fate short story



一番に愛されたい



カルデア唯一のマスター、藤丸立香はとても困っていた。

高身長で顔のいい半裸の古代王二人に両側から詰め寄られ、召喚システムを前に大事に集めた虹色の石を必死に後ろに隠す。

「マスターよ、おかしいとは思わぬのか」
「んー?どうしたのファラオ」

褐色の肌に太陽の瞳を持つオジマンディアスは、とぼけた返事をした立香の足を錫杖で強く突いた。

「いったぁっ!」

足の甲を抑えて床に蹲ると、二人の影で視界が暗くなる。

「真面目に答えよ、マスター。おかしいであろう」
「そうだぞ雑種、王の中の王である我等二人になぜ最初に献上しないのだ?」
「ファラオ…、ギルガメッシュ王、無茶を言わないでくださいよぉ」

立香とて二人が言わんとしていることは分かる。分かってしまうのだ。
昨今のカルデアは未曾有のバカップル爆誕期であり、伴侶や恋人と連れ立って歩く姿が食堂やシミュレーターなど至る所で見受けられた。「項羽様っ!」「我が愛!」と大きな声でいちゃつく一部の英霊の様子を羨ましがっているのはなにも人間のマスターや職員だけではないのだ。

「余のネフェルタリを喚べ、マスター」
「我の後宮ごとここに顕現させよ、雑種」

古代王たる二人の要求は聞き届けられるはずもなく。こつこつ地道に集めた石をそんな勝手に使われてしまえば、他の英霊たちだって似たようなお願いをしてくるに決まっている。金の瞳と紅の瞳に見下ろされ、泣きそうになりながら召喚システムを管理しているダヴィンチに目線を送って助けを求める。

「あーー、王様方。流石に二人分は石がないようだ。ジャンケンで決めてくれないかな」
「ちょっと待って!なんで許したのダヴィンチちゃん!!この石で俺は水着のピックアップに備えてるんだよ!?」
「立香くん、ここで君の意地を張ると事態が余計ややこしくなるよ?」

美貌の天才からの憐みの視線に立香が悲鳴を上げていると、すぐ横で最初はグー!と早速イケメンの真剣じゃんけん勝負が始まる。二人の後ろには宝具の幻影が浮かぶ壮絶な戦いである。


「ふはははは!幸運A+だと油断したな、太陽の。じゃんけんとはな、人類最古の勝負なのだ。我の戦歴を見誤るではないわ!」


結果として幾度ものあいこの後、ギルガメッシュが勝利した。勝負の行方を大笑いで見守っていたダヴィンチが、打ちひしがれるファラオを緊急事態だと呼び出したニトクリスに預けてくれた。
なおも高笑いを響かせるギルガメッシュに右手を差し出され、立香は思いっきり顔を顰めながらも仕方がなく集めた石から3個取り出しその手に乗せる。

「ギルガメッシュ王、ご理解されていると思うけどさっきの後宮ごと、は無理だよ?英霊、もしくは神霊として霊基登録されている中からしか喚べないからね?」
「ふん、分かっておるわ…我が数多の女の中からただ一人を選ぶとなれば、それはもう決まっておる」
「あぁ、そうか。最近彼女が新たにシステムに登録されたことを知っていたのかい」
「当たり前のことを申すでない」

ギルガメッシュは虹色の聖晶石に一度目線を落とすと、にやりと口角を上げて召喚システムに放り込んだ。
急速に回転を始めた術式の光の渦が神々しく輝き、黄金の粒子の中から一人の女性が現れた。ふわりと浮かぶ長い髪が少しずつ重力に従い細身の身体に沿って流れると、閉じた瞳が長い睫毛を揺らしてゆっくりと開きこちらを見る。

「キャスター、名前。召喚に応じて参上致しました。神を鎮める巫女の力、此度はマスターのために使いましょう……あら?」

思わずうっとりと見惚れる優雅な所作で立香に対して膝を折る名前は、即座に歩み寄ったギルガメッシュに抱き上げられる。小さな子を抱くように両手で高く抱えられた名前はきょとんと金髪の王を見やる。

