼の体は遥か後方へ吹き飛ばされていた。どしん、と鈍い音で襖にぶつかった鬼よりも少女が何をしたのだろうかと視線を名前に戻す。もしや俺の判断違いでこいつも鬼だったのだろうか。何らかの条件で体を操れる血鬼術だったのだろうかと背中を冷や汗が伝う。

「次から次へと、私の待ちに待った夜を台無しにして…許さないから」

名前の言葉を分かっているのか、鬼はにたにたと笑いながら身を起こし再度彼女に向かって飛びかかる。名前が鬼か人か、確信が持てないままだったが無意識に「逃げろ」と声を出していた。その声に顔だけ振り返った
少女はその見かけに似合わない女の表情で俺を一瞥した後、素手で鬼の手を受け止めるとそのまま投げ飛ばす。どう考えても彼女の持ち上げられる体重じゃないだろう、と理解が追いつかない。
受け身も取れずに床に叩きつけられた鬼の体にぴょんと小柄な体で飛び乗ると名前はそのまま力任せに鬼の体を殴り始める。

最低、愛し合ってたのに、邪魔ばっかり、私が先に目をつけてたのよ、馬鹿。

恋人のごとく抱いていた男の顔をそんな言葉と共に叩く彼女に呆気にとられながら頸を切らねばと思い再度日輪刀を握り鬼の元へ近づく。再生する前に拳を叩き込まれてどんどん変形していく鬼の身体は敵ながら哀れなほどだ。

「おい、クソ餓鬼。あとできっちり話聞かせろよ。とりあえずそいつはこの刀でなきゃ死なねーんだわ、どけ」

お前も鬼なら頸を斬るまでだが、と言えば名前は不快そうに顔を歪めながらもすぐに男の上から下りて早く言いなさいよ、と文句を言う始末であった。
大した抵抗もできない鬼の頸を一振りで落とすと、ぼろぼろとその身体が崩れていった。


任務の標的であった鬼は滅することが出来た。しかし達成感よりも得体の知れない少女の対応に頭を抱える。なんなんだこに餓鬼は・・・。面倒に巻き込まれていることを薄々感じながらため息を吐く。
ちょうどその時障子にうっすらと朝日が差し込んだ。陽光は鬼の最も嫌うものだ、これで名前が鬼かどうか判断できると彼女を振り返ると床に蹲って丸くなっていた。

「…どうした?殴りすぎて手が痛ぇとかか?」
「…ちがうわよ、ばか」

朝日の先が名前の剥き出しの足にかかる。その足先は黒く焦げることもなく白いまま人の肌の状態を保っていた。その様子を確認してから彼女に近づいて顔を覗き込む。明るいところで見ると余計に少女が整った顔立ちであることがよくわかった。大きな目は薄墨のような色味で、鬼特有の紅梅色ではないことに安堵してこれでこいつを斬らないですむなと安堵する。

鬼は敵だ、だがそれでも女子供の肉を断つ感触はいつまでも後味が悪く感じるものだ。

鬼でないにしてもあの力の強さはなんなんだろうかと訝しみながら名前の目を確認した後でその細腕を無遠慮に掴んで握ったり撫でてみるもただの子供の手のように思う。

「お前なんであんな力強いんだ?」
「ヴァンパイアだからよ。知らないと思うけど」

俺も大概肌が白いは、名前の肌の白さは一度も日に当たったことがないまま成長してきたようなそんな白だった。西洋人のそれのような肌と不思議な単語に頭をひねりながら、忍のように特殊な訓練を積んだ外国の組織だろうかと思う。

「知らねぇなぁ…。つーかお前なんか地味に顔色悪くなってないか?」
「当たり前じゃない…宗次郎さんのために何日我慢したと思ってるのよ…」
「…お前飯抜いてたのか。男はがりがりよりも派手に豊満な女が好きなもんだぞ?まぁその体に発情する時点で完全にやべぇやつだろうけどよ」
「ほんんっとに失礼ね!あーっもう限界!あんたでもいいわ、ちょっと血飲ませなさいよ」

名前はあーんと口を開いて俺の腕を掴むと噛もうとする。大きく開けた口には尖った犬歯が光り、慌てて腕を引き戻そうとするも名前の力は強い。平均よりも大分上背のある自身の力と均衡する名前の細腕が信じられない。

