fate short story



これ以上はおとなの仕事



 「何度来て頂いても、お返事は同じです藤丸捜査官」


ビルの一階は天井が高く、彼女が鳴らすヒールの音がコツリとよく響く。名字名前は口調や声音は柔らかくとも、付け入る隙のない微笑みを浮かべて州捜査局のバッチをつけた年若い捜査官に対峙する。

「そこを何とかお願いできないでしょうか。ギルダレイ社の運営する施設でこれまでも何度も手配犯や危険人物が目撃されています。どうか捜査協力をお願いします」
「弊社の施設を利用されている方は皆お客様です。捜査令状をお持ちでしたらいくらでもご協力致しますが…そうでは無いのでしたらお引き取りを願います」
「では、せめてギルガメッシュ社長にお話を…」
「申し訳ございませんが、社長は大変お忙しい方でして」

尚も食い下がる藤丸に名前は困った様に笑う。

その時ヴヴッと名前のジャケットのポケットでスマートフォンが震えた。眉を下げて懸命に頼み込んでくる藤丸に目礼して、名前は画面をタップして耳に当てる。髪を耳に掛けて電話の相手に集中するように目線を落とすと長い睫毛が頬に影を落とした。柔らかそうな唇が動く様を無意識に目で追ってしまっていることに気づいた藤丸は、これ以上見てはいけないと床に目を落とす。

「すみません。私も仕事が入ってしまったので…これで失礼します」

電話を切ると名前は丁寧に頭を下げてビルの奥へと急ぎ足で去っていった。屈強な黒服のガードマンの間を通り抜けるまで、その上品な淡い色味のスーツ姿を目で追いかけるも、すぐに壁に遮られて見えなくなる。ため息を零してガラス張りの入り口の自動ドアを潜ると後輩のマシュが駆け寄ってきた。


「先輩、どうでしたか?」
「んー、やっぱりダメだね。社長にも会わせてもらえなかったよ。秘書の名字さんならどうにかしてくれるかと思ったんだけど…甘かったみたい」
「そうですか…。今回の違法薬物の出所が分かればと思っていましたが…でもギルダレイ社は大きな会社ですし確たる証拠なしには令状は取れませんよね」
「仕方がないからとりあえず潜入してみようか」
「潜入、こちらの会社にですか?」
「ううん。ここはどう見ても無理だし、不動産事業とか飲食店とかも運営してるからまずはお客としてそっちに行ってみようかなって」
「なるほど、確かにギルダレイ社の運営するクラブは毎夜大盛況だそうです。稀に社長本人もいるとの話ですし行ってみましょう、先輩!」


++


 マシュに背中を押されたこともあり、ギルガメッシュ本人に会う機会を求めて二人はその夜にクラブに足を運ぶことにした。繁華街の一等地、その中でも一際人の列が長いクラブは入り口で強面のスタッフがIDのチェックをしている。露出の多い着飾った女性たちの後ろに並んで、周りの人間を不審に思われない程度に観察する。客層は若者が多いが中にはVIP客なのだろう、隣の入り口から顔パスで通っていく男たちの姿もあった。

「あだめだ。みんな怪しく見えるよね、こういうところって」
「先輩でもそうですか?みなさん何か裏があるように見えてしまって…」

ようやく順番が来るとじろりと背の高い男にIDの顔写真と見比べられた。追い出されたらどうしようか鼓動が速くなったが特に何も言われずに中へと案内された。

照明が絞られた店内は多くの客で賑わっていた。ソファ席やテーブル席が壁沿に配置され、中央は音楽に合わせて踊る人々で大盛況だ。耳元に唇を寄せるように会話する人々の顔に目を走らせながら、目的のギルガメッシュを探す。

「とりあえず、何か飲もうか」
「はい、私は店内を見てますね」


 マシュと別れてカウンターで二人分のドリンクを注文していると、ふと周りの雰囲気が浮き足立ったものに変わる。なんだろうかと後ろの入口を振り返ると、三揃えの品の良いスーツの男が入ってきたところだった。こちらに背を向けたままぐるりと店内の様子を確認した男は、一緒に入ってきた隣の女性に何事か声を掛けるとそのまま奥の方へと行ってしまう。女性がこちらに振り向いてカウンターにやってくると、ぱちりと目線が合った。