「名前!あぁやはりお前がこの世で一番愛らしいな」
「まぁ、懐かしいお顔ですこと。ギルガメッシュ王がいらっしゃるとは…」
「我が喚んだのだぞ!雑種のことは放っておけ、今日は宴だ!」
「まぁ…またそのように公務を投げ出して…此度は貴方の側室ではなく、マスターのお役に立つためにこうして現界いたしましたのよ」
「そうですよ、ギルガメッシュ王。まずは名前さんの霊基のチェックと個体登録です!」
「チッ…疾く終らせよ!我を待たすでないわ!」

ギルガメッシュの腕からしぶしぶ床に下された名前はくるりと立香に向き直り、にこやかにその手を取る。

「マスターよろしくお願いします。どちらに行けば?」
「よろしくね、名前さん。じゃあ霊基チェックから行こっか」
「雑種は名前に触れるな」
「もう…終わればすぐ王の元にお伺いしますから。マスターと私の時間も少しはお許し下さいな」

不機嫌なギルガメッシュをものともせずに嗜める名前の言動を立香は尊敬の眼差しで見つめる。仕方がないとぶつぶつ言いながらも霊体化し、部屋から出て行ったギルガメッシュのことを名前は愛おしそうに目を細めて見送った。


彼女はその後の霊基チェックや登録なども快く対応してくれる、とても人の良いサーヴァントだった。
次の日からは英雄王が上機嫌でカルデア内を連れ歩いており、名前はその側で楽しそうに笑っていた。立香のことをマスターと慕い、カルデア内で会うと優しげな顔ですぐに声をかけてくれるので、嬉しくなってついつい種火をあげてしまった。その結果名前は召喚後一週間で最終再臨まで済ませてしまったのだった。

彼女はアーツパーティにはぴったりのサポート役だったので、今日は周回デビューしてもらおうと管制室に来てもらった。


「名前さん、最終再臨の格好も素敵だね」
「まぁマスターに褒められてしまいました!これは舞の奉納用の衣装です」

白い薄手の長衣を身に纏い、長剣を片手に名前は優雅な舞を見せてくれる。

「わぁ!格好いい!名前さん優しいし可愛いし格好いいし有能だし来てくれてほんと助かる!」
「ほう、誰かと思えば名前ではないか。久しいな」
「王!?あのマスター、こちらの王もギルガメッシュ王に見えるのですが…」

突然かけられた声に驚いた名前は、立香にぴたりと身を寄せてその腕を掴む。

「あれ、まだ会ってなかった?こっちはキャスタークラスのギルガメッシュ王だよ。今日の周回一緒に行くんだよ!」

立香の言葉でおずおずと賢王・ギルガメッシュの前に立った名前はじっとその顔を見上げる。

「昨夜までシバのシステム改良に籠もっていたからな…名前、よく顔を見せよ」
「王…貴方は…私の知る王とは違います。まるであの頃私が信じていた、ウルク治める理想の王そのものの様です」
「お前は我が不老不死の旅より戻った時には、既にその魂を女神めに取られておったからな…」
「夢のようです……私がともに過ごした王も勇しく偉大な王に違いはありませんが…王はこうして落ち着いた立派な為政者におなりになられたのですね」

英雄王との賑やかな再会とは違い、名前と賢王はしっとりとした親密な空気を醸し出す。英雄王の行いを気軽に嗜めていた名前も、賢王の前ではうっとりと憧れの視線を送っていた。

「もしもしご両人、悪いけど今日のレイシフトは私もご一緒するよ。初めましてかな、麗しいお嬢さん。私は魔術師マーリン、マーリンお兄さんと呼んでくれてかまわないよ」
「マーリン、宜しくお願いします。キャスター名前、本日は初陣にてご迷惑をお掛けします」
「邪魔をするでないわ、獣風情が。名前、此奴のそばには寄るなよ」

