fate short story



天の川を渡って



 「一年に一度しか会えないの」

 マスターはそう言って、おかしそうに寝具の上で笑う。寝そべった彼女が動くと、シーツの海に波が立つ。長い黒髪が飛沫のように白い波の狭間に揺蕩っているのを、なんとなしに掬っては指先からこぼれ落ちていく様子を眺める。

「気が長い奴らだな」
「気が長いなんてものじゃないよ。一年間顔も見れず、言葉も交わせない相手のことを想い続けるだなんて、もうそれは苦行じゃないかな」

ベッドの上で片膝を立てて座ったギルガメッシュを見上げると、片腕を伸ばしその上半身に走る紅い線を白い指先でなぞりはじめる。いやらしさの欠片もないような子供の遊びを許すのは、自身のマスターに対してそれなりの情があるからと認めないわけにはいかなかった。


 彼女の生まれた国の神話に耳を傾けながら、一年という時を考える。英霊の身の己には時間という概念があまり意味をなさない。一年など座に還って仕舞えば数えることなどない、刹那に過ぎない。そもそも気に留めることもなければ、気づかずに経ってしまうだろう。

「王様は一年も会わなければ相手を忘れてしまそう…」
「我を阿呆のように言うな。恋人など我にはいなかった…雑種共のように恋い焦がれてどうだの知ったことではないわ」
「そうか…王様の側室はみな同じ王宮に住んでいただろうし、生き別れることがないよね」

今も生きている、と評するのは疑義があるが寝所の戯れに正論を返しても仕方がない。

「我の望む者と引き裂くなど神のみわざといえど業腹だ…そも、なぜ我がそのような神々の決めた年に一度などという規則に縛られねばならん」
「ふふふ、前提から王様にこの話は向いてないか」


 ころんと彼女が寝返りをうつと、またシーツの海が小波を立てる。
うつ伏せになって頬杖をついたマスターが、口元に笑みを浮かべて見上げてくる。柔らかく綻んだ目元は戦闘中とは打って変わって気が抜けており、ギルガメッシュにだけ見せる顔だ。

「…一年に一度でも嬉しく思ってしまいそう、王様に会えるなら」
「天の川ごとき一年もあれば渡れるであろう」
「それは…なんだか壮大な話…銀河も王様には地上と変わらないのね」

東洋人らしい深海のような黒い瞳を瞬くと、瞳に反射したライトが星のように煌めいた。

「織姫には悪いけど、やっぱり毎日会えるのが一番だね」
「何を知った口を。だが貴様如き雑種でも、我の倦怠くらいは晴らしようもあるか」
「素直に毎日会いたいって言ってくれればいいのに」


 肩を震わせて笑ったマスターの目は、やはり銀河の星でも入っているかのように光を放っている。ギルガメッシュがじっとその瞳を見ていると、交わった視線に彼女は嬉しそうにその頬を緩めるのだった。


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