fate short story



夏の夜の夢



「おい、名前!また奇怪な祭が始まるではないか、疾く支度せよ!……なんだ、貴様は水着にならんのか」

ノックもなしにマイルームに入ってきた賢王・ギルガメッシュは、いつも通りの白いカルデアの制服に身を包んだ私を見ると、あからさまに期待外れだと言うようにため息を吐いた。今日から始まる夏恒例の微小特異点修復に特化した夏季限定の礼装は毎度可愛らしいものから際どいものまで様々だが、どうしても水着を!と、欲しがるサーヴァントも多いのが常だ。今も今回の水着配布が発表され、カルデアの至る所で賑やかな騒動が起こっている。

「水着は藤丸君とマシュに任せます。…王様だって水着じゃないし」
「はっ、我には他の衣装がある。して、それはなんだ」

ダヴィンチちゃんから支給された藤丸君とは別の微小特異点に向けた礼装を片手に着替えようとしていたところだったので、なんとなく気恥ずかしくなってその礼装を隠すように腕の中に抱きしめる。そんなことをしてしまえば、この王の興味を余計に引いてしまうと分かっていたけれど、素直に見せてどんな反応が返ってくるのか少し怖かった。

「なんでもない…ってあ!か、返して!」

腕の隙間から強引に奪い取ると、ギルガメッシュは興味深そうに広げて検分しはじめる。ばさばさと床に落ちた小物を拾ってギルガメッシュの顔を伺うと、さらさらとした金糸の前髪から覗く瞳が愉快そうに輝いていることが分かる。

紺青に白の鈴蘭の文様の入った涼しげな浴衣は、落ち着いた印象で一目で気に入った。しかしこれを着て美丈夫を絵に描いたような自身のサーヴァントと並んで歩くと思うと、礼装であると分かっていてもどうも気恥ずかしさが勝ってしまう。

「ふむ、良いではないか…貴様の国の言葉でいうところの雅と言うのであろう」
「…そう素直に褒められると、着るのが余計に恥ずかしい……」

ギルガメッシュから返された浴衣を胸に抱いて羞恥から目線を下げると、くいと顎を長い指で上げられた。思いの外近くで目線がぶつかり赤い頬がさらに熱を持つ。

「もちろん同行は我であろう、マスターよ」
「……行ってくれますか」
「外でもないマスターの頼みだ、仕方があるまい」

ふんと鼻を鳴らしたギルガメッシュは、得意そうに私の頭をわしゃわしゃと撫でる。着替え終わったら管制室に行くと言って、王様には部屋から出て行ってもらいタブレットの資料を元にどうにか浴衣を一人で着てみるも帯が綺麗に結べずにカルデアのキッチンに駆け込む。生活全般において頼りになるエミヤと女将は困った顔の私を見るなり、何も言わずとも全てを察したようでせっせと着付けを直してくれた。

「マスター、浴衣は所作が大事でちゅ」
「着崩れた時は身八つ口から直すように…あまり大股で走るなよ」
「本当に何からなにまで……ありがとう、二人とも」

髪まで簪にまとめてもらい、いつもと違う装いになるとうっかりするとレイシフトではなく遊びに行くような心地になってしまう。急いで管制室に向かうと、既に全員揃っていた。
レイシフト準備に取り掛かるスタッフに囲まれながら、隣に立つギルガメッシュを見上げる。自身の礼装と同じ紺色の無地の浴衣を身に纏った王様は普段よりも肌の露出が少ないはずなのに、どうしてか色っぽく見える。

「ほう、いつもより淑やかに見えるな」
「ありがとうございます……王様も浴衣なんだ」
「我に見惚れるのは任務の後にせよ」

目線を奪われてしまっていたことを指摘されて反論するま間もなく、カウントダウンがスタートする。

「それじゃあ名前ちゃん、ギルガメッシュ王よろしくね!」
「行って来ます」

ダヴィンチちゃんの声を最後に、レイシフトが開始する。
今回の微小特異点は日本の縁日らしい。終わらない祭を終わらせてこいということだそうで、反応が消えればすぐ帰還できそうだということだから気楽な方だ。無事に目的の年代と場所に到着できたようで、隣にギルガメッシュの姿も確認でき一安心する。すぐにピピピ、と通信が入りダヴィンチちゃんの高い声が聞こえて来た。

「着いたー?どう、大丈夫そう?」
「うん、聞こえているよ。縁日らしいのも視認できてる」
「それはなによりだ!それでは二人でゆっくり屋台を制覇して来てくれたまえ!」