マーリンが二人の間に流れた甘い空気を打ち消すように、花弁を散らしながら登場したことで立香も我に帰る。映画のワンシーンのような二人の再会に当てられてしまったようだ。マーリンの興味津々の視線から名前を隠すように立つギルガメッシュの不機嫌指数が上がらないうちに、さっさとレイシフトを開始してしまおう。

「名前さんは初戦だからなにかおかしなことがあればすぐに言ってね!じゃあ、行こう!」

立香の言葉とともにカウントダウンがスタートし、レイシフトが開始された。
結果から言って、このパーティは立香もスタッフも大歓喜の超優秀アーツパーティだった。名前とマーリンのスキルでギルガメッシュが宝具連発できることが分かり、その日から種火集めに三人は大忙しとなった。立香としても自身のサーヴァントに過労死されては困るのだが、集められるだけ種火を集めたいという欲もあり、あと一回だけ、次で最後、と毎日呪文のように唱えては周回に勤しんでしまっていた。


そんな状況が面白くない人がいることを、このときはすっかり忘れていた。


「ええい!雑種ぅぅっ!!貴様、周回周回周回と一体これで何日目だ!!いい加減我に名前を返せ!!!」

青筋を浮かべた英雄王が、レイシフトの帰還を狙って阿修羅の形相で乗り込んできたのだ。
マーリン、賢王、名前は三人並んでカルデアの床に座り込んでおり、誰も顔をあげようともしない。流石に連れ回しすぎたかな、と思いながらも周回ハイになった立香は種火の黄金の輝きを見ればそんな思いも吹き飛んでしまう。

「ギルガメッシュ王、名前さんすごいんですよ!ほら見てください、こんなに種火がいっぱい!!これだけあれば聖杯を渡してレベル100まであげて、もっと周回に出てもらえます!」
「やめろ貴様!これ以上我の寵姫をこき使うならその首落とすぞ!」
「ストーッップ!!英雄王、ここで宝具を撃つのは勘弁してくれ。立香くんもそろそろ周回はやめたまえ、君も含めてみんな休息が必要だ」

見かねたダヴィンチの取りなしにより宝具による大惨事は免がれ、今日は解散し明日は一日休暇となった。

「マスターも人使いが荒いよね…私はあと一週間は休ませてもらうよ」

激昂する英雄王と周回ハイの立香の言い争いを聞き流しながら、マーリンはこれ幸いとすぐに部屋を出て行った。名前と賢王は二人とも疲れ切った顔で立ち上がりふらふらと歩き出す。宝具連発させられて疲労困憊の賢王を支えるように名前がその体に腕を回し出口に向かう。

「名前、大丈夫か」
「私より王の方が…」

「名前、帰るぞ!」

労わりあう二人の前に未だ苛立たしげに怒気を放つ英雄王が立ち塞がる。ギルガメッシュ王二人を前に名前は暫し狼狽てしまった。どちらも敬愛する王には違いないのだが、今ここで賢王のそばを離れるのも心苦しく、英雄王が心配してくれていることもよく分かる。

「そのような老いた我など放っておけ」
「王、そのような言い方は…」
「よい、名前。たかだか若いだけの我と同じ男の言葉で気分を害すことなどない」
「王…」

隣に立つ賢王と、向かいに立つ英雄王の視線が稲妻のように光っているのは気のせいだろうか。しかし名前も連日の周回で疲れ切っており、出来るだけ早く眠りにつき魔力を回復させたいのも確かだった。名前は意を決して両腕を組んで鋭い視線を飛ばしている英雄王の手を握るとそのまま歩き出す。右腕で賢王を支え、左手で英雄王の手を引いてもくもくとカルデアの廊下を歩く姿に、スタッフも他のサーヴァントも何事かと道を開ける。