「ちょっと待て!!噛むな!!」
「いいじゃん!ちょっとだけ、ちょっと舐めるだけだから」
「いや、お前血飲むのかよ!!やっぱ鬼なんじゃねぇの?」
「鬼ってさっきの?あんなのと一緒にしないで、ヴァンパイアは高潔な一族なんだから。ただ・・最近ハンターが多いから、東の果てまで来ればクリスチャンも少ないし住みやすいかなと思って来ただけだもん」

だからお願い、血を頂戴?と可愛らしく首を傾げる名前のあざとい仕草にこいつ絶対10歳じゃないと結論づける。

「鬼は日の光が一番の弱点だ。お前はそうではないみたいだが、血を取って殺すのか?今までも、あの男も殺すつもりだったのか?」
そうであればやはり見過ごせない、と睨み付けると少女はきょとんと目を瞬く。
「殺す?殺すわけないじゃない、殺したらもう二度と美味しい血を分けてもらえなくなるじゃない…私たちはね血しか飲めないの、それしかないの、食べれるものが。だからたくさん持ってる人から少しもらうのよ。宗次郎さんにだってちゃんと説明したもん…もちろんそのお返しになんでもしていいよって言ったけど…」

ぶつぶつ言い訳のように話す名前は口調こそ元気だがもう起き上がれないのか腕がだらりと床に伸びたままだ。彼女の言葉が嘘か本当か判断がつかずどうするか迷う。噛まれて死んだら笑い事じゃない。

「分かった…だが噛まれるのはごめんだ」
妥協案として左腕に日輪刀を滑らせる。たらりと赤い筋が垂れると目に見えて名前が幸せそうに顔を綻ばす。気色悪い顔すんな、と言っても聞こえていないのか床に垂れそうになった血の流れを辿って舌を這わし始める。猫に舐められているような小さな舌がぺろぺろと這う感覚がこそばゆよくふいにぞくりと背筋が震える。
硬い犬歯が腕の表面の皮膚を撫ぜていることに気づいてこら、と叱るとすぐに引っ込めて悪いことしてませんという顔で必死になって血を飲んでいた。

「美味しかった!ごちそうさま!」
満面の笑みを浮かべる名前を目の前にすると厄介なもんに関わってしまった気がした。
予定と違う。これ以上深みに嵌るとやばい気がすると思いじゃあな、とそそくさと背を向ける。

「本当は若い美男子の血しか飲まないんだけど、まぁぎりぎり許せたかな」
「…聞き捨てならねぇなぁ…俺だって若くて、派手に美しいだろうが!!!」

立ち去ろうとしていた足を戻し名前の目の前に顔を近づける。よく見ろ、というと子供らしい表情をわざと作ってとぼける名前に腹がたつ。

「うーん、私の好みじゃないって言うかぁ…」
「はぁ?お前の好みなんか知るか!祭りの神の美貌を理解できないとはな…」
「でも、そうね…悪くないかも。ご飯に困るのももう嫌だし、しばらくあなたで我慢するわ
これで契約ね」

ちゅ、と右頬に柔らかい感触を感じると共に名前がにこりとこちらに笑顔を向ける。そうやって笑っていれば年相応で可愛いのにと思い、くしゃりと少女の髪を撫でる。

「っんとに、マセ餓鬼だな…まぁ分かれば良いんだよ、じゃあな」

今度こそ帰ろうと立ち上がると、目の前でするすると音もなく名前の体が俺の影に溶けていく。目眩がしそうな光景にちょっと待て、と言うと黒い影の中から水墨のあどけない瞳が浮き上がってきて不思議そうに首を傾げている。

「どうしたの?」
「出ろ!!なんで影に入ってんだよ…お前は妖怪か?こえーわ!」

ぞわぞわと鳥肌が立つ。なんじゃこりゃあ!と叫びたいわ。人でないなんて聞いてないぞ。
可愛らしく笑う名前はえへへ、とまた態とらしく子供の振りをする。

「大丈夫、なにもしないよ?たまにご飯くれたらね。あの鬼ってやつと戦うときは手伝ってあげるし!」

だからよろしくね、と笑う名前にひくりと頬が引きつる。
神や仏を全く信仰してこなかったつけが回ったのだろうか。もしやこれは呪いか何かなのだろうか。
こうして俺は俺の意思に反して自身の影の中に名前を飼うことになったのだ。



(まじで、まじで出てくんなよ!!)(うん、だいじょうぶだいじょうぶ)(全く信用ならねぇ・・!)


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