「藤丸さん…?」

その声を聞いて藤丸は今朝ギルダレイ社で対応してくれた秘書の名字名前だとようやく気づく。

「へ?………あ!名字さん!朝と雰囲気が違うので分かりませんでした」

昼間のスーツとは違い、背中に縦のスリットが入った黒のドレスを着た名前は声をかけるのを躊躇うような冷ややかな美しさだった。カウンターの中のバーテンダーがボトルを2本見せると、名前が右手で片方を指差した。

「藤丸さんも、捜査局の制服よりも今の方がお似合いです。社長にお会いになりたくてわざわざこちらに?」

一つにまとめた長い髪が彼女の背中で揺れると、スリットの隙間から白い肌が覗く。華奢な肩から伸びる両腕は傷一つなく、シンプルなゴールドの細いブレスレットが手首に光っているだけなのにとても美しかった。

「あはは、まぁ、そんなところです」
「……熱心なんですね。そこまでする価値がありますか?」

両腕にバーテンダーから受け取ったボトルとグラスを抱えた名前の言葉を、どういう意味だろうかと考えている間に、彼女はくるりと背中を向けて歩き出してしまう。

「待ってください!」

人の波の中をぶつかることなくするすると進んでく名前の姿を追いかけていると、どうやら2階席に向かっているようだった。必死に人を避けながら既に階段を登りはじめた名前を見上げていると、その先で赤い瞳が藤丸を見下ろしていることに気づいた。
恐ろしいほど冷たい眼だ。蛇に睨まれたように、足が止まりそうになる。捜査をしていても恐怖を感じることは時折あったが、目線だけでこれほど威圧されたのは初めてだった。


 2階席は階段を登り切ったところでまたもセキュリティチェックがいるようだったが、名前の後に続いて通ると何も声を掛けられなかった。このフロアも階下と同じように照明がかなり落としてあったが1階よりも高級感があり、席に座っている人たちも身なりの良い男女が多かった。

「名前、どこぞの駄犬がついてきているぞ」
「社長とお話がしたいそうです」

一番奥のソファに座った金髪の男は不機嫌を隠そうともせずに、追いついた藤丸に一瞥を向けると名前が持ってきたワインを飲み始める。
隣に座る名前の言葉で、藤丸はこの男がギルガメッシュなのだと知る。そのソファの後ろには長身の黒服の男たちがボディーガードなのだろう、微動だにせず静かに立っている。
ギルガメッシュは手広く事業をやっているだけあり、若く見えるが独特の迫力がある。社長と言うよりも、幾度もの死戦を超えてきた軍人のような冷ややかな顔は美しくとも恐ろしかった。先ほどの赤い瞳が狙いを定めるようにじっとこちらを向くと、足が竦んでしまう。

「…どうぞ、お掛けください」

立ったままの藤丸を見かねた名前に向かいのソファを勧められ、ようやく固まった足を動かすことが出来た。

「…捜査局の藤丸立香です」
「新入りか。……そうでなければここまで来るはずもないか。で?何が望みだ」
「今ある事件を追っているのですが、新種のドラッグがどこから流れているものなのか掴めていません。ギルダレイ社の商業施設で何人か容疑者の目撃情報が…」
「犯人が掴めていない時点で我に協力を求めるな」

ぴしゃりと言い切られると、藤丸は言葉に詰まる。確かにその通りなのだ。捜査はほとんど情報がなく暗礁に乗り上げている。逮捕者が出ても、ディーラーを追っても全く元締めに辿り着けなかった。

「ですが、このクラブが売買の現場になっているのかもしれません!社長だってそんな犯罪行為を認めることは出来ないはずだ」
「藤丸さん…私たちは犯罪に加担しているわけではございません。お客様はここに楽しみを求めていらっしゃっているのです」