その言葉を最後にぷつんと通信が途切れる。


「えー・・・?」

通信端末を片手に固まった私の隣で背を屈めて通信を聞いていたギルガメッシュはふむ、と腕を組む。

「…謀られましたかね」
「それしかないであろうな」

善意の悪戯に喜んでいいのか迷いながら、もう一度浴衣姿のギルガメッシュをちらりと盗み見る。いつもは首元で輝いている装飾もなく、白い肌が浴衣の合わせから覗いている。胸板の陰が少しだけ見え、女の私よりも色っぽく思えてしまう。頭の冠もなく、さらさらの髪を無造作にかき上げる仕草すらも様になる。

「…名前、見惚れるのは後にしろと言ったであろう。行くぞ」

意地の悪い顔で笑いながら、カランと音を立てる下駄を鳴らしながら歩き始めたギルガメッシュの後を慌てて追う。二人の歩調に合わせてからんからんと下駄が鳴る。その音を聞いていると、二人で縁日だなんて夢のようだとふわふわと足元が軽くなるような心地がする。
赤い提灯に囲まれた神社の境内のような場所で催されている縁日に踏み込むと、人混みで意図せずに体がよろけてしまった。倒れそうになる前に肩を大きな手で支えられて、彼の浴衣の胸元にぐっと引き寄せられた。ふわりと白檀が浴衣から香り、距離の近さを実感してしまい体が固まる。

「……なかなか、趣向が良いではないか。この浴衣とやら」

身長差があったおかげでギルガメッシュに赤くなった顔を見られずに済んでよかった、と安心したのも束の間、後ろから項にぬるりとした感触とともにちくりと痛みが走る。

「ひゃっ!」

右手で首の後ろを押さえて顔を上げると、したり顔のギルガメッシュがわざとらしく唇を舐めていた。

「初心なマスターには虫除けも必要だろう?」
「知らない…!」
「そら、屋台制覇するのであろう、どこから攻める」
「……攻めないよ…?」

そのまま肩を抱かれたまま歩き出すので、胸がとくとくと速ってしまう。
古代の王にとってはいくら知識を召喚時に与えられるとは言っても、遠くアジアの小さなお祭りは物珍しいようであった。射的、かき氷、ヨーヨー釣りと子供の頃を懐かしみながら次々に屋台に立ち寄っては小銭を減らしていく。こういった遊びであっても、かなり本気で興じてくれるギルガメッシュに何度も笑わせてもらいながら二人の両手にはどんどん食べ物やら景品が増えていった。散々苦労してどうにか一匹だけ掬ってくれた金魚を何度も持ち上げては提灯の灯に照らしてしまう。ギルガメッシュは呆れたように私を見ながらも、いつのまにか左の肩から離れて自然と繋いでくれた手はずっとそのままにしてくれていた。


「安っぽい味だな」
「それが醍醐味です」

私の食べていた綿菓子を背をかがめて一口齧ったギルガメッシュは、甘い、と顔を顰める。こうしてサーヴァントと縁日を回っているなんてどう考えてもおかしいのに、昔からこうして彼と遊んだような錯覚を覚えてしまう。
これはカルデアのみんなが作ってくれた架空のお祭りなのだろう。
つまりは全ては無いはずのもの。
マスターとサーヴァントでこうして歩き回った今という時間も、無いはずのものだ。今だけの特別な時間を残しておけるのは私のこの小さな胸の中だけだから、どんな些細なことも覚えておきたいと思う。
喧騒や、夜の空の色、隣を歩く男の温度や香り。

この時間は確かにあったものだと、心の隅にそっとしまっておこう。



賑やかな屋台もとうとう終わりが見えて来た。神社の鳥居をくぐるとあんなに賑やかだった喧騒が遠ざかる。背後の縁日を名残惜しく見つめていると、ピピピ、と聴き慣れた通信音が響いた。

「もう終わりだね、帰らなきゃ」

現実に引き戻される心地がして、繋いでいた大きな手を離そうと指から力を抜くとギルガメッシュの方から指を絡めるように繋ぎ直される。恋人のような手の繋ぎ方にあたふたと動揺していると、反対の手でこめかみの辺りの髪を崩さないように撫でられる。耳の縁に添うように滑る指先にぴくりと肩を揺らすと、ギルガメッシュが自信に溢れた顔で笑みを浮かべた。


「終わりで良いのか?」


答えなど、とうの昔に彼は知っていただろう。
紅い瞳に導かれるように小さく首を振ると、もう一度白檀のうっとりするような夏の香りに包まれた。



リクエスト箱より 芝さま「王様と夏デート」

return