「名前、ど、どうしたのだ?積極的なお前も愛らしいが、我どうしていいのか…」
「はぁ…何を顔を赤らめておるのだ。こっちは二人とも疲労で気絶寸前だぞ。同じ自分だと認めたくないわ」
「なんだと?そも老いぼれは疾く失せよ!」

口喧嘩が始まりそうになったところで、名前の居室に辿り着きそのまま三人でベッドに雪崩れ込む。川の字で寝転んだところで名前はいつも通りの落ち着いた柔らかい声で両側に順番に目線を送る。

「王が二人もいらっしゃって、正直私どうしていいのか分かりません……なので、一旦寝ますね」

おやすみなさいませ、と告げるとすぐに穏やかな寝息を立て始めた名前に驚いたものの、賢王も疲労から即座にその隣で眠りに落ちた。一人起きたままベッドに寝転ぶ英雄王は、肘をついて瞼を閉じる名前を見下ろし、その隣にいるキャスターの自分とまだ繋がれたままの腕を見て深くため息を吐く。

「お前は我のものであろうが…」



「何をしているんですか?」
「…幼い我か」

翌朝、談話室の窓側に立つ英雄王のもとに子ギルが寄ってきた。ぼんやり外を見たまま動かない様子を不審がって可愛らしく首を傾げる。

「聞きましたよ、昨日マスターさんと大騒ぎしたって」
「ふん。あれは名前を迎えに行っただけだ……なのに彼奴、老いぼれまで連れ帰りよって」
「あぁ未来の僕の奥さんですね。どうしましたか、もう一人の僕に取られて嫉妬してるんですか?」
「幼い我は愛らしいが、言わんでいいことをわざわざ言うな」
「そうやってすぐ怒るから、あっちの僕の方がいいなって思ったんじゃないですか?」
「うるさい」
「またそうやって…彼女はいったい貴方の何がいいんでしょうね?僕には理解が出来ません」

そう言い残して英雄王の側を子ギルが離れるのと入れ違いで、よく知る魔力の気配とともに滑らかな肌が背中に触れる。首だけ動かして振り向けば、後ろからぎゅうと抱きしめてきた名前の頭がぐりぐりと背中に押しつけられた。

「昨日は迎えにきてくださったのに、お礼も言わずすみませんでした」
「……赦す。そも我は名前には怒っておらん」
「ありがとうございます。賢王様は自室にお帰りになりました。……私にとっては見ることのなかった未来の王のお姿は、とても眩しく貴方と変わらず尊い方です。でも、私をウルクの地で側に置いてくださったのは他でもない貴方です、ギルガメッシュ王」
「当たり前だ、お前をここに喚んだのも我である。雑種にも、あの老いぼれにもお前をやるつもりはないのだぞ」

顔をあげた名前の腕を引いて、その体を正面から抱きしめる。ギルガメッシュは名前の柔らかい頬を撫でながら、すっかり元気になった様子に安心する。
白く滑らかな頬を擦り付けてギルガメッシュの片手に両手を添えた名前は愛おしそうに目を細めるのだった。


「朝ご飯は召し上がりますか?」
「ふん、たまにはよかろう。今日は休みであろう、我と一日中一緒におるのだぞ」
「もちろんです」


連れ立って食堂に向かう二人の姿を見守っていた子ギルは、やれやれと小さく息を吐く。こんな公共の場でいちゃつくのは多方面に要らぬ刺激を与えるのだから控えて欲しいと思う。

寄り添って歩きながら、英雄王を見上げる名前の目がとても嬉しそうに輝いているので、少しだけ彼女に見つめられる成人した自身の姿が羨ましくなる。
記憶と記録では知っていても、あれほど愛おしいと伝えてくる視線を実際に向けられる経験は、悔しいがあの男にしか出来ないだろう。

「まぁ僕は可愛いで攻めますかね」

今度のレイシフトは彼女と組ませてくれと、マスターにお願いしてみよう。



リクエスト箱より 「ギルギルハッピーセットで平和なカルデア」
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