名前は昼間と同じ落ち着いた柔らかい声で諭すように言う。ギルガメッシュの空いたグラスにワインを足し、同じように藤丸の前にもワイングラスを置く。

「…今回の捜査局員もまた随分と善人のようだな。良いか、一つ教えてやろう雑種。我は人が何を求め何を楽しむのか知りたいだけだ。望んでいるもの欲っしているものを、こうして与えてやることが出来ているから商売が成り立っている訳だ。しかし望んだものがそやつらに取って毒になるか薬になるかなど知らん。そんなものは受け取った者の責任よ」

ギルガメッシュはワインを傾けると、目線を階下の人混みに向けると初めて愉快だというように薄く笑みを浮かべた。
同じように視線を向けた藤丸はその様子を苦しそうに見つめる。
お酒と音楽と異性。皆笑顔を浮かべ、楽しそうである。これは彼らが選んだ享楽だ。だが確実に体を蝕む毒となるものもこの店のどこかでやり取りがされているのだ。

「俺は法に触れても触れなくても、人が苦しむようなことは嫌です」

それだけ言うと藤丸は頭を下げて席を立った。
ギルガメッシュは特段気にした様子もなくそれ以上興味がなかったのか、一度も藤丸には目線を向けなかった。

名前はヒールを鳴らして1階まで藤丸の背中を追って降りてきてくれた。


「ごめんなさい、せっかく来てくださったのにご協力できなくて」
「いえ、名字さんが謝ることじゃないです。こちらも非公式なのに無理言ってすみませんでした。……おせっかいかもしれませんが、困ったことがあればなんでも言ってくださいね」

人のいい笑顔を浮かべてそれじゃあ、と会釈をした藤丸が桃色の髪の後輩と合流する様子を見守った名前は、自身の主人の元に戻るべくまた階段をコツコツとヒールを鳴らして登っていく。
その音は一定で、迷いも躊躇も一切感じられなかった。


++


 席を立った時と同じ姿勢でぼんやりと宙を見ていたギルガメッシュの隣に腰を下ろすと、空のグラスを前に置かれる。3杯目を注いでグラスを彼の前に静かに滑らせると徐ろに腰を抱き寄せられた。
ぽすんとその腕の中に囚われると、名前は深く息を吸い込んだ。ギルガメッシュのスーツからはタバコも薬も麻薬の匂いもしない。コロンの香りだけがずっと後まで嫌になるほど強く残るのだ。


「人とはなんとも虚しいな。こうして狂騒狂乱を求めても結局は何も満たされぬというのに」
「…ボスの倦怠も晴れませんか?」
「いや?実に愉快だ。人は足掻けば足掻くほど面白い。薬となるか毒となるか、地獄に落ちるも楽園を見出すもそやつ次第だ。それを見るは至上の娯楽だ…ふはははは」

ギルガメッシュの言葉を聞きながら名前小さく微笑みを浮かべる。彼が人の生き方や思考を愉しむように、名前に取っては公私を共にするギルガメッシュが何よりも大事だった。
彼が望むならどんな仕事も、役柄も演じきれる。

「それにしても、随分と若い捜査官を気にかけていたな、名前」
「嗅ぎ回られるのは迷惑です。上官はどなたでしょうか、こちらと縁がないわけはないのですから部下指導はきちんとして頂かないと」

社交場には名士も財界人も著名人も毎夜山のようにやって来る。街で一番の人気店はそこにいるだけで情報も人脈も仕事も生まれるのだ。だからこそギルガメッシュが運営する店は政府も公安も不可侵の場所であり、治外法権を敷くだけの力を彼が持っているという何よりの証明だ。


「なに、あの男とて邪魔になればお前が始末するのだろう」

ドレスの下に隠した拳銃の位置を撫でるようにギルガメッシュの手が這っていく。名前は最近、自分自身を人ではなく彼の武器の一つのように思う。武器であるからこそ彼は私を愛でてくれるのだろう。人であればきっとうまく愛せないから。

「貴方が命じるなら」



マフィアパロ企画サイト 不夜城様提出
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